蝶々炎舞

まさみ

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二十八話

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翌朝、小山内邸を辞した。

「返す返すも大変お世話になりました。茶倉さんに言われた通り、あの襖は近所の神社でお焚き上げしてもらいます」
「報酬は指定の口座に振り込んでください」
「かしこまりました」
「おはようございます」
早起きな雀が囀る門前で別れの挨拶を交わしてると、青木きょうだいが連れ立って歩いてきた。
司くんは昨日と同じ学ラン姿、青木さんはスカートの下にスポーティーな短パンを穿いてる。
「勢ぞろいですね。ひょっとして帰っちゃうんですか」
「仕事すんだしな」
「お話聞きたかったのに残念だなあ。そうだ、忘れないうちに」
プラスチックの下敷きを引っ張り出し、油性ペンでサインをねだる司くん。茶倉はそっぽを向いてシカト。
「ファンサしろ」
「男に媚びたかて儲からん」
「昨日の茶倉さんすっっげーかっこよかったです!あのワームは使い魔?式神?今ここで出せます?プロ霊能者の人って毎回あんな超次元バトルしてるんですか、召喚するのに魔法陣とか描くんですか、指ぱっちんでイケるんですか!?」
気乗りしない茶倉に構わずぐいぐい来る。きらきらした瞳がまぶしい。
「中学卒業したらバイトしたいです。雇ってくれますか」
「考えとく」
「「マジで!?」」
ユニゾンしちまった。
茶倉がきゅぽんとペンのキャップを外し、ぺらい下敷きにしゃらくせえサインをしたためる。
「お前がダウンした時の保険。後輩できて嬉しいやろ」
「そんなこったろうと思った。考え直せ司くん、TSSの仕事はキツい・奇天烈・奇々怪々の3Kだ」
「呪殺は労災下りん。時給は五百円」
「か、考えさせてください」
「素直でよろしい」
雑務を押し付ける後輩ができるのは有難えが、いたいけな少年を悪の道に引っ張り込むわけにゃいかねえ。
「時給五百円て東京都の最低賃金下回ってんじゃねーか、あくどいにも程があんぞ」
「残りは藁人形で現物支給」
「なおわりぃ」
「でけたで」
「ありがとうございます、クラスメイトに自慢します。お二人は付き合ってるんですか」
「ずけずけ聞きすぎ」
青木さんがミーハー兄貴を恥じる。
「だってキスしたし。見たろ?見たよな?」
「俺のサインいらね?」
「せっかくなんでもらっときます」
「モヤッとする言い方だなあ」
「鳥丸理一」とでっかく書き入れた下敷きを返却すりゃ、司くんが高い高いして喜ぶ。
「TSSのサインゲットだぜ!」
茶倉が眉をひそめる。
「パチもんやんけ」
「言わなきゃわかんねーのに」
しこしこ修正中に顔を上げりゃ、ジャージ姿の葵ちゃんが気まずげに立っていた。
「おはよ」
一晩でガラッと雰囲気が変わった。以前のおどおどした態度はどこへやら、吹っ切れた表情でスクールバックを提げている。
青木さんと葵ちゃんが顔を見合わせ、互いの格好をしげしげ観察する。
「ジュンもズボンだね」
「変?」
「ちょっとだけ」
「しばらくはこれで行くよ、葵の気持ちになってみたい」
お互いはにかむ。
青木さんが葵ちゃんの右に添い、司くんが左に陣取り、川の字を展開する。
いざ出発……と見せかけ振り返り、意外な申し出。
「小山内のおばあちゃんにお願い」
「何かしら」
「成人式に着てく振袖作ってくれる?」
小山内さんが瞬く。
「ただでなんて言わない、バイトのお金貯める。足りなきゃローン払いで……実はね、前から憧れてたの。着付け教室の様子も塀越しに覗いてたし」
照れ臭げに頬をかく。
「私みたいにデカくて色黒じゃ映えないよな~って諦めてたけど、似合うかどうかはこの際二の次で、本当に着たいものややりたいこと優先しようって考え直したんだ」
「ジュンちゃん……」
親友に代わり、その祖母の夢を叶えようとしたのか。あるいは本心から憧れていたのか。
感涙に咽ぶ小山内さんを葵ちゃんと司くん、青木さんが取り囲む。
「とっても嬉しい。はりきって仕立てさせてもらうわね」
振袖のデザインを相談し合い、楽しげにはしゃぐ二人の傍らの少女に近付いていく。
「達者でやれよ葵ちゃ、くん」
「無理に直さないでいいって」
「学校行くんか」
「迎えにこられちゃサボれないもん」
おどけた調子で言ったのち、こちらに向かい深々頭を下げる。
「ふたりに会えて良かった」
続いて青木さんが前に出る。
「私や兄貴のこと、守ってくれてありがとうございました。あなた達がいたから葵と話ができました」
司くんが鼻の下をこする。
「兄じゃなく司です。覚えて帰ってください」
俺の目をまっすぐ見詰め、葵ちゃんが微笑む。
「烏丸さん、かっこよかった」
「そうかあー?着物に喰われた時出遅れたし、あんまし役に立たなかったぜ」
「諦めるな、絶対帰れるって励ましてくれたじゃん。帯や蝶のおばけに襲われた時も逃げたりしないで踏ん張って……取り憑かれてた間、一生懸命声かけして、引っ張り戻そうとしてくれたでしょ」

