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第二章:ハンセル帰郷編

9.夢の欠片

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「――すみません、詰所を空けてしまって」

 低姿勢で詰所に入ってきたのは、監視の制服を来たひょろ長い男二人だった。
 エックハルトは書きかけの報告書を畳んで胸に挿し、席を立った。

「こちらこそ、不在中にすまない。伝令を飛ばしたいのだが」

 「はぁ、そうですか」と、緊張感のない返事をした監視は、「失礼ですが、どなた様でしょうか?」と続けた。

 エックハルトは居住まいを正し、二人の監視に視線を向ける。

「失礼。私は元王城騎士五番隊エックハルト=オークウッド。急ぎ、お伝えしたい事ができてな。伝令の用意を頼む」

 監視が目を見開く。
 まさかこんな田舎に、元とはいえ王城騎士がいるとは思わなかったのだろう。
 彼らは、「……五番?」「アルバティス様の?」と、動揺を隠せないでいた。

「頼めるか?」
「はっ!! すぐにご用意いたします!!」


 ――三分後。
 おかげで報告書は、すでに空の上だった。

 こんな時、アルバティスの存在の大きさを思い知る。
 エックハルト自体は大したことが無いのに、五番隊アルバティスの名前は、色んな意味で地方にも知れ渡っている。ハッタリには都合がいい。

「あの、オークウッド卿。こちらの小箱はなんでしょう?」
「ああ、それは紛れ物だ。二日前の木の日に男爵家の荷物に混じっていたそうだ。諸事情で荷を下ろさず検品したため、今日まで気がつかなかったそうだ」

 中身には一切触れず、さらりと伝える。
 すると監視の一人は、ホッとしたように眉尻を下げた。

「ああ。そうなんですね。丁度二日前の昼ごろに、こういう感じの遺失物届けが出てたんですよ」
「そうか。それは見つかって良かったな」
「とても大事なものだったそうなので、喜ぶと思います」

 何も知らない監視は「連絡してきます」と席を外した。
 もう一人残っていた監視も、また巡回からの応援要請があり、申し訳なさそうにしながら出かけていった。

 監視が二人共いなくなったところで、エックハルトはメモを見返そうと広げる。
 すると、数分もしないうちに、一人の男が詰所にやってきた。不安げに帽子を両手で握りしめた、気弱そうな男だった。

「あの、遺失物届けを出したものですが。届いてますか?」

 入り口の柱を参考に背を目算する。
 ――テントの柱、三本目のテープ。かなり近い。

 だが、それだけではあの小箱の持ち主かどうかはまだ判断がつかない。
 エックハルトは留守番を装って「どんなものか、教えてもらえますか」と聞いてみた。

 男が「赤い組み紐のついた小箱なんですけど」と言う。ビンゴ!

「ああそれなら、先程届けがありましたよ」
「ホントですか!? よかった!! 先日盗まれてしまって、もうだめかと思っていたんですよ!! いやぁ~本当に助かりました!! 大切なものなので!!」

 エックハルトは笑みを深める。

「それはよかったですね」

 ――この男は黒だ。
 騎士としての勘と、この下手な演技が証拠。

 戻らないゴロツキに襲撃が失敗したと知って、自分も被害者を装う事にしたのだろう。

 すぐに戻れば失くし物。襲撃が成功すれば、そのまま運ぶ事を続け、失敗しても盗難の被害者だと申し出れば、小箱は自分の元へと帰ってくる。どの道を辿たどろうとも、この男にとっては小箱が手に戻る結果だ。……まあ、組み紐を切り取るという、暴挙に出ている人物にしては、よく考えたほうなのかもしれない。
 ただ残念な事に、こうして取りに来た・・・・・・・・・ということは、中身が違法物である事を知らないようだ。

 エックハルトは笑みを浮かべたまま、「では、あなたが持ち主であると証明出来るものはありますか?」と尋ねる。ここで組み紐の一部が出てくれば、それでチェックメイトだ。

 案の定、男は「もちろんあります!」と、肩掛けカバンの中に手を突っ込んで、ガサゴソと探し始める。
 大切な物の証明を無造作に入れるとは、扱いが雑すぎる。どう考えても、仕事を任せるには適さない、末端の、さらに末端の運び屋なのだろう。時々「あれ?」と言い出すからこちらまで心配になってくる。

「ありましたか?」
「えーっと、少し待って下さいね」

 そうこうしているうちに、監視の一人が戻ってきてしまった。

「すみません!! オークウッド卿! 王城騎士様に留守番などさせて!」

 ばかやろう!
 余計な事を!!

 そう思った瞬間には、男が脱兎だっとごとく逃げ出していた。
 エックハルトはイスを蹴ってその後に続く。「小箱を死守しろ!!」と監視に指示を出すのを忘れない。

 男は通りを抜けて、賑わう市場の中に紛れこむ。
 分が悪いと思えばすぐに逃げ出すその判断力は、決して悪くはない。

 ――しかも、足が速い!

 まさか、こんなに人が多いところで何にもぶつからないとは恐れ入る。
 なんとかエックハルトも人を避けつつ走るが、相手のようにはうまくいかない。

 『市場、小箱、組み紐、赤、工芸品、緑色、テントの柱三本目のテープ。そして、男爵家の紋章がついた馬車とトウモロコシ――』

 夢の欠片が次々に現実のものとして現れる。
 その事実に何か得体の知れない恐怖を感じる。自分の知らないところで、なにか大きな事が起こっているような、そんな予感。
 エックハルトはもう、あの夢をただの夢だとは思わなかった。

 工芸品売り場を通り抜け、青菜の並ぶテントも抜ける。
 相変わらず男は軽快に走り抜け、こちらは人を辛うじて避ける状況が続いた。二人の距離は徐々に離れて行き、このままでは近いうちに撒かれてしまうだろう。

 ――くそ、どうすれば!

 解決策を求めて意識は脳内を駆けまわる。
 視界に入る全ての物と、知識、経験、そして、夢も。
 元は悪夢だったはずのそれらもすべて使い切り、今できる最善を。

 不意に、風が吹いた。
 少し顔をそむけ、目をすがめたその先に。エックハルトは勝機を見出して、あるものを掴んだ。

「ちょ! 泥棒―!?」
「必ず払います!!」

 律義に返事をし、それを持ち手に握り変える。
 狙いを定めて――……。そして、あたかも使い慣れた武器のようにそれを投げつけた。

 シュッと、槍のように一直線に飛ぶそれは、背を向けて走り去ろうとする男に、スコンッツ!! と景気よく当たる。

 よろめく男。その間に一気に距離を詰めたエックハルトは、男の腕を掴んだと同時にねじり上げて、持っていた組み紐でその動きを封じる。先端についた翡翠色の石が陽の光でキラリと輝き、彼女が褒めてくれた気がした。

 瞬く間に終わった捕り物に、周囲は一瞬静まり返って。
 次の瞬間、割れんばかりの拍手が巻き起こった。

「うん?」

 まさかの脚光にエックハルトは驚いて、目を瞬く。
 開いたままの男のカバンからは、赤い組み紐の一部が顔を覗かせ、足元には少しくたびれた朝採れのトウモロコシが転がっていた。



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