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第一章 グローリア編
13、誘拐
しおりを挟むオリビアに連れ回されて街のあちこちで『聖女の力』を使いながらも、その度に逃げることを繰り返してきたせいで、サラの体にはとうとう疲れが出始めていた。今もまた路地裏に逃げ込んで休んでいるが、オリビアはと言うと―――
「期待以上だわ!これでどんな力があるのか証明できたわね!」
と興奮して嬉しそうにしている。これほど機嫌のいいオリビアを見るのは初めてのことだったが、ここでサラは改めて疑問をぶつけた。
「でも、お嬢様。皆様に本物のオリビア様のことを覚えてもらわなければ、疑う人も出てきますよ」
二人がいくら似ていると言っても、本人が力を使って見せなければその能力を疑われても仕方がないと言ったつもりだが、それはオリビアには通用しなかった。
「ダメよ。私に触れていいのは貴族だけ!そう、皇太子殿下だけよ!他の人はあなたが相手をすればいいわ。そうすればいつかサラも素敵な男性に出会えるわよ」
素敵な男性がいれば素敵な女性も同じ数ほどいるのだから、そんな言い分が通るはずがないと言い返したくもなったが、お嬢様の機嫌がいいうちにそろそろ帰るべきだと考え直したサラはこう切り出した。
「お嬢様、もう帰りましょう。お屋敷までそんなに距離はありませんが、夕食前までに戻っていなければ、すぐにいないことがばれて怒られてしまいます」
「そうね。わかっているわ」
オリビアはそう言いながらフードを外し、きょろきょろと周囲を見回した。
(本当にわかっているのだろうか…)
まだこの遊びを続けるのかと頭痛がしそうな予感がしていると、大きな影がサラの頭上を覆った。無防備に空を見上げた時、それが人の影であることを知ったサラは、ぎょっとして周囲を見回した。深いフードを被っていたせいで、気づかぬうちにいつの間にか覆面をした二人の男に挟まれていたのだ。サラがオリビアの名前を叫んで危険を知らせようとした時、その背後にいた男はすでに動き出していた。
「オリビア様!!」
あっと言う間にオリビアを肩に担ぎ上げた男の首筋には、特徴的な入れ墨の柄が見えている。サラはその入れ墨に見覚えがある気がして、それが誰のものだったのか思い出そうとするが、すぐに後ろから別の男に羽交い絞めにされてしまった。
「お嬢様を離して!」
必死に抵抗すると今度は口も封じられて成す術がなくなってしまった。オリビアを抱えた男が何か合図を送り、そのまま走り去って行く。その後しばらくの間サラを捕らえていた男が、一枚の紙をフードの中に押し込むと、覆面越しの低い声でサラの耳元に囁いた。
「おい、騒ぐなよ。屋敷に帰ったらこれを奥様に渡すんだ。『聖女』を返してほしければ金と宝石を用意して、大人しく待てと伝えろ!」
男は言い終えるとすぐにサラの体を乱暴に地面に叩きつけた。体の自由を取り戻したサラが顔を上げた時には、すでにその男の姿も消えた後だった。
「そ、そんな…」
呆然としている余裕はない。何とか立ち上がって彼らの後を追おうと走り出したサラだったが、いくら探してもオリビアと男達の姿は見つからなかった。
「あぁ…嘘だと言って…」
地面に打ちつけられた時にできた手の平と腕の傷が、今になってじんじんと痛み始めていた。
※ ※ ※
サラは結局、途方に暮れながらやっとの想いで一人屋敷へと帰ってきた。ボロボロな状態で現れたサラの只ならぬ様子に、侯爵夫人も執事のアーノルドも瞬時に嫌な予感がして、アーノルドのほうから「何かあったのか」と問いかけた。
サラはアーノルドに手紙を渡して、事の経緯をすべて最初から話し始めた。オリビアが『聖女』であるとわかった侯爵夫人は驚きと喜びの表情を浮かべていたが、そのオリビアが二人組の男に誘拐されてしまったと聞いた途端、表情は絶望へと一変し、座ったまま気を失ってしまった。お嬢様が誘拐されたと知ったアーノルドも、驚きと怒りを露わにサラを怒鳴りつけた。
「なんてことをしてくれたんだ!」
「申し訳ございません!私は後でいくらでも罰を受けます。でもお嬢様をさらった男の入れ墨にも見覚えがあります!早く捜索隊を出してください!」
「ダメだ!手紙には連絡を待てと書いてある。調査団の受け入れで忙しい時にしばらく目を離していたら、なんてことだ…!しかも、お嬢様が『聖女』だったなんて、この世の終わりか…?と、とにかく、奥様にお目覚めになってもらわねば…」
侯爵夫人の鼻元に香りの強いブランデーをしみ込ませたハンカチをかざすと、夫人はやっと意識を取り戻した。そしてマント姿のサラを見た夫人は、娘の身に何が起こっているのかを思い出した。
「あ…夢ではなかったのね……」
「奥様。至急、今後の対応についてご指示をください」
「あぁ、そんな…」
泣き崩れる侯爵夫人の姿がサラの目にも痛々しく映り、何もできない無力感で涙があふれてきた。
「アーノルド。旦那様に至急連絡をして。私はどうしらいいのかわからないわ…」
「…承知いたしました。旦那様の指示に従います。お任せ下さい」
「それから…、その娘。二度と見たくもないわ。地下牢に閉じ込めなさい」
侯爵夫人から断罪されたサラは、他の使用人に両脇を抱えられながら部屋から引きずり出されると、そのまま地下牢へと連れていかれた。
※ ※ ※
屋敷の中と通じている地下牢は、日差しが一切入らないために冷気が充満していて、灯りは地下通路の壁に設置されている松明だけだった。
これからどうなるのか悪いことばかり想像してしまうサラは、深い絶望の淵にいた。
ほどなくして、松明を持ったアーノルドと他数名の使用人達がやってきて、牢屋の向こうからアーノルドが真剣な眼差しでサラにこう尋ねた。
「サラ。君を信用しすぎた私にも責任はあるが、今はお嬢様を救い出すのが先だ。さて、入れ墨を入れた男に見覚えがあると言っていたが、それは誰だ?」
サラは記憶の糸を手繰り、脳裏に浮かんだある男の顔を再確認した。
(そうだ。お嬢様が生きていれば私を助けてくれるはず。しっかりするのよ)
サラは真っすぐにアーノルドを見て答えた。
「はい。かつてこの屋敷に下男として出入りしていた男です。私の記憶では銀食器を盗もうとしていたところを見つかって解雇されたはずです」
「あの男か!確かに入れ墨があったな。よく覚えていてくれた!」
アーノルドはその男をしっかりと記憶していたようで、大きなヒントを得られて満足したようだった。マティアス侯爵からの回答は明日まで待つしかないのだが、彼は時間を無駄にしないように侯爵夫人には黙ったまま密かに動き出したのだった。
「サラ。私も最善を尽くすと約束する。しかし、最悪の事態になれば、私もここにいる使用人達も無事では済まない。君もある程度の覚悟はしておいたほうがいい…」
そう言ったアーノルドの表情は硬く、この状況が非常に厳しいものであることを示唆していた。
どうしようもないことだとわかっていても、サラはオリビアがとにかく無事に生きていて、この地下牢から出してくれることを心から切に願うことしかできなかった。
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