魔女様は秘密がお好き

大鳥 俊

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3.一筋縄ではいかない現実

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『フィーネよ、ようやく我らと遊ぶ気になったか』
『火など灯して煩わしいことよ、そんなもの必要ないだろう』

 喉を震わせるようにして話しを始める狼たち。
 突き出した口からは鋭い牙が見え、見る者が見れば、恐怖で腰を抜かすだろう。――ただ、フィーネは違う。

「ラルフ、ガルガンド! 今は忙しいの!!」
『そんなこと我らの知ったことではない』
『ここは退屈なのだ。資源を採取するなら、その主の相手をするのは道理であろう』

 この森に、動物はほとんどいない。
 それはやはりここが毒霧で満たされているからで、その上での例外がこの二匹。

 ラルフとガルガンド。
 青白い毛並みに、紫と金色のオッドアイを持つ狼。
 その大きさは大型犬の二倍ほどで、仮に人間へと喰らいついたら腕や脚をもぐだろう。

 フィーネは後ずさる。
 今は大事な品を運んでいる最中。彼らの要望を受け入れることは出来ない。

 焦れたラルフが一歩前に出る。
 ランプを器用に蹴飛ばし、ぶるりと身体を震わせた。『炎はいらぬ』
 ガルガンドも一歩前に出る。『今日はなにをする?』

「ねえ、また今度森に来るから」
『その来た時も、「また今度」というのであろう?』
『フィーネよ、我らを獣と思ってあなどるなよ』

 二匹は過去の言い訳を覚えていた。
 約束を守らないフィーネが悪いと言えばそうなのだが、彼らと遊ぶのは命がけ。
 できれば遠慮したいのが彼女の言い分である。

 にじにじと寄ってくる二匹。
 目はらんらんと輝きを増し、今にも飛びかかってきそうだった。
 そうなれば、ランソルドッドの葉は傷んでしまう。フィーネは一目散に駆けだした。

『フィーネ!!』
『今日は追いかけっこか!?』

 二匹もすぐに駆けだす。
 魔女対狼。その勝敗はすぐに決すると分かっていた。
 フィーネは空に向かって声を上げる。

「ピヨ吉!!」

 フィーネは自分の使い魔が、木の合間を縫って飛んでくるのを見て、すかさず自分のポーチを投げつけた。

 黄金色の小鳥が旋回する。
 その小さな身体に似合わない力を発揮し、自分と同じ大きさのポーチをくわえた。

「大事に運んで!!」
「ンーン!!」

 返事は『了解』だ。

 フィーネはラルフとガルガンドに向き直る。
 急に止まった彼女に狼たちは、三歩離れたところで立ち止まった。

『なんだ、もう終わりか』
『つまらぬ』
「アンタ達に走りでかなう訳ないでしょうよ」

 いったい魔女をなんだと思っているのだ。
 フィーネはドカッと腰を下ろし、息をつく。そうしてから何をする気だと目を細める二匹に向かって、両手を広げた。

「今日はブラッシングしてあげるから、許して?」

 疲労困憊ひろうこんぱいの上、おいかけっこなんて無理すぎるフィーネには、これぐらいしか彼らの欲求を満足させる術を持っていなかった。

 四つの瞳がみるみるうちに大きく見開いて。期待に満ちたようにキラキラと輝く。

『……しかたない。今日はそれで勘弁してやろう』
『そのかわり、次に来たときは遊ぶのだぞ』

 もふもふとした毛並みを撫でて、フィーネは息をつく。

 ――秘密その四。
 森の動物はしもべではなく、やんちゃのもふもふである事。


◆◇◆◇


 ラルフとガルガンドがご機嫌で帰った後。
 フィーネは乾いた地面で大の字になって倒れていた。

「ほんと、つかれたわ……」

 もふもふって癒しの象徴じゃなかったっけ? 逆に疲れるってどうよ?

 二匹とも気持ちよさそうにしていたのが救いである。たとえ、それが数時間も巨体にのしかかれ、ブラッシングさせられていたとしても。

 木の隙間から太陽が見える。
 傾き加減から、昼を過ぎたあたりだろうと予想した。

「お腹すいたなー……」

 荷物になる為、食料は必要最小限しか持って来なかった。
 一応水分だけは切らさないようにしていたが、携帯食料は今朝で食べきり。フィーネは昼食抜きの現状にまた溜息をついた。

 ――と、その時。
 空と自分の間に黄金色が割り込んできた。

「ンーン」

 声を上げたピヨ吉がすぐ傍までやって来て、くわえていたポーチをフィーネのお腹の上に置いた。

 急いで中を開けてみる。
 葉に傷みはない。ちゃんと丁寧に扱ってくれていたようだ。

「……よかったぁ」

 空腹だが、苦労は報われた。
 それだけでフィーネは十分だった。小鳥が頭上を旋回する。

「ボク、ガンバッタ」
「うん、偉い偉い」
「ウム。モット、ホメタタエルガヨイ」

 調子に乗る使い魔をジト目でみるフィーネ。
 まあそれでも、今回はとても助かったので、彼の尊大な態度を受け入れる事にした。

「じゃあ、帰りましょうか」
「ウン。テイサツ、シテクル」

 ピヨ吉を見送り、フィーネは返ってきたポーチを腰に取りつけようとして。その繋ぐ部分の金具が壊れている事に気がついた。

「あーあ。さっき無理やり引き抜いたからだ」

 身体に密着させて固定できるこのポーチは結構重要なアイテム。
 自宅へ戻ったら修理しなくちゃと、フィーネは思う。
 幸いこの先にはもう難所がなく、用心するべきは足元のぬかるみだけ。

