身代わり聖女は悪魔に魅入られて

唯月カイト

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第四章

88、遠征団の帰還(二)

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 ためらうサラを外へ連れ出したのは、五歳になるホリーという女の子だ。ホリーに手を引かれて外へ出てみると、大通りはすでに遠征団を待ち構える人々で溢れていた。この通りは貧民街にも近いので人混みは避けるべきだが、ホリーに引っ張られ、サラはその勢いを止めることが出来ない。

 追いかけてきたリックがサラの肩を引き寄せ、ホリーを後ろからひょいっと抱き上げた。

「人混みは危ない。後ろに下がってください」

「ええー!?ホリーは一番前でかっこいい騎士のお兄ちゃんたちが見たいの!」

 ホリーが不満を漏らし、ぷっくりと頬を膨らませると、リックが優しい声で妥協案を提案する。

「私が肩車をするから、リビ様と一緒に後ろへ下がろう」

「ほんと!?リック隊長が肩車してくれるの!?わかった!」

 リックの案内に従って道の端へ移動すると、ルアンと孤児院の子供たちが沢山積み上げられた木箱の上に、横一列に座った状態でサラ達を迎えてくれた。ルアンは地面に飛び降りると、今まで自分が座っていた場所に向けて手をかざした。

「リビ様のお席はあちらです」

 そこで子供たちが窮屈そうに肩を寄せ合っていることに気がついたサラは、申し訳なさそうにルアンの目を見て答える。

「ありがとう、ルアン。せっかくだけど、私よりホリーをあそこに座らせてあげたらどうかしら」

「子供たちがリビ様と一緒に見たいそうです。早くしないと遠征団が来てしまうので、失礼します」

「きゃあッ!」

 ルアンはサラの体を横向きに抱え上げると、子供たちとぶつからないように木箱を登り始めた。用意した場所でサラをゆっくりと立たせると、ルアンはサラを見下ろしながら憎めないほど素敵な笑みを浮かべている。

「る、ルアンッ、あなたッ!」

「あぁ、ほら、そろそろ遠征団の先頭が見えてきますよ」

 ルアンの言う通り、石畳を蹴る蹄鉄の音で遠征団が徐々に近づいてくることがよくわかる。地鳴りの如く聞こえる蹄鉄の音に反応して、脚が震え出し、立っていられなくなったサラは、子供たちの間に腰を下ろした。

 間もなくして、帝国旗を掲げる先頭集団が姿を見せるが、何故かそこにキースの姿が見当たらない。不安に襲われかけたところで、愛馬に乗ったキースが登場した瞬間、感極まった勢いでサラの目から涙があふれ出した。

「キース…!」

 帝国一の美青年と謳われているキースだが、半月前と比べると、深みが増して、以前より男らしい顔に面変わりしている。長旅の後の疲れを滲ませながらも凛と前を向く姿は、騎士団のトップに立つ冷酷と名高い父親の面影と重なる雰囲気もあるが、キースの父親も年齢不詳の美丈夫であるから、どれだけ仲が悪くとも、その血をしっかりと受け継いでいることがよくわかる。

(ばかね、サラ。これからが大変なのに、キースが無事だとわかっただけで嬉しくて泣いてしまうなんて…)

 涙を拭っていると、サラの目の前にハンカチを差し出す小さな手がある。顔を上げると、リックに肩車をされているホリーが、じっと丸い目でサラを見つめていた。

「リック隊長がこれを渡せって」

「…ホリー、そこは『ハンカチをどうぞ』と言って渡すだけでよかったんだよ」

「でも誰のハンカチなのかわからないと、お姉ちゃんだって安心して受け取れないじゃない」

 リックと小さなホリーの心が和むやり取りを見せられたサラは、「ありがとう」と素直にお礼を言ってハンカチを受け取った。すると、その間に他の子供たちがホリーを肩車するリックの周りに群がり始めた。

「リック隊長、ホリーだけずるいよ!」

「ルアンお兄ちゃん!僕を肩車して!」

「おい、人の好意を無駄にするんじゃない。俺が何のためにこの特等席を用意したと思っているんだ」

 せっつく子供たちを邪険にすることもできず戸惑うリックと、肩車をせがむ子供を一人ずつ抱き上げて箱の上に座らせていくルアンの奮闘振りに、サラは思わず笑みをこぼしてしまう。

 気を取り直し、もう一度キースの雄姿を目に焼け付けたくて大通りに目を向けると、残念なことにキースの姿はすでに建物の陰に隠れて見えなくなっていた。

 サラは少しの後悔と寂しさを胸に留め、遠征団が通り過ぎて行くのを最後まで見守り続けていた。




 ※     ※     ※




 遠征団を率いて王都に帰還したキースは、騎士館を目指して行進する間、民衆の熱い眼差しと歓声を浴びながらも、早くサラに会いたい気持ちと焦りを我慢し続けていた。
 
 やがて貧民街に近い通りにさしかかったところで、子供たちの騒ぐ声が耳に入り、何気なくそこへ目を向けたキースは、高く積み上がげられた木箱の上に座るサラの姿をしっかりと視界にとらえることができた。しかし―――

(あれは間違いなくサラだった…。だがあの光景は…一体何だったんだ!?)
 
サラの護衛についているはずのリックが小さな女の子を肩に乗せて、柔らかい表情でサラに何か話しかけている。それに対して愛らしい笑顔で微笑み返すサラの姿を目撃してしまったキースは、見てはいけないものを見た気になって、動揺を隠しきれず、気がつけばいつの間にか騎士館に辿り着いていたという有様に至っている。

(落ち着け…ッ。冷静に考えるんだ…。きっとあの女の子は孤児院の子供で、サラはあの子と話をしていただけだ。決してリックに微笑んでいたわけじゃない…!)



 自分の執務室に入ったキースは、遠征報告書をまとめて、不在の間に溜まってしまった書類を片づけてから帰宅するつもりだった。

 ところが補佐役の部下から事実と噂が入り乱れた情報を聞かされたキースは、みるみるうちに顔面蒼白になり、「後は任せた」と言うと、慌てふためく部下を置き去りにして部屋を出て行ってしまった。

 置き去りにされた部下が一人で書類を整理していると、入れ替わるように総司令官がやって来て、

「キースはどこにいる」

と眉をひそめ睨みつけてきた。哀れな部下が「たった今、帰宅されました」としどろもどろに返事をすると、息子の帰宅を知った総司令官は小さな溜め息を漏らし、すっと背を向けて立ち去って行った。



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