7 / 29
7.菜園の魔女
しおりを挟むフィーネの庭には菜園がある。
調合に必要な薬草から、街で売っているハーブ類、サラダに使う葉物類。一人暮らしなので量はいらず、多種多様な植物を育てていた。
「はあ、やっぱりこうなるわよね」
大事に育てている薬草が埋もれているのを見て。フィーネは遠い目をした。
ガレスの依頼を受ける前、季節外れの寒波がやって来た。
期間にしてそれは二日程度だったのだが、初夏の陽気に慣れていたフィーネはあっという間に体調を崩し、しばらくの間寝込んでいた。
その間、庭の手入れはおろか洗濯すら出来ず、ひょっとしてこのまま一人で死んでしまうのかとも思っていたぐらいで。フィーネはそれだけは嫌だと、マズイ滋養剤を飲み続けた。
結果、回復したフィーネだが、ガレスの依頼やら、アストリードの出現などがあり、庭の事は今朝まで忘れていた。忙し過ぎたのだ、この数日が。
季節は初夏。
不可抗力とはいえ、手入れを怠ればこうなる事は目に見えていた。
フィーネは黙々と草をむしった。
育てている植物を誤って抜かないよう、その根を傷つけないように。
薬草は埋もれているだけあって、周りの草を取り除くのはなかなか難しい。時にハサミを使って、地面に近いところで雑草を切り、太い物には切り口に成長を止める薬草を塗りつける。とても手間のかかる作業だが、これをするかしないかで一週間後の手入れの量が変わる。
「フィーネ、ガンバレ! フィーネ、ガンバレ!」
「もう! そう言うなら手伝ってよ、ぴよ吉!!」
上空を旋回する使い魔に手を振り上げる。
こう言っちゃあなんだが、うち小鳥は口だけが達者なのである。
「まったく……こっちは鳥の手も借りたいのに」
いや、鳥に手はない? 翼か。それじゃあ草は抜けないか。
なんて、思っていると、ぴよ吉がすぃーっと、地面へと降り立った。
「うん? どうしたの?」
「オテツダイ」
「え!? 本当に手伝ってくれるの!?」
まさかの展開に喜べば、ぴよ吉は胸を張って「ハッパ ムシャムシャ」という。
「うんうん。食べちゃって食べちゃって!!」
「リョーカイ」
パクリとぴよ吉が葉っぱを食べてもごもごする。
その量は僅かかもしれないけれど、フィーネは気持ちが嬉しかった。
「よろしくね、ぴよ吉」
「ムエッヘン」
なごみながら、フィーネも草むしりを再開する。
ぴよ吉が満腹で離脱し、食べた葉っぱが違うと、地面に手をついて心の涙を流した後。
しばらく一人で草をブチブチむしっていると、背後でガサリと音が聞こえた。
座ったまま首を動かせば、濃い茶色のズボンが見える。
「あ、やっと見つけた」
ついに来たか。
フィーネは内心げっそりしながら男を見上げた。
「そろそろ昼ごはんにしようと思ったんだけど、何がいい?」
アストリードの態度は変わらなかった。
むしろ朝よりも機嫌が良く、口元には笑みを浮かべながらフィーネの横にしゃがみこんだ。
「草むしり、暑かっただろ? さっぱりとしたものにしようか?」
労わりの言葉を紡ぎながら、顔をほころばせるアストリード。
自分は朝食を作ってくれた彼にお礼も言わなかったというのに、何故こんな穏やかな笑顔を見せるのだろうか。本来なら、同じ態度やそれ以上不快な態度で接せられてもおかしくないというのに。どうして。
なんだか彼の顔を見ていられなくて、フィーネは立ち上がった。
「貴方、今まで何をしていたの?」
ついうっかり、姿が見えなかった事を追求してしまい、フィーネは慌てて訂正した。「ま、まあ別に貴方が何をしていようとも関係ないのだけど?」
アストリードは笑みを浮かべたまま立ち上がり、「部屋の片づけをしていたんだ」とあっさり答える。
「結構使われていない物があったけど、この際利用する?」
「好きにすればいいわ。あの部屋にあった物は、すべて不要な物ばかりだもの」
「そっか。じゃあそうさせてもらう」
「どうぞ。ご勝手に」
その場から逃げるように言い捨て、フィーネは歩き出す。
「草むしりは終了?」
「ええ。疲れたもの」
「シャワーの用意する?」
「自分でするわ」
「そう。なら俺、ごはん作っておくよ」
顔も見ず、そっけない態度なのに、彼の声色は変わらず穏やかだった。
――どうして?