届いてたのか。

「親指怪我したって聞いたから」

バンドエイドのシートを剥がし、俺の右手親指にそっと巻く。仰ぎ見る眼差しが宿すのは純粋な感謝とひたむきな憧れ。

「いっこだけ決めた。僕、あなたみたいな大人になりたい」

だれかの心を折る為にあらず、守る為に剣を振るった。それは正義や信念なんて上等なもんじゃなく、たとえるなら俺が俺でいるためにどうしても譲れねえ曲げらんねえ意地みてえなもんで、悩んで迷ってあがきぬいて、いま漸く嘗ての自分を許し、この子の前に立ってる自分を誇れた。

「高校行ったらさ、剣道部入る」

なにもかもが報われ、じんわり胸が熱くなる。

「目からガマン汁が」
「浸ってるときに下ネタよせ、ぶっ殺すぞ」
「こっちは茶倉さんの」
「おおきに」
葵ちゃんは心配いらねえ、自分の力で羽化をした。
「いってきます」
「いってらっしゃい」
川の字で元気に登校する中学生トリオを見送り、じいちゃんと小山内さんが話し出す。
「昨日借りた浴衣は旦那はんの?」
「はい」
「大事にしまっとったんやな」
「形見ですから」
「世話かけてもた」
「また会えますか」
「遊びにきなはれ、歓迎するで」
「そうねえ、学生時代に下宿した町屋や母校の様子を見に行くのもいいかもしれませんね」
じれったい会話に痺れを切らし、ニヤケ顔でお節介を焼く。
「告んねえの?」
じいちゃんが眉を吊り上げるよか早く、小山内さんが羨ましげに笑った。
「今でも綾女さん一筋なのね」
「お互い様やろ」
「あと数年は葵の世話やお教室の切り盛りで手がはなせませんが、そのうちお茶でも飲みに伺いますわ。お線香上げたいですし」
「気長に待っとる」
俺達が角を曲がり見えなくなるまで、小山内さんは奥ゆかしく門前に佇み、一輪挿しに生けられた花の如く頭を下げ続けていた。
颯爽と背筋を伸ばし、隣を歩くじいちゃんに念を押す。
「いいの?」
皺深い顔が綻び、感傷に温む眼差しが空を透かす。
「三人でこさえた思い出が多すぎて、二人でおるんがはばったいんや。あの人とは茶飲み友達位がちょうどええ」

