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5.お弁当が欲しい
しおりを挟む一晩しっかり寝て、念のため次の日も養生して。
これなら大丈夫と日曜日には料理をした。作り置きおかずだ。来週はお弁当を持って行こう。
夕方に歩美から電話があって調子を尋ねられた。みんな心配してるよって、ありがたい。
金曜日のお詫びと、お礼を言って、佐奈が顔見せ会の様子を尋ねると、歩美は「良い会だったよ」と教えてくれた。行けなくてホントに残念。詳しくは月曜日との事で、佐奈は早めに休む事にした。
ポーン。
エレベーターが音を立てて、ゆっくりと扉を開けた。
月曜日。少し早めに出勤した佐奈は、久しぶりにエレベーターに乗り込んだ。
いつもこれぐらいの時間に来れば乗れるかなぁ。
佐奈はぼんやりと光る数字を眺める。
今日は普段より三十分ほど早い出勤。だけど、朝の三十分って、結構重要。あれもこれも出来ると思い始めたら、やっぱりギリギリになってしまうのが常だった。
「おはようございます!」
「おう、おはよ。調子はどうだ、佐奈」
「おかげ様でもうこの通り! ありがとうございました社長!」
プラス元気で挨拶をして、佐奈は自席に鞄を置き、中身を取り出す。
迷惑をかけたみんなに、ちょっとしたおやつを配っておこうと思ったのだ。
みんなの好みはわかっている。甘い物と辛い物、しょっぱい物をそれぞれに分けて、ありがとうの一言メモ。そのすみっちょにトレードマークであるひよこのシールを貼って完成だ。
「おはよ、佐奈。治った?」
「うん。おかげ様で。ありがとう」
配り終えて席に戻ると、歩美がすでにチョコを食べていた。
「おはよ。早速頂いちゃってる」
「もち、オーケー。仕事もありがとね」
「理衣沙の宣言通り、三人でやったからすぐだったよ」
「あとで、理衣沙と浩太にもお礼言っとく」
言った傍から「あ、佐奈ー! おはよ!!」と、理衣沙の声が聞こえてきて、佐奈は笑顔で振り返った。そうこうしているうちに、いつもの時間になった。さあ、今週もお仕事開始だ。
◇◆◇
お昼になると、外食組とお弁当、中食組に分かれる。
割合としては大体半分ぐらいで、そのメンバーは日によって変わる。
今日の佐奈はお弁当組。日曜日のお料理の成果だ。
「おっ、今日は弁当か。俺の焼きそばパンと交換しよう?」
中食組の浩太がイスだけをすいーっと寄せて来て、なんとなく一緒に食べる感じになる。
「交換しない。久しぶりに作ったし」
「俺も手作り弁当食いたい」
「今日は理衣沙、外食だよ?」
「知ってる。弁当でも、俺には作ってくれないし」
「まあ、作る理由がないよね」
きっぱり、はっきり言ってしまえば、「そーゆーこと言うなよ~」と浩太は大げさにしょげる。
理衣沙と浩太は付き合っていない。
あんなにいちゃいちゃしてるのに? と、はたから思われているかもしれないが、現実はそうだ。
浩太はいい奴だけど、言動が軽い。
今みたいになんとも思ってない佐奈の手作り弁当まで欲しがるほどに軽い。これは、佐奈に対してだけでなく、みんなに対してそうなのだ。
この事実は理衣沙にとって面白くなくて、浩太の分かりやすい好意にも邪険に扱うという構図が出来上がる。
目の覚めるイケメンでなくとも、明るく、優しそうな、(事実、優しい)浩太なら、本来理衣沙のお眼鏡に十分叶うはずなのに、この一点のみで弾かれる。
理衣沙がイケメンイケメン言うのは、自分だけを見てくれない浩太への当てつけでもあった。
「手作り弁当食いたい……特に、リイサちゃんの」
特にはいらない。
理衣沙だけがいいと言えば、百点だよ。
添削しつつ、佐奈は自分のお弁当を一口。うん。上手に出来た。
しばらくすると、中食組が買い出しから戻ってきた。その中には歩美の姿もある。
彼女は席に戻って来て、パンを片手に項垂れる浩太を見下ろした。
「なにしょげてんの浩太。焼きそばパン嫌いならもらってあげようか?」
「じゃあ手作り弁当ください、歩美様」
ばか。それがいけないんだよ。
