突っ走った後に道はできる!「改稿版」

大鳥 俊

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8.彼の真実

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 フェイスリート様は驚きのあまり固まっている、という感じだった。
 そりゃあ、ぺしゃんこになった葉や折れた枝を見れば、あたしが何処に潜んでいたのかが分かってしまったのだろう。

 令嬢に有るまじき行為。
 
 ドレスのまま木に登り、あまつさえは盛大に枝を折りながら落っこちて来たのだから。

「あー……、ひょっとして、見てました?」

 こんなに驚いたというか息を呑むような表情をさせておいて、今更確認する必要もない。

 ただあたし自身も、こんな失態を見せてしまった後なので苦笑いを浮かべるしかなく。出来るなら早く言葉をかけてほしい。そんな風に思っていたのに、フェイスリート様は何も言わずに後ろを向いてしまった。

「フェイスリート様?」

 返事は、ない。
 ……呆れてしまったのだろうか?
 まあ、普通に考えれば無理もない……とは、思うものの、胸の奥が鈍く痛んだ。
 木から落ちた時、胸を打ちつけた覚えはないのだけれど……?

 あたしは一向に返事をしてくれないフェイスリート様をもう一度呼んだ。それでも振り向く事のない彼にもう一度呼びかけようとしたら、「名を呼ばないでくれ」と、言われた。

 偽名で呼ばなかった事を指している訳ではない――――

 直感的にそう感じて、その冷めた態度に戸惑った。
 さっきまで一緒に遊んでいたのに。
 子供達も喜んで、フェイスリート様の堅さも少し取れてきたと思えたのに。


「…………だから、子供は嫌いなんだ」


 バッサリと切るように。
 冷たい響きを持たせたまま、フェイスリート様は言った。
 こちらを見ず、吐き捨てるように言い放った言葉はそのまま地面へと吸いこまれていく。

「フェ……こ、侯爵様?」
「私は子供が大嫌いだ。理由は相手の事を考えもしないし、知りもしない。無知だからだ」

 突然言われた言葉を茫然ぼうぜんと受け取る。

 子供を好きになって欲しい。
 その時に考えていた嫌いな理由とはかけ離れた回答に、頭が混乱する。しかし。

「無知、ですって……?」

 そう反射的に聞き返していた。

「そうだ。何も知らない、何も知らされない。だから嫌いだ」
「知らない? 知らされない? だから嫌い?」
「そうだ」

 むちゃくちゃだ……。
 そう思ったが、フェイスリート様の言葉に迷いはなく、それは彼の中で真実なのだと感じた。
 ただ、そんな彼の中の真実をあたしは認める事は出来ない。

「それを無知というなら、それは貴方もじゃない……」

 フェイスリート様が「何」と、あたしを見る。

「貴方の方こそ『大嫌い』で片づけて、何も知ろうとしない! 知らされない……いや、聞きたい事があるならば聞けばいいじゃない!!」
「…………!!」
「あたしは貴方が子供を『大嫌い』と、吐き捨てるようにいって、とても悲しかった。きっと悲しい誤解があるだけなんだって、思った。だから子供達の事を知ってもらって、誤解を解けばいいと思って……! でも、肝心の貴方が知ろうとしてくれないと、子供達の事、知ってもらえないの! だから……」

 あたしは泣いてしまった。
 
 卑怯だ。
 そう思って、涙を袖口で拭った。
 女が泣くと、相手が困る。泣き落しになって、話の本筋とずれてしまう。
 それじゃあ、意味がない。

「ビアンカ嬢……」

 ほら、やっぱり。
 フェイスリート様が困ったような声を出している。
 これじゃあダメ。

 あたしはごしごしと目をこすって顔を上げた。

「あ、あたし、泣いてません。だから……知ろうとして下さい……子供達の事を」

 そう言い切って、後ろを向いた。
 また瞳が潤んできたが、でも絶対に泣いてはダメ。
 ちゃんと話をして、それで少しでも理解してもらうんだ!

 あたしはまぶたをギュっと閉じて、涙が引くのを待つ。――その時。


 ――――はなせっ!!!


 突然大声が響き、あたしは顔を上げた。
 すぐに辺りを見回したが、誰の姿も見えない。でも確かに声が聞こえた。

 そう思うといてもたってもいられず、園の入り口の方へ走ってみる。
 庭を縦断し、建物の扉を開ける。すると子供が二人しゃがみ込んでいた。

「どうしたの!? 二人とも!」

 声を上げながら近づくと、ハンスとビクトールの二人である事がすぐにわかった。

 嫌な予感がした。
 いつも三人でいるのに。どうして、二人しかいないの……?

「あなた達!! ウォルトはどおしたの!?」

 悲鳴のように声を上げるあたしに、ハンスとビクトールが顔を上げる。
 二人とも今にも泣きそうな表情で「ビアンカ……」と、弱々しく声を出した。

「……ウォルト連れてかれた……」
「ビ、ビアンカにこれを渡せって……」

 ビクトールが震える手で差し出してきたのは、メモ切れだった。
 あたしはそれを受け取り、書かれている文字を追う。
 頭の端でプチンと何かが切れた音がした。

「あんのやろう!!」

 気付けばあたしはメモ切れを放り捨て、うまやに向かって走っていた。



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