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23.一階からスタート!
しおりを挟む「たい、りょく、作りには、かーいだん♪ よいしょ、こらしょ! あと三階!!」
九階に辿り着き、佐奈はふうと息をつく。
階段生活、三カ月目。
以前ならもっと下の階で力尽きていたのだが、どうやらこの三カ月は無駄ではなかったらしい。
僅かながらでも身体が慣れてくる事が分かって、佐奈は階段を登るのが嫌いではなくなっていた。
「継続は力なり! ついでに痩せてくれるともっと嬉しい!」
「……って、懲りねぇなあ」
「わぁ!!」
突然降ってきた声に上を見れば、滝川さんを発見。
こちらを見下ろしている彼は、手すりに頬杖をついて愉快そうにニヤニヤ笑っている。
「もう! 滝川さんったら、驚かさないでくださいよ!」
「驚くような事しながら上がって来るから、ビックリするんだろ?」
「な、なんにもしてないですよ?」
「お。面と向かって言い切るんだな? 『あと三階!!』」
「あわわわ」
一体どこから聞いていたのだと、佐奈がジト目で睨めば、滝川さんは「あはは」と声を上げて笑う。
ひとり言を、好きだと言った彼。
それはありがたいのやら、恥かしいのやら。佐奈にとっては複雑な話だった。
……まあ、変人だと思われなかっただけよかったけど。
とりあえず大急ぎでもう一階分登り、滝川さんを捕まえる。
「あのですね。滝川さん」
「いや~。もう聞けないって思ってたのに、いらない心配だったな」
「あのー……できれば、聞かないでほしいんですけど?」
「無理」
「即答!?」
「あはは」とまだ笑う彼。
正直、笑い事ではない。
もう。と、佐奈が怒って階段を登り始めると、足音が追いかけてくる。
「怒らないで、佐奈」
「……怒って、ませんよ?」
「うん。わかってる」
やり取りが、なんだか甘い。
佐奈は朝から心が落ち着かなくて。なんだか、そわそわしてくる。
「あーよかった。元気出たわ」
「……わたしは精神的ダメージを負いましたけど?」
「大丈夫。プレゼンの後は楽しい飲み会だから」
今日は来るんでしょ? と尋ねてくる滝川さんに、佐奈は頷く。
「高谷佐奈。出席です」
「こら。当てつけのようにフルネームで名乗らない」
「ひとり言聞いた罰です」
「じゃあ、おあいこだね」
向けられた優しい笑顔にドキンと胸が高鳴る。
佐奈は一気に顔が熱くなってきて、フイっと横を向いた。すると、滝川さんがまた愉快そうに笑う。
「お。今、売れない芸人?」
「スマイルキラー滝川です」
「鎖帷子は未装備?」
「今日は麻の服です」
「やった」
他の人が聞いたら一体何の話だと思われるだろう。
でもそれもなにか、二人だけの暗号みたいで楽しい。
ふわふわと湧き上がってくる幸せに、佐奈は笑みを浮かべる。
ご機嫌で三段ほど登って、滝川さんを振り返った。
「今日のプレゼン、がんばりましょうね」
彼は何故か答えず、そのまま佐奈を追い越して振り返った。
さっきと違って、ちょっと緊張した面持ち。
どうしたのかなって、思いながらも、彼の返事を待った。
滝川さんが「――ねぇ、佐奈」と、呼びかけ、更に続ける。
「今日のプレゼン、上手くいったらご褒美頂戴?」
今日のプレゼンは、高峰高山初合同だ。
実は佐奈も朝から緊張していて。それもあって、ついひとり言をいいながら、階段を登っていたのだった。
ご褒美は、モチベーションアップにいいかも。
佐奈は頷き、「いいですよ」と、軽く返した。
滝川さんが嬉しそうに、だけど、少し含みのある笑みを浮かべた。
「佐奈。二言はない?」
「え? ないですよ」
即答を聞いて、彼はにこーっと、笑みを深めた。
「やったね」
「ちなみに、わたしにもあるんですよね?」
「もちろん」と頷いた彼は、「ご褒美は希望制で」と言う。
希望制。
わあ。何にしよう。
佐奈が頭でご褒美を想像し始める前に、「プレゼン終わってから考えて」と続く。……危ない。そうでした。
「わかりました」
「よろしい。じゃ、またあとで」
「はい! お互いがんばりましょうね!」
滝川さんが去り際に頭をぽんぽんと軽くなでて、階段を降りてゆく。
その新鮮な触れ合いに、佐奈は一人悶絶しつつ。パンと顔を叩いて、残りの階段を登り始める。
足取り軽く、一段、一段、確実に。
――この時の佐奈は知らない。
帝司がどんなご褒美を強請るのか。
そしてそれを、どんな気持ちで与えるのか。
全ては合同プレゼンのその後に続いてゆく。
だって二人は、一緒に階段を登り始めたばかりなのだから。
【一階からスタート! おしまい】
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