呆れ顔の佐奈をチラリと見た歩美は、机に置いたビニール袋をガサゴソ。
「あーじゃあ、このおにぎりに、唐揚げの添え物のレモンを貼りつけてあげよう。手作りだぞ?」と言う。平常運転だが、ちょっとヒドイ。
「う、う……そんな手作り、リイサちゃんじゃないと、喜べない」
「理衣沙ならそれでいいんかい」
「リイサちゃんがくれるなら、添え物のパセリでもいい……」
もはや手作りでもなんでもないが、そこは突っ込まないでおく。
浩太はいい奴だ。それは間違いないと、佐奈も歩美も分かっている。わかっているが、お馬鹿なのだ。それも可愛い感じで。
だから、一概に直せとか、アドバイスを入れるのは難しくて、佐奈も歩美も二人のキューピット役にはなれずにいる。
しくしく言いながら焼きそばパンに齧り付く浩太。
がんばれ。と、佐奈は心の中で応援するにとどめた。
しばらくの間、三人は食事に没頭して。ふと思い出したように歩美がこちらを見た。
「そういえば佐奈、顔見せ会の話、聞きたいって言ってたね」
「うん。どんなんだった?」
「まあちょっとしゃべっただけだけど、一緒にやっていくのに不安はなかったよ」
「それ一番重要だね」
「ただ、理衣沙のお眼鏡に叶うイケメンはいなかったみたいだけど」
横で浩太がガッツポーズをしている。
「まあ、それは仕方ないかな」
「だけど、イケメンはいたよ」
「あ、そうなの」
「うん、可愛い系イケメン」
可愛い系イケメンと聞いて、佐奈の頭にはファイルの彼が浮かんだ。
やっぱり、来てたよね。
完全に失われた挽回の機会。
それはたった一回分だけど、次にいつ訪れるか分からない貴重な機会であったことはたしか。
佐奈は自らが招いた事とは言え、勿体ない事をしてしまったと反省する。
「性格も悪くなさそうだし、ありゃ学生時代はもてただろうよ。……まあ、理衣沙のお眼鏡には叶わなかったけど、イケメンという意味では一票入れるかな」
「そうそう。ちょい惜しいイケメン君だったよね~」
狭い室内。話し声は良く通る。
丁度食事を終えたらしい一人がすれ違いざまに会話に加わった。
「佐奈、おやつありがと」
たぶん、こっちが目的だったのだろう。
佐奈が返事をすると、手をひらひらさせながら部屋を出て行ってしまった。
同僚を見送って視線を戻すと、歩美が一瞬言葉に詰まったように見えた。だけどすぐに「まあ、背は低かったかな」とさらりと続ける。彼女の固まった理由がわかった。
『ちょい惜しいイケメン』
そう言って、話題に乗った同僚に、悪気がないとわかっている。
こういう話は世間話で、悪口と取られる事はほとんどないだろう。それでも背が高いから、低いから、という本人にはどうしようもない事で線引きされてしまうのは少し悲しい。それは佐奈にとってもあまり良い思い出がなかったから。
若干しんみりした空気を払うように「あーあ。顔見せ会、行きたかったなあ~」と佐奈は大げさに言った。歩美も便乗してくれて、表情をほころばせる。
「また次があるよ」
「あとは仲良く出来たらいいよね」
「うちみたいな社風が好きか、わかんないけど。あっちの人達がどういう付き合いをしていきたいかによるよね」
「あー。たしかに。やっぱり一緒に行動してみないとわかんないかもね」
「それだけど。今度合同企画をやろうかって、案があるらしいよ」
「え、そうなの?」と佐奈が返せば、今まで気配を消していた浩太は「うん」と、神妙にうなずく。
「その名も、バーベーキュー企画。女の子にはちょっとおかずを持ち寄ってもらって、そしてみんなでわいわいやる!! 親睦も深まって、俺も手作り弁当を味わえて、一石二鳥!! もちろん発案は俺!」
佐奈と歩美は同時に溜息をついた。
素なのか、空気を読んだのかわからない。でも、多分前者。
相変わらずだなあと思いつつも、浩太に救われたのも事実。
佐奈は感謝も含めてエールを送る。「浩太ガンバレ」
「ん? 俺、いつも頑張ってるよ」
とぼけた顔が、また良い味を出している。
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