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19. 高山田書店
しおりを挟む木曜日。
今日は午後から滝川さんと本屋めぐり。
「午後休も重なるなんて、すっごい偶然」
現在、高峰文具と高山文具はまだ別々の勤務シフトを取っている。
それは合併前の仕事を円滑に進めるために採用したことで、半休に至っては社員同士が相談して休みを取っているので完全に不規則だった。
佐奈は久しぶりに自分の幸運に気がつくも、もう慣れたもので。慄くより、ありがとうと感謝する事にしていた。
待ち合わせ場所の喫茶店で、ぽやっと外を眺める。
基本、細かい事を気にしない佐奈はもう、日曜日の想いを上手く昇華していた。
だって、考えても分からないのだと分かったから。
理解する事を諦めたのかと言われれば、それは違う。
答えを持っているのは滝川さんであって、佐奈ではないという事実を正確に理解しただけ。それならば自分一人で片思いを楽しもうと。
相手の気持ちが分からなくても、佐奈は今、とても幸せだった。
それが答えで。真実。
もしも気持ちに変化が起きたら、その時に佐奈が動けばいいだけの事。結論だけ見れば、本当に単純だった。
「――お待たせ」
背後から聞こえた声に、佐奈は笑顔で振り返った。
「こんにちは! 今日はありがとうございます!」
「いや。気にしないで。俺も行こうと思ってたし」
「それでも助かります」
「じゃあ、早速行こうか」
「はい!」
スッとテーブルの伝票を持ってゆく滝川さん。
慌ててその後ろを追いかける。「ここは自分で!」と小声で言うも、彼は首を左右に振るだけ。
こうなってしまったら、もう伝票は返してもらえない。
佐奈は一人分のコーヒー代を支払う後ろ姿を見て、むぅと唸った。
こういう事をスマートに行うところが、何とも憎らしくてカッコいい。
「ご馳走さまです」
店を出て声をかけると、「いや。待っててと言ったのは俺だし」と滝川さんが答える。すかさず佐奈も「でも、飲んだのわたしですし」と返した。
「いや、結構待たせたんだから気にしないで」
「でも、連れて行ってもらうのに待つのは当然です」
「いや、それでも――」と彼が言いかけて、佐奈も反論すべく「でも」の続きを考えて。そうしてこのままでは「いや。でも」の応酬になりそうだと気がついた。
それが彼にもわかったのだろう。
二人は同時に吹きだした。佐奈はこの雰囲気が心地よくて大好きだ。
「では、行きましょうか滝川さん!」
いつもなら、「ああ」と優しい笑顔で答えてくれる彼。
その笑顔も大好き佐奈は、与えられる幸福を期待していた。
だけど、今日は。
「……ん」
横に引き結ばれた口元。伏せた目線。
頷き一つで、駐車場に向かって歩き出す滝川さん。
あれ、と、佐奈は思う。
どうしたのだろうか。
気になるも、返事がいつもと違うだけと言われれば、ただそれだけ。
――疲れてるのかな?
