17 / 23
17.酔った乙女の本音
しおりを挟む「あれわぁーぜったい、こうたが悪いと思うんだけどぉ!!」
「理衣沙、飲みすぎ」
「こぉんな扱いで、飲まずにいられますかってぇの!!」
歩美達と別れて、一時間弱。
佐奈が理衣沙の家に到着すると、すでに彼女は出来上がっていた。
おしゃれな部屋に似つかわしくない酔っ払いが、飲みかけの缶チューハイを上からつまみ、頬杖をついている。ふりふりと、中身を確認するように左右に振って、グイッと一飲み。ふてぶてしく頬を膨らませて、「そぉおもわなーい?」と、佐奈に絡んでくる。
帰宅して、すぐ飲み始めたのだろう。
服は仕事の時と同じままで、いつもは綺麗に片付いているテーブルには缶チューハイの空き缶が三本。元々強くない彼女が飲むには、もう十分な量だった。
「ほら、こっちの辛々オカキにしよう?」
「わぁ、気が利くぅ! お酒のつまみにピッタリ」
「あとはおにぎりもあるよ!」
「おにぎりなんていらなーい」
「理衣沙、空きっぱらに飲んだら、気持ち悪くなるって」
「大丈夫大丈夫、あははは」
基本笑い上戸な理衣沙だが、ここ一年以上はあまり酔っぱらう事がなかった。
飲み会にいつも浩太がいるから、と佐奈は予想していた。そして、浩太が居ない今、理衣沙はとても酔っている。
「ねえ、佐奈ぁ。こぉーたはー、わたしの事、ほんとーに好きだと思う?」
「見るからにはそうだと思うけど」
「でもー。こぉた、みぃーんなに優しいよー?」
「人によって態度を変えない。それ、いい所だと思うよ?」
「うーん。たしかにー……。でも、ちょっと優しすぎなぁい?」
「どうなんだろう……。比べる人いないからなあ」
「あはは! 佐奈は、しょーじき、だねぇ~」
缶を掴んだまま、理衣沙が抱きついてくる。
ぽすっと胸元に収まった彼女はぐりぐりと頭を押しつけながら、小さな音で鼻をすすった。
ひょっとして、泣いている?
心配になって、佐奈が声をかけようとしたら、「だってーぇ」と、声が上がる。
「……おべんと、私にだけ作ってって、言えばいいのに」
その一言で、理衣沙があのやり取りで傷ついていたのだと知れる。
「どうして、他の子にもいうんだろ」
「……………」
「私、ぜんぜん分かんない」
ギュっとしがみついてくる理衣沙の背中を佐奈はさすってやる。
お弁当の件は、理衣沙の言う通りだと佐奈も思っていた。ただ同時に、浩太に悪気がないことも分かっていた。けれど、部外者であり、適切なアドバイスもあげられない佐奈には、何かをしてあげる事はできなくて。こうやって、話を聞くことしか出来なかった。
しばらくすると理衣沙は佐奈から離れ、歩美の用意したおにぎりを食べ始めた。
追加を取ろうとしたのか、コンビニ袋の中身を覗き込む。そして、笑った。
「これ、用意したの歩美でしょ?」
笑いながら取り出したのは洗面器だった。
「私が酔っぱらって吐く前提だね。さすが歩美。てか、一緒に来ればいいのに」
「声かけられてないからって遠慮するよーな性格じゃないっしょ」と、笑う理衣沙に、歩美があとから来る事を伝えると、彼女は不思議そうな顔をした。
「え? あとから?? どういうこと?」
佐奈が公園までのくだりを伝えると、理衣沙は少し申し訳なさそうな顔をして、「そっか」と、手に持っていた缶を机に置いた。
「さすがとしか言いようがないね」
「そうだね。理衣沙がメールくれなくても、歩美はこっちに来てたと思う」
「はは。頼りになるぅ」
理衣沙は力なく笑いながら、立てた両膝の上に顔を乗せた。表情が見えなくなる。
「理衣沙」
「――ねえ、佐奈。私、思うんだ。浩太には私みたいな怒りっぽい性格の女より、歩美みたいな少々のことで動じない子の方がいいんじゃないかって」
理衣沙は続ける。
「だってさ、今日の事でもわかるように、他の人から見たら、私の浩太への扱いって、ひどいって思われてるわけじゃん? でも私、色んな子にいい顔する浩太のこと、笑って見てられないよ。自分に対してと、他の子に対しての違いなんて分かんないし」
理衣沙の言葉には佐奈も思うところがあった。