フィーネは何度も思う。
――どうして、こんなに親切なの?
いつもなら、そのまま立ち去るだけ。
だけど今のフィーネにはそれが出来なかった。
ありがとう。と、小さな声で言う。
聞こえなくても良い。いや、むしろ聞こえていない方がいい。
魔女はお礼なんて口にしない。こんなの、魔女らしくないのに――。
フィーネは思っている事をどうしても口にしたかった。
返事はなにもない。
堪らなくなって、フィーネは後ろを振り返る。
聞こえてしまったのなら、彼がどんな顔をしているのか。すごく気になったから。
アストリードは微笑んでいた。
慈しむように目を細め、こちらを見ている。
フィーネは思いが伝わった気がして、思わず笑みを浮かべそうになった。
「な、なによ?」
寸でのところで止める。
これ以上は、ダメ。
結局ツンとした態度に収まるフィーネをアストリードは笑みを浮かべたまま受け入れる。「いや。なんでも」と。
心がもぞもぞした。
親切にされる事、受け入れられる事。
両方とも嬉しい事なのに、そうされる理由が分からなくて。フィーネは身の置き場に困った。自分の態度が、お世辞にも良いと言えない事が分かっているから。
妖艶な魔女フィーネは近寄りがたい。街の人々からは一定の距離を置かれ、畏怖を持って接せられている。実際人を寄せ付けず、毒霧の森の側に一人住んでいるのだ。
――人ってよくわからないわ。
不本意ながら視線を戻せば、またニコッと笑う彼。
普段、笑顔を向けられる事の少ないフィーネが反応に困っていると、「あ、そうそう」と思い出したように声を上げた。
「俺はこっちの服装の方が好きだな」
「っ!? あ、貴方の好みなど聞いていないわ!!」
不意打ちを食らったフィーネは顔を真っ赤にし、庭から出てゆくのだった。
◆◇◆◇
昼食は麺類だった。
この地方では見た事のない太さの白い麺は、小麦粉を使って作られているらしい。
「今日は暑そうだったから、朝のうちに仕込んでおいたんだよね」
どうやらこれは『うどん』というらしく、話を聞けば東部でよく食されている主食の一つだそうだ。
食べ合わせは各家庭によって様々で、結構なんでも合うとの事。今日は材料の関係で、薬味が三種類とつゆの用意があり、お好みでつけて食べる。
ちなみに、しっかりとしたボリュームを求めるなら、肉やサラダをのせたりするらしい。
「貴方、東部の出身なの?」
「……いいや。この料理はナクトの街に立ち寄った時、面白いなって思ったから教えてもらったんだよ」
「ナクト……たしか、騎士団の養成所がある街だったかしら」
「ご名答。騎士は忙しいから、さっと食べられる麺類って人気なんだよ」
「へぇ……」
自分の縄張りを離れないフィーネにとって、東部の話は伝え聞くばかりだった。
それも主にガレスの話なので、知識に偏りがある。基本、仕事の話の前置き程度なので、食生活の話など聞いた事がなかった。
「他には何があるの?」
知識欲が刺激され、フィーネは思わず聞いていた。
「食べ物の事? そうだな……ナクトの街では『チョコフォンデュ』っていう料理があってね。溶かしたチョコレートにフルーツやビスケットをつけて食べるんだ」
「溶かしたチョコレートですって!?」
「そう。チョコレートは高級品だろ? だから、祝いの時ぐらいしか出て来ない料理らしいけど、みなそれはそれは楽しみにしていると聞いた」
「貴方、それを食べた事あるの!?」
「一応、ある」
フィーネはよろめいた。
な、なんて贅沢なの。
