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第三章

72、ファーストキス

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 壊れ物に触れるような優しい口づけは、サラが望むほど長くは続かなかった。離れていった唇の行方をを追って目を開けると、キースの青い瞳に目を奪われて、ドクンと鼓動が鳴り響く。

 熱を帯びた目で見つめられると心の内を見透かされる気がして、サラは目線を逸らした。

「大丈夫か?」

(……大丈夫じゃないわ!恥ずかしくて何も言い返せない…!こんな時はなんて言えばいいの!?)

 精神年齢と矛盾して、恋愛経験が圧倒的に不足しているサラが素直になれず唇を噛み締めていると、

「…すまない、許しも得ずに君に触れてしまった」

と暗い声でキースに謝られてしまった。彼の両手が顔から離れた瞬間、サラは反射的にその手を掴んで引き留めていた。まともな言葉が一切浮かんでこないまま後に引けなくなったサラは、急かされている訳でもないのに気持ちを伝えたい一心で声を絞り出した。

「もっ、もっと……、欲しい、です…」

 耳を疑ったキースは目を見開き驚いた様子で、恥じらいを剥き出しにして赤面しているサラを見つめ続けた後、サラの言葉を確かめるように再び優しく唇を重ねてきた。

(あぁ…夢じゃない…。本当に私、今、彼とキスしているんだ…)

「ん…」

 サラの口からこぼれ出た声に触発されたのか、キースはずっと我慢していたものを抑えきれなくなり、サラの体を強く抱き寄せると、情熱的に唇を重ね始めた。

 顔の向きを変えながら唇を重ね合わせている間に、サラは何度もキースに下唇を舐められ、舐められた所を甘噛みされ、こじ開けられた唇の隙間も舐められてしまう。執拗に愛撫された唇は完全に解きほぐされ、キースの舌は口の中にまで入ってきている。

「ふぅ…んっ、…ん」

 舌を絡み合わせながら、くちゅくちゅと鳴り響く音を耳にしたサラは、お腹の奥でじわりと溢れ出たものに気付き脚を震わせた。

「はぁっ…あ、まっ…」

 経験した事のない感覚に耐え切れずまともに立っていられなくなると、キースの勢いに押されて二人の足はクローゼットの奥へ奥へと進んでいく。

「はッ…はぁッ、あの…ッ」

 壁際まで来て唇を解放されたサラは、息を乱しながら話をしようと試みた。だがキースはその余裕さえも与えようとはせず、サラの横髪をかきあげて隠れていた耳の縁をなぞるように唇を這わせ始めた。

「あっ…!」

 初めて味わう刺激に全身が震える。脚に力が入らなくなると、キースに抱きしめられ支えられている実感だけが増していく。

 だがこのまま甘い時間の流れに身を任せてしまえば、愛撫に耐え切れずこぼれ出てしまう声がいつ誰に聞かれてしまうかわからない。それに廊下で待たせている皆の前に早く姿を見せなければ変に怪しまれてしまうのではないかという不安が、崩壊寸前のサラの理性をギリギリ繋ぎ止めている。

「だっ、ダメ…ッ!待って!」

 サラは力を振り絞ってキースの体を押し返そうとして、その反動で背中を何かにぶつけてしまった。

 息を乱して熱く見つめ合う二人の頭上で、影がぐらりと揺れ動いた。



 ※   ※   ※




 壁際に高く積み上げられていた幾つもの箱が、周りが見えなくなっていたキースとサラの頭の上に次々と襲い掛かってくる。

「うわっ!」

「きゃあ!」

 情けない悲鳴を二人同時に上げると、さすがにその叫び声は廊下にまで届いたらしく、待機していた侍女頭のエレナと護衛役のラウラとオスカーは、慌てた様子でサラの部屋の中に入ってきた。

 三人が無人の部屋を見回して表情を曇らせていると、ウォークインクローゼットの中から「大丈夫!?」と叫ぶサラの声が聞こえる。

 「失礼します」とラウラがドアを開けて、そこで三人が見たものは、薄暗いクローゼットの一番奥で床の上に座り込み、後頭部に手を当てて苦痛に顔を歪めているキースと、その隣で心配そうにしているサラと、そして箱から飛び出してきたと思われる宝飾品やドレス等が無数に散らばっている光景だ。

 この状況で何が起きたのかをいち早く察したエレナが慌てて説明すると、

「キース様、申し訳ございません!昨日お嬢様に送られてきた贈り物を全てここに運ばせましたが、この様な事態を招くとは―――」

「贈り物?」

キースはサラの手を取って一緒に立ち上がり、床に散らばった物を見下ろして不機嫌になっている。

「まさか…昨日皇室から届いた物とは、これだったのか?」

(……そっか!キースは昨日帰りが遅くてギルバートも休暇中でいないから、きっとまだ具体的な報告を受けていないんだわ。私も今夜相談するつもりでいたから順番が逆になっちゃった。とにかくちゃんと説明しなくちゃ―――)

「えっと…昨日エバニエル殿下の使者の方がいらっしゃって、先日のお詫びだと書かれた手紙と一緒に置いて行かれました」

「…この箱全てがそうなのか?」

 サラがエレナを一瞥すると黙って頷いているので同じように頷いてみせると、キースの眉間の皺が深くなる。

「中身は確認したのか?」

「じつは…その気になれなくてまだ開けていません。謝罪の品だと言われても多過ぎますし、今からでも返す事は可能でしょうか」

「理由をつけて返したところで、謙虚さを好印象に受け止められては意味がない。全部別の部屋に運び出そう」

「運び出してどうなさるのですか?」

「宝飾品はどうしようもないが、燃える物は燃やして処分しよう」

(え!?燃やす!?返すでもこっそり転売でもなく燃やしてしまうの!?私だってエバニエルからの贈り物なんて死んでもお断りだけど、物に罪はないし、オリビア様に使ってもらえればそれでいいじゃない。何もそこまでしなくても!)

「待って下さい!いつか必要になる日がくるかもしれません。どうか慎重に取り扱って下さい!」

「…わかっている。冗談だ」

 キースはそう言って微笑んでいるが、その目が笑っていない。美男子を怒らせるとこんな顔が見られるのかと、サラは肝を冷やしながら微笑み返した。キースの発言に驚愕したのはサラだけではなかったようで、他の三人もそれぞれ複雑な表情をしている。

 踏み荒らさないように気をつけながらクローゼットから出て来ると、キースがサラに意外な提案を持ち出してきた。

「これから街に出ないか。今後に備えて王都の地図を知っておく事に損はない。目立たないように変装して出かけよう」

「え?これからですか?」

「夕方になれば君を探しに来る者が現れるかもしれないが、別に待っている必要はない。エレナ、私達が出かけている間にここにある箱を全て宝物庫に運び出しておいてくれ」

 普段と違って大胆な行動に出るキースの変化に戸惑っていたサラだが、外に出かけられると聞いて顔をほころばせている。

「すぐに着替えます!」

(でもその前に…、体を綺麗にしていかなくちゃ)

 モジモジと嬉しそうにしているサラとは対照的に、この騒動の中ずっと大人しく見守っていた護衛役のラウラとオスカーは、キースの突然の外出宣言に絶句していた。



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