 フィーネはポーチを抱えたまま歩きだす。
 乾いた地面はほどなくして、ぬかるんだ場所へと差し掛かる。
 本来の予定では木を伝って進むはずだったが、金具が壊れ、ポーチで手のふさがった今では、その道は消えてなくなっていた。

 覚悟を決めて、一歩、足を踏み出す。
 ぐちゃりと、不快な感触に顔をしかめながらも、一歩一歩前へと進む。

 進むにつれて、沼から滲み出た水が泥と混じり合い、徐々に靴を汚してゆく。
 靴に、防水の草は塗りつけてあった。……が、もちろん汚れまでは防げない。

 採取服はパンツ姿なので、ズボンの裾も泥を吸い始める。
 裾を折って、足を晒す訳にもいかず、じわじわと汚れてゆく足元を見て、フィーネはげっそりしながら歩き続けた。ああ。早くお風呂に入りたい。

 自宅までの距離は時間にしてあと十五分ほど。
 ぬかるんだ道ともおさらばの時が近づいて。

 ようやくだ、とフィーネが安堵で息をついた瞬間――。

 事件は、起こった。

 なんと、イタズラ好きのカラスがフィーネのポーチを奪ったのだ。

「え!? ちょっと!!」

 突然の出来事に一瞬頭が真っ白になるも、すぐに立て直したフィーネはカラスを追いかける。
 カラスはと言えば、地上から慌てて追いかけてくる魔女を見て満足したのか、「カァ」とひと鳴きするとその拍子にポーチを離した。
 ひゅるるるるっと、地面に向かってポーチが落下する。

 フィーネは勢い良く飛び出した。

 ずしゃあぁぁぁぁぁぁぁっと、スライディングをかます。
 またあの木のところまで戻るのはなにがなんでもごめんだった。
 すぽっと、両手のひらにポーチが落ちる。――大丈夫。これぐらいの衝撃なら大丈夫。

 自身が泥まみれになった事はひとまず置いといて、フィーネは依頼品の無事を喜んだ。
 そこに、一羽の小鳥が舞い戻ってくる。

「フィーネ、ナイス、スライディング」
「まずは頭からどこうか、ピヨ吉」

 まあまあそう言わずにと、ぴこぴこと頭を踏むピヨ吉。
 いやどうせ踏むなら腰希望。最近腰痛が……って。

「ちっがーーーーう!! ピヨ吉、どきなさい!」

 突っ込みがてら、手を振り上げた瞬間。
 その両手でキャッチしていたポーチが空を舞う。

「ーーーーー!!」

 声にならない悲鳴を上げた。
 急いで立とうにも、ぬかるんだ地面はフィーネを離さない。

 もたつくフィーネ。
 構わず頭に居座るピヨ吉。
 落ちる、ランソルドッドの葉。

 もう駄目だと、フィーネは目を瞑る。
 折角、折角、苦労して採ってきたのに。

 ガレスは早い方が良いて言っていた。
 ウェンデル伯だって、必要だから頼んできたんだ。
 私がこれを持って帰らないと――!!

 ――秘密その五。
 魔女フィーネは責任感が強い。

 キッと、目を吊り上げ、足と手に力を入れる。
 ヌルつく地面を押しこむようにフィーネは渾身の力を振り絞り、空を舞うポーチに飛び付いた。――……が。

 べしゃぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!

 再び、フィーネは泥に沈んだ。
 もっともな結果である。魔女は身体能力の有無でその名を得るのではない。

 べしゃっと、何かが沼に落ちる音を聞いた。
 伸ばし切った手が虚しい。
 フィーネは顔面にまで飛び散った泥を払う気力も失い、そのまま突っ伏した。

「フィーネ、フィーネ」

 ピヨ吉が頭の上で呼んでいる。

「……ちょっと今一人になりたいの。一人だけど」
「フィーネ、フィーネ」
「ピヨ吉は一羽。黙っていれば一人の気分になれるから」
「フィーネ」
「ああ、もう!! 少しぐらい感傷に浸っても――!!」

 泥で汚れた顔を上げて。フィーネは目を真ん丸にした。

 視界いっぱいに広がったポーチ。
 ツンと鼻をかすめるのはランソルドッドの周りに満たした綿の香り。
 間違いなく今、落としてしまったはずの大事な依頼品。

「――大丈夫?」

 聞こえた言葉に耳を疑う。
 ありえない。だって。

「いつまでも泥の中にいると風邪ひいちゃうよ? それとも、泥の中って暖かいの?」

 こんな声、知らない。
 ゆっくりと視線を動かせば、ピヨ吉が素知らぬ顔で空を飛んでいた。

「ねえ、魔女様?」

 にこにこにこにこ。

「なっ、な……」

 フィーネはすべての疑問を投げ捨てて。
 のほほ~んと笑う、目の前の男を怒鳴った。

「なんで人間がいるのよーーーーー!!!!」


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