こっちは苦労して採取した品の報酬として得たものなのに、祝いの時だけとはいえそんな贅沢品を食べられるなんて。
「世の中って、理不尽だわ」
「? 食べたいなら、取り寄せようか?」
「!?」
思わぬ発言にフィーネはアストリードを凝視した。
彼も口元に小さな笑みを浮かべたまま、こちらを見ている。
しばらく、時間が流れた。
「――とりあえず。ごはん、食べようか?」
まじまじと自分の姿を見る魔女にアストリードがニッコリと笑った。
――そして魔女は。
今更ながら、この男がそれなりにカッコ良い事に気がついてしまう。
◆◇◆◇
翌日。
結局一日アストリードと共に過ごしてしまったフィーネは、もやもやとしたまま部屋の扉を開ける。
昨日と同じく良い匂い。
お腹がくぅとなって、思わず裏切り者と顔をしかめた。
「おはよう、フィーネ」
「……おはよう」
とりあえず、一カ月の共同生活を認めたフィーネは不機嫌を装いながらも返事をする。
人間の常識と魔女の行動の間を取った態度がこれである。
基本礼儀を欠かないように気をつけているフィーネは、尊大な態度を取りつつも、いつも相手を気にかけている。魔女は偉そうだが、品性がないとは思われたくなかったのだ。
アストリードが皿を並べる。
焼き立てのテーブルロールに、スクランブルエッグ。庭から調達してきたらしいベビーリーフのサラダに、コンソメのスープ。買い出しにも行っていないはずなのに、よくもまあ。
と、その時フィーネは気がついた。
「あ、貴方、そのカッコ……」
指摘されたアストリードは「ん?」という感じで首を傾げた後、フィーネの指差した先を見て「ああ」と納得したよう頷いた。
「作ったんだ」
「いや、そうじゃなくって」
フィーネの指差したのは、アストリードの服。
昨日までは洗いざらしのシャツと、濃い茶色のズボンだけという服装だったのに、今日はエプロンが追加されている。しかも花柄だ。
「昨日、使われていない物があるって話しただろ? その中に布があったから」
その前に花柄だぞ。と、言いかけて、フィーネは止めた。
どうやらこの男は裁縫も得意らしい。何故だ。家事能力が高すぎる。万能か。
自分はボタン一つつけるのも指が穴だらけになるというのに……何かが間違っている気がする。
「もう一つ作ってあるから、フィーネも使って」
使いません。という言葉を飲み込んで、頭を振った。
もうなんだか、いちいち文句をつけるのもばからしい。
のほほ~んと笑う男を見て、フィーネは脱力する。今日もわけのわからない一日になりそうだった。
0
お気に入りに追加
23
あなたにおすすめの小説
断る――――前にもそう言ったはずだ
鈴宮(すずみや)
恋愛
「寝室を分けませんか?」
結婚して三年。王太子エルネストと妃モニカの間にはまだ子供が居ない。
周囲からは『そろそろ側妃を』という声が上がっているものの、彼はモニカと寝室を分けることを拒んでいる。
けれど、エルネストはいつだって、モニカにだけ冷たかった。
他の人々に向けられる優しい言葉、笑顔が彼女に向けられることない。
(わたくし以外の女性が妃ならば、エルネスト様はもっと幸せだろうに……)
そんな時、侍女のコゼットが『エルネストから想いを寄せられている』ことをモニカに打ち明ける。
ようやく側妃を娶る気になったのか――――エルネストがコゼットと過ごせるよう、私室で休むことにしたモニカ。
そんな彼女の元に、護衛騎士であるヴィクトルがやってきて――――?
