魔女様は秘密がお好き

大鳥 俊

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7.菜園の魔女

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 フィーネの庭には菜園がある。
 調合に必要な薬草から、街で売っているハーブ類、サラダに使う葉物類。一人暮らしなので量はいらず、多種多様な植物を育てていた。

「はあ、やっぱりこうなるわよね」

 大事に育てている薬草が埋もれているのを見て。フィーネは遠い目をした。

 ガレスの依頼を受ける前、季節外れの寒波がやって来た。
 期間にしてそれは二日程度だったのだが、初夏の陽気に慣れていたフィーネはあっという間に体調を崩し、しばらくの間寝込んでいた。

 その間、庭の手入れはおろか洗濯すら出来ず、ひょっとしてこのまま一人で死んでしまうのかとも思っていたぐらいで。フィーネはそれだけは嫌だと、マズイ滋養剤を飲み続けた。

 結果、回復したフィーネだが、ガレスの依頼やら、アストリードの出現などがあり、庭の事は今朝まで忘れていた。忙し過ぎたのだ、この数日が。

 季節は初夏。
 不可抗力とはいえ、手入れを怠ればこうなる事は目に見えていた。

 フィーネは黙々と草をむしった。
 育てている植物を誤って抜かないよう、その根を傷つけないように。
 薬草は埋もれているだけあって、周りの草を取り除くのはなかなか難しい。時にハサミを使って、地面に近いところで雑草を切り、太い物には切り口に成長を止める薬草を塗りつける。とても手間のかかる作業だが、これをするかしないかで一週間後の手入れの量が変わる。

「フィーネ、ガンバレ! フィーネ、ガンバレ!」
「もう! そう言うなら手伝ってよ、ぴよ吉!!」

 上空を旋回する使い魔に手を振り上げる。
 こう言っちゃあなんだが、うち小鳥は口だけが達者なのである。

「まったく……こっちは鳥の手も借りたいのに」

 いや、鳥に手はない? 翼か。それじゃあ草は抜けないか。
 なんて、思っていると、ぴよ吉がすぃーっと、地面へと降り立った。

「うん? どうしたの?」
「オテツダイ」
「え!? 本当に手伝ってくれるの!?」

 まさかの展開に喜べば、ぴよ吉は胸を張って「ハッパ ムシャムシャ」という。

「うんうん。食べちゃって食べちゃって!!」
「リョーカイ」

 パクリとぴよ吉が葉っぱを食べてもごもごする。
 その量は僅かかもしれないけれど、フィーネは気持ちが嬉しかった。

「よろしくね、ぴよ吉」
「ムエッヘン」

 なごみながら、フィーネも草むしりを再開する。


 ぴよ吉が満腹で離脱し、食べた葉っぱが違うと、地面に手をついて心の涙を流した後。
 しばらく一人で草をブチブチむしっていると、背後でガサリと音が聞こえた。
 座ったまま首を動かせば、濃い茶色のズボンが見える。

「あ、やっと見つけた」

 ついに来たか。
 フィーネは内心げっそりしながら男を見上げた。

「そろそろ昼ごはんにしようと思ったんだけど、何がいい?」

 アストリードの態度は変わらなかった。
 むしろ朝よりも機嫌が良く、口元には笑みを浮かべながらフィーネの横にしゃがみこんだ。

「草むしり、暑かっただろ? さっぱりとしたものにしようか?」

 労わりの言葉を紡ぎながら、顔をほころばせるアストリード。
 自分は朝食を作ってくれた彼にお礼も言わなかったというのに、何故こんな穏やかな笑顔を見せるのだろうか。本来なら、同じ態度やそれ以上不快な態度で接せられてもおかしくないというのに。どうして。

 なんだか彼の顔を見ていられなくて、フィーネは立ち上がった。

「貴方、今まで何をしていたの?」

 ついうっかり、姿が見えなかった事を追求してしまい、フィーネは慌てて訂正した。「ま、まあ別に貴方が何をしていようとも関係ないのだけど?」

 アストリードは笑みを浮かべたまま立ち上がり、「部屋の片づけをしていたんだ」とあっさり答える。

「結構使われていない物があったけど、この際利用する?」
「好きにすればいいわ。あの部屋にあった物は、すべて不要な物ばかりだもの」
「そっか。じゃあそうさせてもらう」
「どうぞ。ご勝手に」

 その場から逃げるように言い捨て、フィーネは歩き出す。

「草むしりは終了?」
「ええ。疲れたもの」
「シャワーの用意する?」
「自分でするわ」
「そう。なら俺、ごはん作っておくよ」

 顔も見ず、そっけない態度なのに、彼の声色は変わらず穏やかだった。

 ――どうして?

 フィーネは何度も思う。

 ――どうして、こんなに親切なの?

 いつもなら、そのまま立ち去るだけ。
 だけど今のフィーネにはそれが出来なかった。

 ありがとう。と、小さな声で言う。
 聞こえなくても良い。いや、むしろ聞こえていない方がいい。
 魔女はお礼なんて口にしない。こんなの、魔女らしくないのに――。

 フィーネは思っている事をどうしても口にしたかった。

 返事はなにもない。

 堪らなくなって、フィーネは後ろを振り返る。
 聞こえてしまったのなら、彼がどんな顔をしているのか。すごく気になったから。

 アストリードは微笑んでいた。
 慈しむように目を細め、こちらを見ている。

 フィーネは思いが伝わった気がして、思わず笑みを浮かべそうになった。

「な、なによ?」

 寸でのところで止める。
 これ以上は、ダメ。

 結局ツンとした態度に収まるフィーネをアストリードは笑みを浮かべたまま受け入れる。「いや。なんでも」と。

 心がもぞもぞした。
 親切にされる事、受け入れられる事。
 両方とも嬉しい事なのに、そうされる理由が分からなくて。フィーネは身の置き場に困った。自分の態度が、お世辞にも良いと言えない事が分かっているから。

 妖艶な魔女フィーネは近寄りがたい。街の人々からは一定の距離を置かれ、畏怖を持って接せられている。実際人を寄せ付けず、毒霧の森の側に一人住んでいるのだ。

 ――人ってよくわからないわ。

 不本意ながら視線を戻せば、またニコッと笑う彼。
 普段、笑顔を向けられる事の少ないフィーネが反応に困っていると、「あ、そうそう」と思い出したように声を上げた。

「俺はこっちの服装の方が好きだな」
「っ!? あ、貴方の好みなど聞いていないわ!!」

 不意打ちを食らったフィーネは顔を真っ赤にし、庭から出てゆくのだった。


◆◇◆◇


 昼食は麺類だった。
 この地方では見た事のない太さの白い麺は、小麦粉を使って作られているらしい。

「今日は暑そうだったから、朝のうちに仕込んでおいたんだよね」

 どうやらこれは『うどん』というらしく、話を聞けば東部でよく食されている主食の一つだそうだ。
 食べ合わせは各家庭によって様々で、結構なんでも合うとの事。今日は材料の関係で、薬味が三種類とつゆの用意があり、お好みでつけて食べる。
 ちなみに、しっかりとしたボリュームを求めるなら、肉やサラダをのせたりするらしい。

「貴方、東部の出身なの?」
「……いいや。この料理はナクトの街に立ち寄った時、面白いなって思ったから教えてもらったんだよ」
「ナクト……たしか、騎士団の養成所がある街だったかしら」
「ご名答。騎士は忙しいから、さっと食べられる麺類って人気なんだよ」
「へぇ……」

 自分の縄張りを離れないフィーネにとって、東部の話は伝え聞くばかりだった。
 それも主にガレスの話なので、知識に偏りがある。基本、仕事の話の前置き程度なので、食生活の話など聞いた事がなかった。

「他には何があるの?」

 知識欲が刺激され、フィーネは思わず聞いていた。

「食べ物の事? そうだな……ナクトの街では『チョコフォンデュ』っていう料理があってね。溶かしたチョコレートにフルーツやビスケットをつけて食べるんだ」
「溶かしたチョコレートですって!?」
「そう。チョコレートは高級品だろ? だから、祝いの時ぐらいしか出て来ない料理らしいけど、みなそれはそれは楽しみにしていると聞いた」
「貴方、それを食べた事あるの!?」
「一応、ある」

 フィーネはよろめいた。

 な、なんて贅沢なの。
 こっちは苦労して採取した品の報酬として得たものなのに、祝いの時だけとはいえそんな贅沢品を食べられるなんて。

「世の中って、理不尽だわ」
「? 食べたいなら、取り寄せようか?」
「!?」

 思わぬ発言にフィーネはアストリードを凝視した。
 彼も口元に小さな笑みを浮かべたまま、こちらを見ている。

 しばらく、時間が流れた。

「――とりあえず。ごはん、食べようか?」

 まじまじと自分の姿を見る魔女にアストリードがニッコリと笑った。

 ――そして魔女は。
 今更ながら、この男がそれなりにカッコ良い事に気がついてしまう。


◆◇◆◇


 翌日。
 結局一日アストリードと共に過ごしてしまったフィーネは、もやもやとしたまま部屋の扉を開ける。

 昨日と同じく良い匂い。
 お腹がくぅとなって、思わず裏切り者と顔をしかめた。

「おはよう、フィーネ」
「……おはよう」

 とりあえず、一カ月の共同生活を認めたフィーネは不機嫌を装いながらも返事をする。

 人間の常識と魔女の行動の間を取った態度がこれである。
 基本礼儀を欠かないように気をつけているフィーネは、尊大な態度を取りつつも、いつも相手を気にかけている。魔女は偉そうだが、品性がないとは思われたくなかったのだ。

 アストリードが皿を並べる。
 焼き立てのテーブルロールに、スクランブルエッグ。庭から調達してきたらしいベビーリーフのサラダに、コンソメのスープ。買い出しにも行っていないはずなのに、よくもまあ。

 と、その時フィーネは気がついた。

「あ、貴方、そのカッコ……」

 指摘されたアストリードは「ん?」という感じで首を傾げた後、フィーネの指差した先を見て「ああ」と納得したよう頷いた。

「作ったんだ」
「いや、そうじゃなくって」

 フィーネの指差したのは、アストリードの服。
 昨日までは洗いざらしのシャツと、濃い茶色のズボンだけという服装だったのに、今日はエプロンが追加されている。しかも花柄だ。

「昨日、使われていない物があるって話しただろ? その中に布があったから」

 その前に花柄だぞ。と、言いかけて、フィーネは止めた。
 どうやらこの男は裁縫も得意らしい。何故だ。家事能力が高すぎる。万能か。
 自分はボタン一つつけるのも指が穴だらけになるというのに……何かが間違っている気がする。

「もう一つ作ってあるから、フィーネも使って」

 使いません。という言葉を飲み込んで、頭を振った。

 もうなんだか、いちいち文句をつけるのもばからしい。
 のほほ~んと笑う男を見て、フィーネは脱力する。今日もわけのわからない一日になりそうだった。


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