コラボ企画も大詰めだし。
佐奈は少しの引っ掛かりを覚えつつ、彼の車に乗り込んだ。
◇◆◇
高山田書店は県内の書店である。
高峰文具のビルから七駅程離れた界隈を中心に五店舗、残りは県内に二店舗。規模は小さく、新刊と店舗のカラーを出した定番書籍、あとは書店員おススメ文具コーナーで店が構成されている。そして今回はこのおススメ文具コーナーの一角に、コラボ企画の商品を置くことになるのだ。
佐奈は先入観をなくすため、敢えてお店に足を運ぶのを避けていた。
それは広くアイデアを募集との事だったからこその判断だったが、土壇場になって、やはり見ておこうという気持ちに傾いた。一通り考え切ったという思いもあるし、完成図から逆算するのも良いと考えたからだ。
三軒ほど店を周り、佐奈はノートに目を落とした。
文具コーナーは以前訪れたときと比べて、八割方変わっている。
以前といっても店舗によってはつい一カ月前のお店もあったというのに。
回転の速さ、いつ来ても新しい出会い。
これは高山田さんの強み。店を小規模に抑えているからこそ、隅々まで商品に気を配れるのだろう。
「定番品に胡坐をかいていると、置いてもらえなくなりそうですね」
「それが高山田さんのアグレッシブなところ」
次々に品を変える商法はお客さんをふるい落とす事もあるだろう。
その辺は高山田さんも十分承知しているので、お取り寄せサービスが充実している。
お客さんが「三か月前に置いてあった」など抽象的な言い方をしても対応できるように、時系列で記録を取っているところはさすがとしか言いようがない。
店頭の鮮度を保つ事によってお客さんの心をくすぐり、定番品を求める方へのケアも大切にする。
たしかにネットは便利で早い。実店舗は逆境に立たされている。
しかし、今までの慣習を捨て、変化を続けることで、目の前にあるという利点を最大限生かし、高山田さんは戦っている。書籍、文具に精通した案内係を置き、対人対応に力を入れているのも大きいのだろう。お店には老若男女が集い、賑わっている。
佐奈は助手席で、んーと伸びをする。
何かを掴みかけている。その感触が楽しい。
密集している残り二軒を訪ね、少し遠方にあるお店を回った頃にはもう日も暮れていた。
明日も仕事である二人はこのまま解散を決めた。
「今日はありがとうございました!」
「いや。俺も参考になった」
本当は食事でもしながら、ゆっくりお話したい。
そんな本音を心にしまい、佐奈はペコリとお辞儀をした。
滝川さんも何かの手ごたえを感じたのか、表情が明るくなっている。
よかった。
佐奈は安心して、カバンからお礼の品を取りだした。
「これ、おススメのクッキーです。よかったら食べてください」
甘い物もいけると聞いていたので、佐奈は迷わずお礼の品にお菓子を選んだ。
企画も大詰めで、疲れがたまる今、甘い物をと思ったからだった。
可愛いパッケージは見ているだけで癒される。
加えて佐奈は自分の好きなぴよ太のシールを貼って、感謝を示した。
ぴよ太は佐奈の代わりに「ありがとう。がんばろう!」とふわふわな冠羽を揺らして、応援してくれている。差し出した自分がすでに癒された。
――この流れに、どこか変なところはあっただろうか?
すぐ反応がありそうなものなのに、滝川さんは何も言わない。
佐奈もその間の意味が分からなくて戸惑った。
「滝川、さん?」
呼びかけて、彼は寂しそうに口角を上げた。
その様子はいつもと違っていて。佐奈は改めて彼の異変に気がつく。
「滝川――」
「ちっとも帝司って呼んでくれないんだな」
「え?」
「結構前に言ったと思うけど、忘れちゃった?」
「いえ、忘れてませんけど……」
責められているような口調。初めてだった。
「じゃあ、呼んで?」
「い、いや、だって、慣れないし、年上だし……」
「社内のみんなは良いのに?」
「うぅ……それとこれは、別じゃないですか?」
「そうかな? ……ただ、呼びたくないだけとか」
言って、滝川さんはフイと横を見た。
佐奈は言葉に詰まった。
らしくない、というのが第一印象。
自分が、何かしてしまったのだろうか。
佐奈は記憶を辿ってみるも、何も思いつかなかった。唯一気になったのは、今日会ってすぐの反応だけれど、お店をまわっている時には気にならなかった。ではその前は?
日曜日。山登りだったその日は最後まで異変なんて感じなかった。見逃しているだけなのか。再度思い出してみても、やはり思い当たることはない。
では、自分とは関係ないところで?
そんなはずはない。
もし、そういう事があったとしても、滝川さんは無関係の人間にこんな態度はとらないと言い切れる。だったらやっぱり、無関係ではないんだ。
重苦しい空気。無為に過ぎていく時間。
佐奈は決めた。
「――わたし、何かしましたか?」
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