前略、旦那様……幼馴染と幸せにお過ごし下さい【完結】
迷い人
恋愛
私、シア・エムリスは英知の塔で知識を蓄えた、賢者。
ある日、賢者の天敵に襲われたところを、人獣族のランディに救われ一目惚れ。
自らの有能さを盾に婚姻をしたのだけど……夫であるはずのランディは、私よりも幼馴染が大切らしい。
「だから、王様!! この婚姻無効にしてください!!」
「My天使の願いなら仕方ないなぁ~(*´ω`*)」
※表現には実際と違う場合があります。
そうして、私は婚姻が完全に成立する前に、離婚を成立させたのだったのだけど……。
私を可愛がる国王夫婦は、私を妻に迎えた者に国を譲ると言い出すのだった。
※AIイラスト、キャラ紹介、裏設定を『作品のオマケ』で掲載しています。
※私の我儘で、イチャイチャどまりのR18→R15への変更になりました。 ごめんなさい。
セレナの居場所 ~下賜された側妃~
緑谷めい
恋愛
後宮が廃され、国王エドガルドの側妃だったセレナは、ルーベン・アルファーロ侯爵に下賜された。自らの新たな居場所を作ろうと努力するセレナだったが、夫ルーベンの幼馴染だという伯爵家令嬢クラーラが頻繁に屋敷を訪れることに違和感を覚える。
【完結】記憶を失くした貴方には、わたし達家族は要らないようです
たろ
恋愛
騎士であった夫が突然川に落ちて死んだと聞かされたラフェ。
お腹には赤ちゃんがいることが分かったばかりなのに。
これからどうやって暮らしていけばいいのか……
子供と二人で何とか頑張って暮らし始めたのに……
そして………
王命を忘れた恋
須木 水夏
恋愛
『君はあの子よりも強いから』
そう言って貴方は私を見ることなく、この関係性を終わらせた。
強くいなければ、貴方のそばにいれなかったのに?貴方のそばにいる為に強くいたのに?
そんな痛む心を隠し。ユリアーナはただ静かに微笑むと、承知を告げた。
〖完結〗その子は私の子ではありません。どうぞ、平民の愛人とお幸せに。
藍川みいな
恋愛
愛する人と結婚した…はずだった……
結婚式を終えて帰る途中、見知らぬ男達に襲われた。
ジュラン様を庇い、顔に傷痕が残ってしまった私を、彼は醜いと言い放った。それだけではなく、彼の子を身篭った愛人を連れて来て、彼女が産む子を私達の子として育てると言い出した。
愛していた彼の本性を知った私は、復讐する決意をする。決してあなたの思い通りになんてさせない。
*設定ゆるゆるの、架空の世界のお話です。
*全16話で完結になります。
*番外編、追加しました。
【完結】辺境伯令嬢は新聞で婚約破棄を知った
五色ひわ
恋愛
辺境伯令嬢としてのんびり領地で暮らしてきたアメリアは、カフェで見せられた新聞で自身の婚約破棄を知った。真実を確かめるため、アメリアは3年ぶりに王都へと旅立った。
※本編34話、番外編『皇太子殿下の苦悩』31+1話、おまけ4話
「白い結婚最高!」と喜んでいたのに、花の香りを纏った美形旦那様がなぜか私を溺愛してくる【完結】
清澄 セイ
恋愛
フィリア・マグシフォンは子爵令嬢らしからぬのんびりやの自由人。自然の中でぐうたらすることと、美味しいものを食べることが大好きな恋を知らないお子様。
そんな彼女も18歳となり、強烈な母親に婚約相手を選べと毎日のようにせっつかれるが、選び方など分からない。
「どちらにしようかな、天の神様の言う通り。はい、決めた!」
こんな具合に決めた相手が、なんと偶然にもフィリアより先に結婚の申し込みをしてきたのだ。相手は王都から遠く離れた場所に膨大な領地を有する辺境伯の一人息子で、顔を合わせる前からフィリアに「これは白い結婚だ」と失礼な手紙を送りつけてくる癖者。
けれど、彼女にとってはこの上ない条件の相手だった。
「白い結婚?王都から離れた田舎?全部全部、最高だわ!」
夫となるオズベルトにはある秘密があり、それゆえ女性不信で態度も酷い。しかも彼は「結婚相手はサイコロで適当に決めただけ」と、面と向かってフィリアに言い放つが。
「まぁ、偶然!私も、そんな感じで選びました!」
彼女には、まったく通用しなかった。
「なぁ、フィリア。僕は君をもっと知りたいと……」
「好きなお肉の種類ですか?やっぱり牛でしょうか!」
「い、いや。そうではなく……」
呆気なくフィリアに初恋(?)をしてしまった拗らせ男は、鈍感な妻に不器用ながらも愛を伝えるが、彼女はそんなことは夢にも思わず。
──旦那様が真実の愛を見つけたらさくっと離婚すればいい。それまでは田舎ライフをエンジョイするのよ!
と、呑気に蟻の巣をつついて暮らしているのだった。
※他サイトにも掲載中。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる