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九口目
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「もうええ」
郊外の風景が飛び去る窓に視線を放り、茶倉が煩わしげに打ち切る。ガラスに映る表情が辟易と韜晦を含む。
「T氏ってお前のこと……だよな?何者だよコイツ、めちゃめちゃ詳しいじゃん」
記事には日水村と十江村、両方の事件の顛末が綴られていた。どっちも詳細に調べ上げてある。
後者に関しちゃあとで茶倉に聞いただけだが、大筋は食い違っちゃねえ。
「村の人たちが喋ったのか」
「緘口令敷いとるわけやなしくっちゃべる奴はおるやろ、世間が信じるかは別にして。大半は与太話で片付けて相手にせん」
「えりなちゃんまで追い回したりしてねえよな?」
嫌な予感を持て余し十江村の記事に目を移す。こっちも関係者に取材してる。車内の様子を憚り、声を潜めて問い質す。
「伏せ字になってるけどさ、山伏のS氏とその息子ってお前の知り合いだよな」
「せやな」
「金盥の水ぶっかけられて、一喝追い返されたって書いてあっけど」
「ハーレーダビッドソンで轢き殺されんだけ御の字」
「落ち着いてる場合か、野次馬連中が真に受けて押し寄せたら」
知り合いが見世物にされんのはほっとけねえ。茶倉が助けた子や昔馴染みのダチがマスコミの餌食になんのも嫌だ。
「歩きで二・三時間かかる山寺わざわざ見に来るとは思えんけど」
「早めに手ェ打った方が」
「蠅叩きはまかしとき、弁護士立ててがっぽりふんだくったる」
筒状に丸めた雑誌を振り抜き、地獄の沙汰も金次第なあくどい笑顔を浮かべる。頭ん中で算盤弾いてんのが見え見え。
十年来の腐れ縁が断言するが、茶倉は身内に手を出す敵に容赦しねえ。
「前もタチ悪ぃパパラッチに付き纏われたっけ」
「有名税は賠償金で帳尻合わせんねん、したらタダや。やり方次第でたんまり儲かる」
「もうそれ脱税だろ、仮想通貨でかっぱぐ発想がせこい」
全面的に事実だしと続けかけ、預かり知らぬ稚児の戯の惨劇と謀殺の真偽に口を噤む。
茶倉の親を殺したのが婆ちゃんだなんて信じたくねえ、けど。
底抜けに憎たらしいドヤ顔が油断ならざる疑念と懸念を孕む。
「苗床、稚児の戯、天童……一般人が知っとるわけない。どっから、いや、誰が漏らした?」
俺は首を捻る。
「誰かが口滑らしたんじゃ」
「誰かて誰」
「仕事で絡んだ奴とか依頼人とか……お前自身とか?」
失笑を寄越された。
「寝言で好きな総菜発表する食いしん坊万歳ちゃうし、一回寝た女に一等当選の宝くじの番号教える位ありえへん」
「六等だって墓場に持ってくくせに」
「来世に持ち越す」
「引き換え期限切れたらただの紙屑だっての」
「七等三百円で喜ぶ貧乏人は引っ込んどれ」
「ガリガリ君買えるもん」
「ダッツは無理やん」
「ナポリタン味はギリ総菜」
ともあれどんだけありえねえかは理解した、守銭奴が持ち出すたとえにゃ説得力ある。
「術師は言霊の安売りせえへんねん」
「言霊信じてんならアホアホいうのやめろ、本当にアホになる」
「ホンマにアホやん」
酷薄に目を眇め、できれば考えたくねえ可能性を口にする。
「身内に売られたんか」
ここでの身内とは同業者をさす。無責任に笑っとく。
「敵多いもんな~お前、足引っ張りてえ輩がうじゃうじゃ。先週なんて宅急便で藁人形送られてきたじゃん、五寸釘刺さった」
「別れ話こじれた人妻の嫌がらせ」
だから股間に。
「先月の変な壺は?中が黒くて粘って臭かった」
口笛で六甲おろしを吹いてすっとぼける。真っ黒。
「ほれ見ろ商売敵が送り付けた呪物じゃねえか、毎日怪文書来るしさ~あちこちで恨み買いすぎ」
「ザコにかまうことあらへんよって」
「たまにゃ同業の顔立てろ、人の客横取りしたり現場に先越して悪霊追っ払ったり仁義破りばっかしてっから睨まれるんだぜ」
「もたもたしとったら被害でかなるやん。別にええけどな俺は、そのぶん吹っ掛けられるし」
「謙譲の美徳と正反対のことして成り上がりゃインチキライターにたれこまれたって文句言えねえかんな!?」
犬歯を剥いて正論吠える俺の横、靴の先端で拍子をとりながら雑誌に刷られた名前を弾く。
「法廷で待っとれ。靴の裏舐めさせたる」
「傍聴人いねえとこで?」
「裁判官と弁護士の目も気にせな心証悪なるやん」
「検事は買収済みか」
か細い呻き声に目をやる。通路を挟んだシートで操さんがうなされていた。悪い夢でも見てるのか、綺麗にメイクした顔が苦しげに歪む。
「……なさい……ごめ……」
「大丈夫っすか」
たどたどしい謝罪を遮り、肩を掴んで揺り起こす。直後に睫毛が震えて目が開き、頼りない視線が行ったり来たりし、俺の顔に焦点を結ぶ。
「理一くん?ここは」
「ロケバスの中っすよ。もうすぐ団地に着きます」
「そっか。起こしてくれてありがと」
ファンデーションを塗った額が薄っすら汗ばんでいた。脱水症状を案じ、まだ開けてねえペットボトルのお茶を渡す。
「どうぞ」
「気が利くのね」
「クソ上司に鍛えられたんで」
ペットボトルから口を離し、操さんが照れ臭げにおどけてみせる。
「仮眠のはずが爆睡しちゃった」
「昨日遅かったんすか?」
「ちょっと立て込んでて」
「忙しいなら断ってくれはったかてよかったのに」
「行かなきゃ損でしょ、茶倉くんの晴れ舞台だもの」
猫かぶりモードの茶倉が気を遣い、操さんが打ち解けた苦笑を返す。どうでもいいが茶倉の場合、標準語の砕け具合と親密度は比例する。
「せっかくご指名もらったのに体調管理もできないんじゃマネージャー失格ね」
「とんでもねっす、付いてきてくれただけで有難いです。なあ茶倉」
「頼りにしてます」
「席替わります?」
背凭れを掴んで腰を浮かす。操さんがきょとんとする。
「なんで?」
「マネージャーさんが隣に座るもんでしょ、業界のセオリー的に」
「気にしないで」
「気にしますって」
茶倉が俺の裾を引っ張って席に戻す。
「がらがらのロケバスで男女が隣り合うて座るて、かえって誤解招くやろ」
「あ」
言われてみりゃごもっとも。漫才コンビのサザンアイスは例外として、わざわざ隣同士を選んだ俺たちは相当目立ってる。
「すいません……」
「わかればええねん。大人しゅうしとけ」
「仲良しね」
膝を揃えてしゅんとする。操さんは笑いを堪えていた。四十過ぎだって話だが、化粧映えした顔は若々しい。高塚の男役みてえなパンツスーツも似合ってて、いかにもデキる女って感じ。
気になって聞いてみる。
「どんな夢見てたんですか」
「昔のこと」
一瞬だけ表情を曇らせ、通常運転で微笑む。切り替えが早すぎて些か他人行儀に感じた。
「大事な子にね、酷いことしちゃったの」
「約束破ったり……?」
「そんなとこ」
小学校の頃の話だろうか?茶倉に足を蹴られたんで詮索はやめとく。操さんは気に病んでるみてえだが、一緒に走ろうねと約束した友達を裏切りゴールした黒歴史なら時効にカウントしてえ。
郊外の風景が飛び去る窓に視線を放り、茶倉が煩わしげに打ち切る。ガラスに映る表情が辟易と韜晦を含む。
「T氏ってお前のこと……だよな?何者だよコイツ、めちゃめちゃ詳しいじゃん」
記事には日水村と十江村、両方の事件の顛末が綴られていた。どっちも詳細に調べ上げてある。
後者に関しちゃあとで茶倉に聞いただけだが、大筋は食い違っちゃねえ。
「村の人たちが喋ったのか」
「緘口令敷いとるわけやなしくっちゃべる奴はおるやろ、世間が信じるかは別にして。大半は与太話で片付けて相手にせん」
「えりなちゃんまで追い回したりしてねえよな?」
嫌な予感を持て余し十江村の記事に目を移す。こっちも関係者に取材してる。車内の様子を憚り、声を潜めて問い質す。
「伏せ字になってるけどさ、山伏のS氏とその息子ってお前の知り合いだよな」
「せやな」
「金盥の水ぶっかけられて、一喝追い返されたって書いてあっけど」
「ハーレーダビッドソンで轢き殺されんだけ御の字」
「落ち着いてる場合か、野次馬連中が真に受けて押し寄せたら」
知り合いが見世物にされんのはほっとけねえ。茶倉が助けた子や昔馴染みのダチがマスコミの餌食になんのも嫌だ。
「歩きで二・三時間かかる山寺わざわざ見に来るとは思えんけど」
「早めに手ェ打った方が」
「蠅叩きはまかしとき、弁護士立ててがっぽりふんだくったる」
筒状に丸めた雑誌を振り抜き、地獄の沙汰も金次第なあくどい笑顔を浮かべる。頭ん中で算盤弾いてんのが見え見え。
十年来の腐れ縁が断言するが、茶倉は身内に手を出す敵に容赦しねえ。
「前もタチ悪ぃパパラッチに付き纏われたっけ」
「有名税は賠償金で帳尻合わせんねん、したらタダや。やり方次第でたんまり儲かる」
「もうそれ脱税だろ、仮想通貨でかっぱぐ発想がせこい」
全面的に事実だしと続けかけ、預かり知らぬ稚児の戯の惨劇と謀殺の真偽に口を噤む。
茶倉の親を殺したのが婆ちゃんだなんて信じたくねえ、けど。
底抜けに憎たらしいドヤ顔が油断ならざる疑念と懸念を孕む。
「苗床、稚児の戯、天童……一般人が知っとるわけない。どっから、いや、誰が漏らした?」
俺は首を捻る。
「誰かが口滑らしたんじゃ」
「誰かて誰」
「仕事で絡んだ奴とか依頼人とか……お前自身とか?」
失笑を寄越された。
「寝言で好きな総菜発表する食いしん坊万歳ちゃうし、一回寝た女に一等当選の宝くじの番号教える位ありえへん」
「六等だって墓場に持ってくくせに」
「来世に持ち越す」
「引き換え期限切れたらただの紙屑だっての」
「七等三百円で喜ぶ貧乏人は引っ込んどれ」
「ガリガリ君買えるもん」
「ダッツは無理やん」
「ナポリタン味はギリ総菜」
ともあれどんだけありえねえかは理解した、守銭奴が持ち出すたとえにゃ説得力ある。
「術師は言霊の安売りせえへんねん」
「言霊信じてんならアホアホいうのやめろ、本当にアホになる」
「ホンマにアホやん」
酷薄に目を眇め、できれば考えたくねえ可能性を口にする。
「身内に売られたんか」
ここでの身内とは同業者をさす。無責任に笑っとく。
「敵多いもんな~お前、足引っ張りてえ輩がうじゃうじゃ。先週なんて宅急便で藁人形送られてきたじゃん、五寸釘刺さった」
「別れ話こじれた人妻の嫌がらせ」
だから股間に。
「先月の変な壺は?中が黒くて粘って臭かった」
口笛で六甲おろしを吹いてすっとぼける。真っ黒。
「ほれ見ろ商売敵が送り付けた呪物じゃねえか、毎日怪文書来るしさ~あちこちで恨み買いすぎ」
「ザコにかまうことあらへんよって」
「たまにゃ同業の顔立てろ、人の客横取りしたり現場に先越して悪霊追っ払ったり仁義破りばっかしてっから睨まれるんだぜ」
「もたもたしとったら被害でかなるやん。別にええけどな俺は、そのぶん吹っ掛けられるし」
「謙譲の美徳と正反対のことして成り上がりゃインチキライターにたれこまれたって文句言えねえかんな!?」
犬歯を剥いて正論吠える俺の横、靴の先端で拍子をとりながら雑誌に刷られた名前を弾く。
「法廷で待っとれ。靴の裏舐めさせたる」
「傍聴人いねえとこで?」
「裁判官と弁護士の目も気にせな心証悪なるやん」
「検事は買収済みか」
か細い呻き声に目をやる。通路を挟んだシートで操さんがうなされていた。悪い夢でも見てるのか、綺麗にメイクした顔が苦しげに歪む。
「……なさい……ごめ……」
「大丈夫っすか」
たどたどしい謝罪を遮り、肩を掴んで揺り起こす。直後に睫毛が震えて目が開き、頼りない視線が行ったり来たりし、俺の顔に焦点を結ぶ。
「理一くん?ここは」
「ロケバスの中っすよ。もうすぐ団地に着きます」
「そっか。起こしてくれてありがと」
ファンデーションを塗った額が薄っすら汗ばんでいた。脱水症状を案じ、まだ開けてねえペットボトルのお茶を渡す。
「どうぞ」
「気が利くのね」
「クソ上司に鍛えられたんで」
ペットボトルから口を離し、操さんが照れ臭げにおどけてみせる。
「仮眠のはずが爆睡しちゃった」
「昨日遅かったんすか?」
「ちょっと立て込んでて」
「忙しいなら断ってくれはったかてよかったのに」
「行かなきゃ損でしょ、茶倉くんの晴れ舞台だもの」
猫かぶりモードの茶倉が気を遣い、操さんが打ち解けた苦笑を返す。どうでもいいが茶倉の場合、標準語の砕け具合と親密度は比例する。
「せっかくご指名もらったのに体調管理もできないんじゃマネージャー失格ね」
「とんでもねっす、付いてきてくれただけで有難いです。なあ茶倉」
「頼りにしてます」
「席替わります?」
背凭れを掴んで腰を浮かす。操さんがきょとんとする。
「なんで?」
「マネージャーさんが隣に座るもんでしょ、業界のセオリー的に」
「気にしないで」
「気にしますって」
茶倉が俺の裾を引っ張って席に戻す。
「がらがらのロケバスで男女が隣り合うて座るて、かえって誤解招くやろ」
「あ」
言われてみりゃごもっとも。漫才コンビのサザンアイスは例外として、わざわざ隣同士を選んだ俺たちは相当目立ってる。
「すいません……」
「わかればええねん。大人しゅうしとけ」
「仲良しね」
膝を揃えてしゅんとする。操さんは笑いを堪えていた。四十過ぎだって話だが、化粧映えした顔は若々しい。高塚の男役みてえなパンツスーツも似合ってて、いかにもデキる女って感じ。
気になって聞いてみる。
「どんな夢見てたんですか」
「昔のこと」
一瞬だけ表情を曇らせ、通常運転で微笑む。切り替えが早すぎて些か他人行儀に感じた。
「大事な子にね、酷いことしちゃったの」
「約束破ったり……?」
「そんなとこ」
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