佐奈にも滝川さんが何故自分に声をかけてくれるのかが今も分からなかったから。
どう考えても自分は、連れて歩きたい部類の女ではないと認識している。
男の人はこう、守ってあげたいような可愛い子が好きだ。それは、理衣沙や歩美みたいな小柄で可愛い子達。かたや佐奈は「お前と話すと首痛いよ」と笑いながら言われた事すらあった。仲の良かった、初恋の男の子にだ。
だから、佐奈もその答えは分からない。
よく声をかけてもらえるからといって、それが異性に対する好意からきているのか、単なる仲間としてなのか。
人として、嫌われていない事だけは分かる。でもそれは、佐奈が知りたい事でも、ましてや理衣沙が知りたい事でもなかった。
理衣沙が横を向き、こちらを見つめる。
何も言えない佐奈に、彼女は目をこすってから寂しそうに笑った。
「――私はどうしたらいいんだろう?」
その後、歩美も合流したけれど、理衣沙は陽気な酔っ払いのままで、佐奈に話したような事は一切口にしなかった。そのかわり、歩美がする浩太の廃人話を聞きながら、少しホッとした様な顔をして、「しゃーない。佐奈と歩美に免じて仲直りしよう!」と、笑った。
次の日、沈んだ浩太に理衣沙が声をかけて、一応ひと段落。
本当の意味で解決したとは言い切れないけれど、今は仕事が大詰めである事を承知している二人は、いつものように振る舞っていた。
多分、この微妙な変化に気がついているのは自分と歩美だけではないかと思う。
歩美に至っては、佐奈と理衣沙の話を聞いていたわけではないのに、理衣沙の態度が少しおかしい事を察していた。そして同時に、それは自分が口出しをする話でない事も分かっていて、「なかなかうまくいかないね」なんて、珍しく気落ちしているようだった。
「……歩美、今度ご飯いこ」
「うん? 佐奈からお誘いとはめずらしい。相談かい?」
折角小さな声で言ったのに、歩美は普通の声で返してきた。
「え、佐奈。何か悩みあるの??」
「おー、それなら俺も相談乗るよ」
で、何の相談? と、興味津津の理衣沙に、「相談じゃないって!」と、佐奈は言う。
「ただご飯誘っただけだよ?」
「ひょっとして、企画の打ち上げご飯とか?」
「あーそれいいね!!」
結局歩美にはうまくはぐらかされてしまい、四人でのご飯になってしまった。
「じゃ、プレゼンで一番いい成績をおさめた人は三人からのおごりって事で!!」
「折角だから美味しいとこにしようよ!」
「いいねー!! じゃ、隣駅に新しく出来た割烹とかは?」
「お酒もお料理もおいしそう!! 賛成!!」
盛り上がる歩美と理衣沙。
その横で浩太はちょっと青ざめている。
「うわー……これ、本格的に負けられないやつじゃん」
「なぁに浩太。強気で攻めるんじゃなかったの?」
以前の言葉を引っ張り出して、少し意地悪そうに理衣沙が言えば、浩太はぐっと押し黙り、ゴクリと喉を鳴らした。瞳が、いつもと違う色に変わる。
「……攻めるよ。色々と……」
「? ま、私も負けないけど」
いつになく真剣な顔つきの浩太ときょとんとする理衣沙。
佐奈は、これは、ひょっとして、と思う。そうして、隣の歩美に目配せをすると、彼女もニヤリと笑っている。お互い浩太の変化を感じ取ったようだ。
二人の友人として佐奈と歩美が願うのは、二人の幸せ。
本気になった浩太が、理衣沙を落とすまで。
わたしたち二人は温かく見守ろうと、こっそり握手をした。
0
お気に入りに追加
45
あなたにおすすめの小説
【完結】殿下、自由にさせていただきます。
なか
恋愛
「出て行ってくれリルレット。王宮に君が住む必要はなくなった」
その言葉と同時に私の五年間に及ぶ初恋は終わりを告げた。
アルフレッド殿下の妃候補として選ばれ、心の底から喜んでいた私はもういない。
髪を綺麗だと言ってくれた口からは、私を貶める言葉しか出てこない。
見惚れてしまう程の笑みは、もう見せてもくれない。
私………貴方に嫌われた理由が分からないよ。
初夜を私一人だけにしたあの日から、貴方はどうして変わってしまったの?
