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14.森はすべてを隠して
しおりを挟むフィーネは買い物を終えると街を出た。
いつものようにガレスが用意した馬車に乗り込み、道の途中まで送ってもらう。
ここから先は毒霧の影響で、普通の馬は入れない。フィーネは妖艶な笑みを浮かべ、去りゆく馬車を見送った。
ここから先は徒歩。
歩いて、そう、一時間ほどになる。まさか魔女が徒歩で帰宅とは誰も思うまい。
こんな些細な事も街の人間には知られてはならない事。
フィーネは周囲に人がいない事を確認して、そっと森の中に紛れる。
歩きながら、考える。
アストリードの事。彼の要求は魔女の家に一カ月滞在する事だけだった。
今のところ、なのかもしれない。しかし、他に出そうな要求をフィーネは思い当たらない。
――薬はいらないと言っていたし、森の資源が目的ではないと言っていた。
毒霧の魔女から提供出来るモノといえば、薬と森の資源だけ。
仮に彼が嘘をついていて、それらが欲しいのだとしても、薬に限って言えば、いるのかと聞いたのはフィーネだし、資源なら欲しい物を匂わせるぐらいはあってもいいはず。
彼はもう森には入れないし、それを本人も理解しているのだから。
結局行き着くところは、アストリードに疚しい事はないという結論。
もし、想像外の事が起こるのであれば、するべき事はひとつで、いかなる時も自分を守るだけであった。
――そうよ。自分を守ればすべてが収まるわ。
信じている。
だから、きっと無用な守りになるのだろうけど。
フィーネはうんと一人頷き、籠を持ったまま背伸びをした。
大きく息を吸い込んで吐き出せば、すべての憂いが風に乗って飛んでゆく気がした。
――と、その時。
ガサッと、頭上で音がした。
え? と、視線を上に向けると、すぃーと優雅に飛んでゆくカラスの姿。
よく見なくとも、口に紙袋をくわえている。ばば様のところで買った、材料の入っているあの袋を。
「ちょ、ちょっと!! またなの!?」
フィーネは慌てて後を追いかけた。
器用に枝葉をすり抜けるカラス。先日はすぐにポーチを離したのに、今日はその気配がない。
「今回はしぶといのね!!」
よーし!! 覚悟なさい!
ある程度なら体力に自信がある。
ついでに言えば投擲にも自信がある。
もし当たってしまえば可哀そう。だが、どうしても返してくれないのなら致し方ないだろう。
――怪我はきちんと治してあげるから!!
フィーネは持っていた硬貨を一枚だけ取り出し、走りながらカラスに狙いを定める。
上下に揺れる手元。タイミングをなんとか合わせ――。
カラスはなんと察しの良いことだろう。
背後から迫る危機を感じたのか、あっさり掴んでいた紙袋を手放した。
「わっわっ!! 今日のは落ちても大丈夫!?」
アメルの雫、クロルの葉、リーンの根!! うん! 大丈夫!!
ガサササッと音を立てて紙袋が落下する。
着地点は背の低い木の上。夏の初めなので葉が生い茂り、比較的優しく紙袋を受け止めた。
「よ、よかった……」
フィーネは紙袋を掴むと、一気に疲れが出たのか、その場にしゃがみこんだ。
「まったくもう。どうしていつも私の荷物を狙うのよ」
先日と同じカラスだと分かっているフィーネとしては、いつかお灸を据えたいと空を睨みつける。
◇◆◇
しばらくしてフィーネはのろのろと歩きだした。
休憩したのに足が痛い。加えて、自分が走った方角と自宅の向きを考え、思わずため息が出る。
別方向。フィーネは自宅から離れてしまっていた。
――こっちは人が通るかもしれないから、使わないのよね。
フィーネは人と会わないよう、いつも毒の影響がある道を歩いていた。
――早く、戻らないと。
周囲の様子に気を配り、早足で森の奥を目指す。すると。
――誰かいる!!
走ったせいでボロボロの姿になっていたフィーネは慌てて木の影に隠れた。
今の姿を誰かに見られる訳にはいかない。
垂れてきた前髪を横に流し、フィーネは息を潜める。心臓の音が騒がしい。ドキドキと早鐘のようになる音を制するために、心の中で呟く。大丈夫。すぐに居なくなってくれるから。
しかし願い虚しく、足音はすぐ近くで止まってしまう。
「よお、お疲れさん」
軽薄そうな男の声。
どうやら声をかける相手がすでに居たようで、フィーネは顔を顰める。最低でも二人、人がいる。
ますます見つかる訳にはいかず、黙って様子をうかがった。
同時に盗み聞きしている気分になって居心地が悪くなる。
男がさらに続けた。
「こっちも忙しいから、仕事は早くしてくれるとボスもお喜びになるんだがな」
話し相手の声は聞こえない。
無言を通しているのか動作で答えているのか、フィーネの位置からではわからない。
男の舌打ちが聞こえた。
「――で、結局落とせそうなのか?」
明らかに柄の良くない男の話である。
どう考えても良い話ではなさそうだ。もちろん悪事の話なら見過ごせない。
息を潜めたまま、耳を澄まして。フィーネは男の話に聞き入る。――が。
「まだ二週間だ。機は熟していない」
聞き慣れた声がフィーネの胸に響いた。
いままで聞いた事のない、冷たい声。でも間違いなくこの声は。
――アストリード?
なんで? どうして?
震え始めた手をぎゅっと握りしめ、フィーネは会話に集中する。
「お前がこの役目を担えたのは、ただ毒の耐性があったからだ。それを忘れるな」
「分かっている。出来ればあと二週間は連絡をしてこないと助かる」
「ふん。それを決めるのは俺だ。新入りが口を出すな」
アストリードの声は聞こえてこない。
しかし次の瞬間、ガッッツと音が聞こえ、枝葉が揺れる。
「調子に乗るなよ新入り。いくらボスのお気に入りだからと言って勝手はするな」
「勝手などしていないだろう? 俺は忠実に魔女の元にいる」
「はん! 逆に骨抜きにでもされたか?」
またも答えないアストリード。
不要な会話をする気がないのか、いつまで経っても声は聞こえない。
男が舌打ちし、「次は三日後だ。いいな?」と吐き捨てた。
「早すぎる。二週間はくれといった」
「うるさい。なら一週間後だ。それ以上はゆずらねえ」
長く息を吐き出す音が聞こえ、その後「わかった」とアストリードの声が聞こえた。
その言葉を最後に気配が動く。
足音が二人分、逆方向に進んでゆき、そしてしばらくすると音は完全に消えた。
フィーネは木の幹に頭を預けた。
ドクドクと心臓が嫌な音をたて、言い知れぬ虚無感が体中を満たす。
彼らの声がこだまする。言葉はハッキリと聞こえるのに、理解がちっとも追いつかない。
「どういうことなの……?」
呟いてみても、答えは見つからなかった。
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