一階からスタート!

大鳥 俊

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14.字面と現実

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 火曜日の帰り道。
 やっぱり一緒になった滝川さんと話をしていると、コラボの話題になった。
 「うちも、みんな悩んでるところ」と教えてくれた彼に、「こっちは同期組で作戦会議しましたよ」と話す。メンバーも伝えれば、ああなるほどという顔になった。

「仲いいなとは思ってたけど、やっぱ同期組か」
「滝川さんとこはどうですか?」
「うち? そうだなあ……俺が一番新人で、次は山下さんだから……五年? ちょっと同期組にはならないかな」
「そうなんですね。うちは丁度寿退社で複数人立て続けに空きが出来て、って聞いてます」
「こっちは割合、男の方が多いから空きが出ないらしい。俺が入社したのも、すぐ上の先輩が恋人の転勤について行くからって話で、急に空きができたそうだから」

 「確か海外って言ってたなぁ」と、滝川さん。

 へぇー……海外に転勤!
 なんかちょっと、別世界な感じだと言えば、「そおか? まあ、人によりけりだが、苦労はするみたいだぞ」と、渋い顔。

「でしょうね。字面では憧れますけど、実際はいいです」

 やっぱり、住むのと旅行とではわけが違う。
 自分の性格上、よほど勇気がでなければ、行く事はないだろう。
 ……まあその前に、恋人もいないけれど。


 それからしばらく取り留めのない話が続く。
 旅行ならどこへ行きたいとか、話題の食べ物を食べてみたいとか。景色のいい所を見てみたいと言えば、それなら秘境が間違いないとか。「いやいや、秘境は無理です」「何で?」と聞かれれば、佐奈は苦笑いを浮かべて「最近体力不足で」と、情けない話をする羽目になる。

 出勤する時の階段すら恨めしいのに、秘境へ続く道のりを超えられるとは考えにくい。
 むしろ、そんな状態で超えられるならそこは秘境ではなくただの観光地だ。

「じゃあ、今週末サイクリングでもする?」
「たしかに自転車はいいですね」

 体力作りの提案だろう。
 そう思って返すと、「時期としてはちょっと暑いかな。もう一ヵ月半ぐらい前の方が気分よく走れただろうに」と滝川さん。
 そうですねと頷けば「……となると、次は秋か。湖の周りを走るのも、結構良いと思うんだけど」と続く。

 たしかに。
 ジムでひたすらペダルを漕ぐより、景色が変わる方がモチベーションも上がりそう。
 佐奈は「いいですね」と笑う。ただの世間話だと思っていたのだ。――だけど。

「じゃ、秋の日も予約って事で」

 そこで、目が点になった。

 あれ?
 これって、現実の話??
 
 困惑する佐奈を他所に、滝川さんは「それじゃあ、秋に向けて体力作り。今週末は山にでも登ろう」と言い出した。山!!

「あ、あの!」
「ん? 週末、先約ある?」
「いや、ないですけど!」
「じゃあ、行かない? 山?」
「えーと、山は体力的に無理というか……」
「大丈夫。低い山にするし、ハイキングだと思えば」
「でも、山、ですよ?」
「小学生が登るコースもあるし、ロープウェーもある。頂上には団子屋もあって、これが隠れた名店なんだよ。茶もうまいし」

 景色も良いと思うんだけどなあ……と、滝川さん。

 楽しそう。
 思い出す様に語る彼を見ていると、そう思ってしまって。佐奈は二人で山を登る姿を想像する。

 広く作られた山の階段。ウッドチップが敷かれていて、足元はフカフカで。生い茂る木の下は涼しく、澄んだ空気と、心地よい風。そして、頂上に着いた時の達成感とご褒美――。

「……どう? 行く気になった?」
 思いふける佐奈を覗き込むようにして、滝川さんが言う。

「なりました」
「よし。決まり!」

 指をパチンと鳴らした彼はご機嫌で、佐奈も心がほんわか温かくなる。

「週末、楽しみにしてる。ちなみに明日明後日は出張だから、詳しくは金曜に――」

 続く言葉に頷いて。出張という言葉に対して、「いってらっしゃい、です」とニッコリ笑って見送った。

 すると滝川さんは何故かぼんやりして。それが不思議で首を傾げれば、彼はハッとしたように口元を手で隠して視線を泳がせる。

「?? どうしましたか?」
「いや……なんでもない」

 何でもないという感じがしないのだけれど。
 頭に疑問符を浮かべつつも、そう滝川さんが言う以上、追及できなくて。

 「やっぱり素なんだな」なんてつぶやく彼の言葉に、ますます謎は深まるばかり。
 そうこうしているうちに駅に着いて、時間切れ。あっという間の雑談時間。なんだか最近、駅までの道のりが短くなったような気がする。……本当は、もう少しお話していたいのに。

