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7.素でイケメン
しおりを挟む棚上の、長身女子との再会は突然だった。
十階資料室。それは奇しくも彼女に初めて会った場所と同じだった。
「あぶない!!」
突然の掛け声に振り返り、自分の上に影が差した。同時にガサガサっと物音がして、帝司は茫然とした。
自分の頭上に女の子が覆いかぶさっている。
棚に両手を突っ張って、頭を下げて。
表情は真剣そのもので、でも、これは――。
こつんと、軽い音が響く。
そのまま床を転がったのは、ごくごく軽いプラスチックの入れ物。
そこで帝司は初めて状況を悟った。どうやら棚上から物が落ちてきたようだ。
「だ、大丈夫ですか!?」
「あ、ああ」
返事をすれば、真剣な顔つきが一気に和らいで、可愛い笑顔が現れる。心臓がドキリと鳴った。
これは一体何の御褒美なんだ?
思わず視線をそらす。
しかし「あーよかった」と笑う彼女は、何故か最初と同じ格好のまま。――そう、つまり、棚と自分の間に帝司を閉じ込めたままで、これはいわゆる壁ドンというやつじゃないだろうか?
――だから、逆だろう!!
甘い気持ちも吹っ飛び、帝司はもやもやする。
よく考えれば前回もこんな感じだった。素でイケメンすぎるだろう、この女。
自分が欲しかったものを持っている彼女。
羨ましいを通り越して、なんか悔しさしか湧いてこない。
「あれ、どうしたんですか、滝川さん?」
驚いて、また顔を上げる。
きょとんとした可愛らしい顔が至近距離にあって、慌ててまた下を見る。
この体勢じゃ、話も出来ない!!
帝司はにじにじと横にずれて、イケメンの檻から抜け出した。
心臓がバクバクしている。柄でもない。
気を取り直して、礼を言う。「とりあえず、サンキュ」
「いいえ、どういたしまして」
ニコリと笑う彼女に、帝司は頬を掻いた。また甘酸っぱい気持ちが沸き起こってきて、いい子だな、と素直に思う。
「怪我、ない?」
「はい!」
元気よく返事する彼女に笑みを深める。
「名前、知ってたんだ」
「あ、この間、呼ばれているのをお見かけして」
「ああ、なるほど」
それでも気にしていたから、覚えてくれていたのだろう。
そう思うと、ちょっとニヤける。もう少し話をしたくなった。
「顔見せ会、帰っちゃったんだな」
「ええ、そうなんですよ、ごめんなさい」
「いや、女の子が早く帰るのアリだから」
曖昧に笑った彼女が「ごめんなさい」ともう一度言う。だから、いいのに。
「……ところで、よく気がついたね。棚から物が落ちるとこなんて」
気を利かせて会話を切り替えたつもりだったのに、彼女は目に見えて慌てた。
「え、あ。ぐ、偶然、通りかかって!!」
「ふぅん、そうなんだ?」
「そ、それより、滝川さんはこちらでなにを!?」
「うん? ちょっと入用のファイルを取りに」
この展開になれば、想像は出来たはずなのに。
帝司は思いっきり油断をしていた。
きらりと光った、生き生きとした瞳。
彼女はポンと手を叩き、棚上に手を伸ばした。
「どのファイルがご入り用ですか」
帝司の気分は一気に急降下した。
◇◆◇
またやってしまった……。
佐奈は階段で頭を抱えた。
この間、ファイルの彼が滝川さんというのだと知った。
皆が知っている情報を一週間遅れて知った佐奈は、なんとかして話をしたかった。
だって、早く挽回したかったんだもん。
これが、理由であった。
高山文具がある十階付近をうろつき、様子をうかがった。
滝川さんが出てきて、偶然を装って話をしようと考えたのだ。王道の切り口だ。しかし、フロアに入るほどの用事も勇気もなくて、ただ階段の近くをうろうろする佐奈は、はっきりいって不審者だった。今思えば何故そんな事をしたのだろうと思う。
幸運にも滝川さんがあのファイルの部屋にやってきた。
望んだ瞬間だった。中に入って、声をかけるなら今だと思った、その時。
棚上の荷物がぐらついているのが見えて――気がついたら、ああなっていた。
幸いお互いに怪我もなく、会話も出来た。
ああ、これでマイナスは改善されたかなぁなんて思ったのに……。
あの、眉根を寄せた苦い顔。
短い言葉で、「大丈夫だから」と、ファイルの部屋を後にした滝川さん。
一拍遅れて佐奈は、同じ轍を踏んだ事を理解した。バカだと思う。
決して悪気はない。断じて、百パーセントない。
だけど悪気はなくとも人を傷つける事があるのを佐奈は知っている。知っているのに、そうしてしまう事はとても罪なことだった。
もう、最悪……。
滝川さん、絶対怒った。
あんな優しそうな顔で笑うのに、もう、絶対笑ってくれない。
佐奈は無性に悲しくなって、膝に顔を埋めた。
夢を見た。
ただただ悲しかったのに、誰かが寄り添ってくれる温かい夢。
ごめんなさい、悪気はないの。
悲しい気持ちを吐き出して、素直に伝える。
大丈夫、分かってるよ。
欲しい言葉をくれる、優しい夢。
本当に?
本当だよ。
ふわふわと温かくて優しい気持ち。
自分を甘やかす夢に、内容は無いよう。くだらない洒落まで出てきて、佐奈はおかしくなって笑ってしまう。
――うん。笑っている方が可愛い。
夢なのに、佐奈は照れた。
ありがとう、ごめんなさい――滝川さん。
いいよ。――佐奈。
頭をふわりと撫でられた気がした。
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