じいちゃんとは京都駅で別れた。
「次は観光に来い」
「わかった」
「あとな理一、声でかいで。もちっと落とさな筒抜けやぞ」
一瞬何のことやらわからず当惑し、次いで真っ赤になる。
「茶倉さん、孫のことよろしゅうおねがいします」
「わかりました」
じいちゃんが雑踏に紛れるのを待って席に戻る。発車を告げるアナウンスが響き渡り、新幹線が滑らかに動き出す。
東京を目指しひた走る車内にて、駅弁を食いながら疑問を呈す。
「あのさ、思うんだけど。鳳車のヤツ、葵ちゃんを助けようとしたんじゃねえかな」
「付け入る隙ができるの待っとったんやろ」
「じゃなくて」
割箸の先をくるくる回す。
「長政としのぶの子孫が生き延びたのは、大好きな兄貴の子供を殺せなかったからじゃねーかな」
「憎い女の血がまじっとっても?」
「葵ちゃんは居場所がなくて苦しんでた。だから招かれた」
俺には鳳車が悪霊に思えねえ。いずれ生まれ変わり、今度こそ幸せになってほしいと祈る。
茶倉が片手でスマホをいじり、引っ越し業者のホームページを呼び出す。
「引っ越しすんの」
「お前が」
「え?」
「アパート引き払え」
「はいぃ?!」
素っ頓狂な声を上げた。
周囲の乗客が向ける白い目に口を塞ぎ、取り澄ました茶倉に食ってかかる。
「ちょっと待って、話に付いてけないんですけど。なんで俺がアパートでなきゃいけねーわけ?」
「昨日言うたこと忘れたんか」
挑発的な流し目をよこす。
「一日一回すんなら同居した方が効率的やろ、通いの足代馬鹿にならんし。足腰立たん状態で這って帰んのと事務所に住むの、どっちがマシか常識で考えろ」
「いきなり言われても心の準備が」
「業者は手配したる」
「金は?」
「出す」
外堀を埋められた。
「震度三で倒壊しそうなボロアパートに未練が?」
「ってほどじゃねえにしろ愛着あるよ、そこそこ長く住んでるし契約更新しちまったし」
「同居のメリット。数珠の濁りをすぐ祓える」
確かに。
「対する一人暮らしのデメリット。霊障受けんのがお前だけとは限らん、たまたま遊びに来たダチや肉じゃが分けに来た隣人が巻き添えくうかもしれん。寝込んだ時思い出せ、次に狙われるんは身内かもな、犠牲者でてへんのがむしろ奇跡や」
強姦魔の生霊に憑かれ、茶倉を殺しかけた前科があるんで言い返せねえ。
あれが除霊能力を持たねえ一般人だったら……最悪の事態を考え、だらだら冷や汗を流す。
割箸の先っぽで紅しょうがを摘まんで避ける。
「ユーがセコムとして優秀なのは認めるけど」
「何が不満や。言うてみ」
「考える時間くれ」
「一日?一週間?一か月?」
口の端が皮肉っぽく歪む。
「本気で移殖考えとるなら一日一回かて追っ付かん、休みの日は朝から晩までぶっ通しで耕さな」
「昨日みてえのを毎日?」
声が上擦る。
「比べ物にならん」
体重の移動でシートが軋み、端正な顔が目の前に来る。
「俺なしじゃいられんカラダにしたるさかい、楽しみにしとけ」
ごくりと生唾飲む。
「……生活費は折半?」
「月五万」
「高くね?」
「三万。電気水道ガス込みやぞ、これ以上まからん」
「ベッドは同じ?」
「叩き出さんかぎりは」
「そっか」

タワマンで茶倉と同棲、もとい同居スタート。
一方的な決定にむかっ腹立たねえといや嘘になるが、あんだけ大口叩いた手前弱腰見せるのは男の意地が許さず、引っ越し準備に追われる億劫さも先行きの不安も今だけはぶん投げ笑い飛ばす。

「豆電は俺が消す。ぐっすり寝ろ」

これからどうなるかわからねえ。
一年後に苗床として熟れるか失敗するか、きゅうせん様の移植が成功するか否か、わからねえことだらけだ。

だけど、何もせず後悔だけはしたくねえから。

茶倉がくすぐったげに笑い、俺も釣られて笑い、唇の先を啄むようなキスを交わす。

「消灯係は頼んだで」

来るなら来い、きゅうせん。
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