 名残惜しい気持ちを隠して、では、とペコリと頭を下げる。
 気持ち、会釈が長くなるのはやっぱりもう少しお話したいから。それでも、長く頭を下げているのはおかしいので、佐奈はもう一度ニコリと笑って彼に背を向ける。――すると。

 立ち去ろうとする自分を、彼は呼びとめた。

「……て……す」

 小さな声はアナウンスにかき消されてしまって。
 佐奈が聞きなおそうとする前に、意識がその内容にさらわれる。どうやら来たのは滝川さん方面の電車らしい。これは引きとめてはいけない。

「あ、乗って下さいね! 次まで長いですし!」
「あ、ああ。でも」
「続きは金曜日に!」

 早く早くと急かせば、滝川さんが後ろ髪惹かれるようにして、ホームへと向かう。
 ……へんなの。もう少しお話したいと思っていたのはわたしのほうなのに。

 あ、でも、もしかして、滝川さんもそう思ってくれたのかな。
 そうだったら嬉しいな。

 佐奈はご機嫌で自身のホームへと向かう。


 ――会えなかった二日間は少し物足りなくて。
 早く週末になればいいのにと、思わずにはいられなかった。


◇◆◇


 そうしてやってきた週末――。

 結論から言うと山はやっぱり山だった。
 ハイキングコース? 小学生が登れる山? いやいや。すでに体力の落ち始めた(!!)二十三歳にはまごうことなき、山。低かろうと、高かろうと、山は山。

 コースとしては五種類あって、それぞれ『景色を堪能、お散歩コース』とか名前がついているのだけど、簡単に分けると、『小学生』『一般』『少し腕に覚えあり』『登山(初心者お断り)』そして『ロープウェー』だ。

 一応体力作りが目的なので、『ロープウェー』は除外。
 手始めに『小学生』コースに行こうかと思ったら、ちょうど前を歩いていた家族連れがそちらへと向かった。人数は四人。大人二人と子供二人。ただし、子供はまだ小学生に見えないほど小柄な兄妹だった。……一気にそちらへ行きづらくなった。

 こちらは一応大人二人である。
 元気に歩いてゆく兄妹の軽い足取りを見て、佐奈は見栄を張った。

「『一般』コースにしましょう」
「OK」

 最初はよかった。
 ウッドチップを踏みしめる感覚を楽しみながら、自然を満喫。聞こえる鳥の声。辺りを見回してその姿を見つけられたら嬉しいし、たとえ見つけられなくてもどんな鳥なのだろうと思いを馳せれば、それも楽しかった。滝川さんは野鳥の本を持っているらしい。それも鳴き声CD付き。

 なるほど。ここで聞いた声を覚えて本を捲れば、帰ってからも楽しめる。
 そんな風に景色を見ながら進めば、幅の広い階段を登っている事すら忘れていた。

 だが十五分も歩けば、さすがに足も重くなってくる。
 重くなって気が付くのは、今までずっと登っているという事。しかも階段を。直面した事実に、佐奈の体力は一気に失われた。やっぱり平地が一番だ。

 頬を上気させ、軽く息の上がった状態で滝川さんの後を追う。
 彼はこちらの足取りを確認しながら立ち止まったり、歩調を緩めたりしてくれている。会話は必要最低限。しゃべると疲れるので、ありがたい。

 佐奈は額の汗を拭った。
 木々のおかげで直射日光は遮られているが、やはり暑い。

「水分補給しようか」
「そうですね」

 汗をだらだらかくのは嫌だが、熱中症の方が怖い。
 二人はお茶を飲んで、ホッと息をついた。滝川さんがすぐに飲み物をカバンに放り込む。

「――さあ、行こうか」
「え。もうですか?」
「あんまり休むと、動きたくなくなるよ?」
「たしかに」

 納得しつつも、現実を見てげっそりする佐奈を彼は笑う。

「もう半分は超えているから、あと少しだよ」
「は、半分!? あと半分もあるんですか!?」
「うんん。もう、半分しか・・ないよ?」
「言い回し変えても距離は同じ!」
「あはは。気の持ちようだって」

 あくまでも「すぐだよ、あっという間だよ」という滝川さん。ポジティブすぎる。

 佐奈は見習うべく頭を捻り、一拍の後、ポンと手を打つ。
 これは暑い時に「暑い暑い」というと、余計暑く感じるって話と同じ案件なのだろう。うん、きっとそう。
 自らを納得させ「そうですね、すぐです! す・ぐ!!」と言いながら佐奈も歩き始める。途中、声を出すと疲れる事を思い出し、心の中だけですぐすぐ言っていた。それはいつの間にか歌となり、既存のメロディーに即興で歌詞を乗せて、脳内で歌い出す。

 すぐ、すぐ、すぐ~ あっという間だよ♪

 タイトルは「すぐの歌」。捻りなし。



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