一階からスタート!

大鳥 俊

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17.酔った乙女の本音

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「あれわぁーぜったい、こうたが悪いと思うんだけどぉ!!」
「理衣沙、飲みすぎ」
「こぉんな扱いで、飲まずにいられますかってぇの!!」

 歩美達と別れて、一時間弱。
 佐奈が理衣沙の家に到着すると、すでに彼女は出来上がっていた。

 おしゃれな部屋に似つかわしくない酔っ払いが、飲みかけの缶チューハイを上からつまみ、頬杖をついている。ふりふりと、中身を確認するように左右に振って、グイッと一飲み。ふてぶてしく頬を膨らませて、「そぉおもわなーい?」と、佐奈に絡んでくる。

 帰宅して、すぐ飲み始めたのだろう。
 服は仕事の時と同じままで、いつもは綺麗に片付いているテーブルには缶チューハイの空き缶が三本。元々強くない彼女が飲むには、もう十分な量だった。

「ほら、こっちの辛々からからオカキにしよう?」
「わぁ、気が利くぅ! お酒のつまみにピッタリ」
「あとはおにぎりもあるよ!」
「おにぎりなんていらなーい」
「理衣沙、きっぱらに飲んだら、気持ち悪くなるって」
「大丈夫大丈夫、あははは」

 基本笑い上戸な理衣沙だが、ここ一年以上はあまり酔っぱらう事がなかった。
 飲み会にいつも浩太がいるから、と佐奈は予想していた。そして、浩太が居ない今、理衣沙はとても酔っている。

「ねえ、佐奈ぁ。こぉーたはー、わたしの事、ほんとーに好きだと思う?」
「見るからにはそうだと思うけど」
「でもー。こぉた、みぃーんなに優しいよー?」
「人によって態度を変えない。それ、いい所だと思うよ?」
「うーん。たしかにー……。でも、ちょっと優しすぎなぁい?」
「どうなんだろう……。比べる人いないからなあ」
「あはは! 佐奈は、しょーじき、だねぇ~」

 缶を掴んだまま、理衣沙が抱きついてくる。
 ぽすっと胸元に収まった彼女はぐりぐりと頭を押しつけながら、小さな音で鼻をすすった。

 ひょっとして、泣いている?

 心配になって、佐奈が声をかけようとしたら、「だってーぇ」と、声が上がる。

「……おべんと、私にだけ作ってって、言えばいいのに」

 その一言で、理衣沙があのやり取りで傷ついていたのだと知れる。

「どうして、他の子にもいうんだろ」
「……………」
「私、ぜんぜん分かんない」

 ギュっとしがみついてくる理衣沙の背中を佐奈はさすってやる。
 お弁当の件は、理衣沙の言う通りだと佐奈も思っていた。ただ同時に、浩太に悪気がないことも分かっていた。けれど、部外者であり、適切なアドバイスもあげられない佐奈には、何かをしてあげる事はできなくて。こうやって、話を聞くことしか出来なかった。

 しばらくすると理衣沙は佐奈から離れ、歩美の用意したおにぎりを食べ始めた。
 追加を取ろうとしたのか、コンビニ袋の中身を覗き込む。そして、笑った。

「これ、用意したの歩美でしょ?」

 笑いながら取り出したのは洗面器だった。

「私が酔っぱらって吐く前提だね。さすが歩美。てか、一緒に来ればいいのに」

 「声かけられてないからって遠慮するよーな性格じゃないっしょ」と、笑う理衣沙に、歩美があとから来る事を伝えると、彼女は不思議そうな顔をした。

「え? あとから?? どういうこと?」

 佐奈が公園までのくだりを伝えると、理衣沙は少し申し訳なさそうな顔をして、「そっか」と、手に持っていた缶を机に置いた。

「さすがとしか言いようがないね」
「そうだね。理衣沙がメールくれなくても、歩美はこっちに来てたと思う」
「はは。頼りになるぅ」

 理衣沙は力なく笑いながら、立てた両膝の上に顔を乗せた。表情が見えなくなる。

「理衣沙」
「――ねえ、佐奈。私、思うんだ。浩太には私みたいな怒りっぽい性格の女より、歩美みたいな少々のことで動じない子の方がいいんじゃないかって」

 理衣沙は続ける。

「だってさ、今日の事でもわかるように、他の人から見たら、私の浩太への扱いって、ひどいって思われてるわけじゃん? でも私、色んな子にいい顔する浩太のこと、笑って見てられないよ。自分に対してと、他の子に対しての違いなんて分かんないし」

 理衣沙の言葉には佐奈も思うところがあった。
 佐奈にも滝川さんが何故自分に声をかけてくれるのかが今も分からなかったから。

 どう考えても自分は、連れて歩きたい部類の女ではないと認識している。
 男の人はこう、守ってあげたいような可愛い子が好きだ。それは、理衣沙や歩美みたいな小柄で可愛い子達。かたや佐奈は「お前と話すと首痛いよ」と笑いながら言われた事すらあった。仲の良かった、初恋の男の子にだ。

 だから、佐奈もその答えは分からない。
 よく声をかけてもらえるからといって、それが異性に対する好意からきているのか、単なる仲間としてなのか。
 人として、嫌われていない事だけは分かる。でもそれは、佐奈が知りたい事でも、ましてや理衣沙が知りたい事でもなかった。

 理衣沙が横を向き、こちらを見つめる。
 何も言えない佐奈に、彼女は目をこすってから寂しそうに笑った。

「――私はどうしたらいいんだろう?」


 その後、歩美も合流したけれど、理衣沙は陽気な酔っ払いのままで、佐奈に話したような事は一切口にしなかった。そのかわり、歩美がする浩太の廃人話を聞きながら、少しホッとした様な顔をして、「しゃーない。佐奈と歩美に免じて仲直りしよう!」と、笑った。

 次の日、沈んだ浩太に理衣沙が声をかけて、一応ひと段落。
 本当の意味で解決したとは言い切れないけれど、今は仕事が大詰めである事を承知している二人は、いつものように振る舞っていた。

 多分、この微妙な変化に気がついているのは自分と歩美だけではないかと思う。
 歩美に至っては、佐奈と理衣沙の話を聞いていたわけではないのに、理衣沙の態度が少しおかしい事を察していた。そして同時に、それは自分が口出しをする話でない事も分かっていて、「なかなかうまくいかないね」なんて、珍しく気落ちしているようだった。

「……歩美、今度ご飯いこ」
「うん? 佐奈からお誘いとはめずらしい。相談かい?」

 折角小さな声で言ったのに、歩美は普通の声で返してきた。

「え、佐奈。何か悩みあるの??」
「おー、それなら俺も相談乗るよ」

 で、何の相談? と、興味津津の理衣沙に、「相談じゃないって!」と、佐奈は言う。

「ただご飯誘っただけだよ?」
「ひょっとして、企画の打ち上げご飯とか?」
「あーそれいいね!!」

 結局歩美にはうまくはぐらかされてしまい、四人でのご飯になってしまった。

「じゃ、プレゼンで一番いい成績をおさめた人は三人からのおごりって事で!!」
「折角だから美味しいとこにしようよ!」
「いいねー!! じゃ、隣駅に新しく出来た割烹かっぽうとかは?」
「お酒もお料理もおいしそう!! 賛成!!」

 盛り上がる歩美と理衣沙。
 その横で浩太はちょっと青ざめている。

「うわー……これ、本格的に負けられないやつじゃん」
「なぁに浩太。強気で攻めるんじゃなかったの?」

 以前の言葉を引っ張り出して、少し意地悪そうに理衣沙が言えば、浩太はぐっと押し黙り、ゴクリと喉を鳴らした。瞳が、いつもと違う色に変わる。

「……攻めるよ。色々と……」
「? ま、私も負けないけど」

 いつになく真剣な顔つきの浩太ときょとんとする理衣沙。
 佐奈は、これは、ひょっとして、と思う。そうして、隣の歩美に目配せをすると、彼女もニヤリと笑っている。お互い浩太の変化を感じ取ったようだ。

 二人の友人として佐奈と歩美が願うのは、二人の幸せ。

 本気になった浩太が、理衣沙を落とすまで。
 わたしたち二人は温かく見守ろうと、こっそり握手をした。



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