恋心は砕かれた私は死さえ考えたが、過去に見知らぬ男性から渡された本をきっかけに騎士を目指す。
しかし、正騎士団は女人禁制。
故に私は男性と性別を偽って生きていく事を決めたのに……。
晴れて騎士となった私を待っていたのは、全てを見抜いて笑う副団長であった。
身分を明かせない私は、全てを知っている彼と秘密の恋をする事になる。
そして、騎士として王宮内で起きた変死事件やアルフレッドの奇行に大きく関わり、やがて王宮に蔓延る謎と対峙する。
これは、私の初恋が終わり。
僕として新たな人生を歩みだした話。
思い出さなければ良かったのに
田沢みん
恋愛
「お前の29歳の誕生日には絶対に帰って来るから」そう言い残して3年後、彼は私の誕生日に帰って来た。
大事なことを忘れたまま。
*本編完結済。不定期で番外編を更新中です。
【完結】俺様御曹司の隠された溺愛野望 〜花嫁は蜜愛から逃れられない〜
雪井しい
恋愛
「こはる、俺の妻になれ」その日、大女優を母に持つ2世女優の花宮こはるは自分の所属していた劇団の解散に絶望していた。そんなこはるに救いの手を差し伸べたのは年上の幼馴染で大企業の御曹司、月ノ島玲二だった。けれど代わりに妻になることを強要してきて──。花嫁となったこはるに対し、俺様な玲二は独占欲を露わにし始める。
【幼馴染の俺様御曹司×大物女優を母に持つ2世女優】
☆☆☆ベリーズカフェで日間4位いただきました☆☆☆
※ベリーズカフェでも掲載中
※推敲、校正前のものです。ご注意下さい
元カノと復縁する方法
なとみ
恋愛
「別れよっか」
同棲して1年ちょっとの榛名旭(はるな あさひ)に、ある日別れを告げられた無自覚男の瀬戸口颯(せとぐち そう)。
会社の同僚でもある二人の付き合いは、突然終わりを迎える。
自分の気持ちを振り返りながら、復縁に向けて頑張るお話。
表紙はまるぶち銀河様からの頂き物です。素敵です!
社長室の蜜月
ゆる
恋愛
内容紹介:
若き社長・西園寺蓮の秘書に抜擢された相沢結衣は、突然の異動に戸惑いながらも、彼の完璧主義に応えるため懸命に働く日々を送る。冷徹で近寄りがたい蓮のもとで奮闘する中、結衣は彼の意外な一面や、秘められた孤独を知り、次第に特別な絆を築いていく。
一方で、同期の嫉妬や社内の噂、さらには会社を揺るがす陰謀に巻き込まれる結衣。それでも、蓮との信頼関係を深めながら、二人は困難を乗り越えようとする。
仕事のパートナーから始まる二人の関係は、やがて揺るぎない愛情へと発展していく――。オフィスラブならではの緊張感と温かさ、そして心揺さぶるロマンティックな展開が詰まった、大人の純愛ストーリー。
【完結】捨ててください
仲 奈華 (nakanaka)
恋愛
ずっと貴方の側にいた。
でも、あの人と再会してから貴方は私ではなく、あの人を見つめるようになった。
分かっている。
貴方は私の事を愛していない。
私は貴方の側にいるだけで良かったのに。
貴方が、あの人の側へ行きたいと悩んでいる事が私に伝わってくる。
もういいの。
ありがとう貴方。
もう私の事は、、、
捨ててください。
続編投稿しました。
初回完結6月25日
第2回目完結7月18日
ことりの上手ななかせかた
森原すみれ@薬膳おおかみ①②③刊行
恋愛
堀井小鳥は、気弱で男の人が苦手なちびっ子OL。
しかし、ひょんなことから社内の「女神」と名高い沙羅慧人(しかし男)と顔見知りになってしまう。
それだけでも恐れ多いのに、あろうことか沙羅は小鳥を気に入ってしまったみたいで――!?
「女神様といち庶民の私に、一体何が起こるっていうんですか……!」
「ずっと聴いていたいんです。小鳥さんの歌声を」
小動物系OL×爽やか美青年のじれじれ甘いオフィスラブ。
※エブリスタ、小説家になろうに同作掲載しております
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる