上 下
13 / 89
第一章 グローリア編

13、誘拐

しおりを挟む

 オリビアに連れ回されて街のあちこちで『聖女の力』を使いながらも、その度に逃げることを繰り返してきたせいで、サラの体にはとうとう疲れが出始めていた。今もまた路地裏に逃げ込んで休んでいるが、オリビアはと言うと―――

「期待以上だわ!これでどんな力があるのか証明できたわね!」

と興奮して嬉しそうにしている。これほど機嫌のいいオリビアを見るのは初めてのことだったが、ここでサラは改めて疑問をぶつけた。

「でも、お嬢様。皆様に本物のオリビア様のことを覚えてもらわなければ、疑う人も出てきますよ」

 二人がいくら似ていると言っても、本人が力を使って見せなければその能力を疑われても仕方がないと言ったつもりだが、それはオリビアには通用しなかった。

「ダメよ。私に触れていいのは貴族だけ!そう、皇太子殿下だけよ!他の人はあなたが相手をすればいいわ。そうすればいつかサラも素敵な男性に出会えるわよ」

 素敵な男性がいれば素敵な女性も同じ数ほどいるのだから、そんな言い分が通るはずがないと言い返したくもなったが、お嬢様の機嫌がいいうちにそろそろ帰るべきだと考え直したサラはこう切り出した。

「お嬢様、もう帰りましょう。お屋敷までそんなに距離はありませんが、夕食前までに戻っていなければ、すぐにいないことがばれて怒られてしまいます」

「そうね。わかっているわ」

 オリビアはそう言いながらフードを外し、きょろきょろと周囲を見回した。

(本当にわかっているのだろうか…)

 まだこの遊びを続けるのかと頭痛がしそうな予感がしていると、大きな影がサラの頭上を覆った。無防備に空を見上げた時、それが人の影であることを知ったサラは、ぎょっとして周囲を見回した。深いフードを被っていたせいで、気づかぬうちにいつの間にか覆面をした二人の男に挟まれていたのだ。サラがオリビアの名前を叫んで危険を知らせようとした時、その背後にいた男はすでに動き出していた。

「オリビア様!!」

 あっと言う間にオリビアを肩に担ぎ上げた男の首筋には、特徴的な入れ墨の柄が見えている。サラはその入れ墨に見覚えがある気がして、それが誰のものだったのか思い出そうとするが、すぐに後ろから別の男に羽交い絞めにされてしまった。

「お嬢様を離して!」

 必死に抵抗すると今度は口も封じられて成す術がなくなってしまった。オリビアを抱えた男が何か合図を送り、そのまま走り去って行く。その後しばらくの間サラを捕らえていた男が、一枚の紙をフードの中に押し込むと、覆面越しの低い声でサラの耳元に囁いた。

「おい、騒ぐなよ。屋敷に帰ったらこれを奥様に渡すんだ。『聖女』を返してほしければ金と宝石を用意して、大人しく待てと伝えろ!」

 男は言い終えるとすぐにサラの体を乱暴に地面に叩きつけた。体の自由を取り戻したサラが顔を上げた時には、すでにその男の姿も消えた後だった。

「そ、そんな…」

 呆然としている余裕はない。何とか立ち上がって彼らの後を追おうと走り出したサラだったが、いくら探してもオリビアと男達の姿は見つからなかった。

「あぁ…嘘だと言って…」

 地面に打ちつけられた時にできた手の平と腕の傷が、今になってじんじんと痛み始めていた。


※  ※  ※


 サラは結局、途方に暮れながらやっとの想いで一人屋敷へと帰ってきた。ボロボロな状態で現れたサラの只ならぬ様子に、侯爵夫人も執事のアーノルドも瞬時に嫌な予感がして、アーノルドのほうから「何かあったのか」と問いかけた。

 サラはアーノルドに手紙を渡して、事の経緯をすべて最初から話し始めた。オリビアが『聖女』であるとわかった侯爵夫人は驚きと喜びの表情を浮かべていたが、そのオリビアが二人組の男に誘拐されてしまったと聞いた途端、表情は絶望へと一変し、座ったまま気を失ってしまった。お嬢様が誘拐されたと知ったアーノルドも、驚きと怒りを露わにサラを怒鳴りつけた。

「なんてことをしてくれたんだ!」

「申し訳ございません!私は後でいくらでも罰を受けます。でもお嬢様をさらった男の入れ墨にも見覚えがあります!早く捜索隊を出してください!」

「ダメだ!手紙には連絡を待てと書いてある。調査団の受け入れで忙しい時にしばらく目を離していたら、なんてことだ…!しかも、お嬢様が『聖女』だったなんて、この世の終わりか…?と、とにかく、奥様にお目覚めになってもらわねば…」

 侯爵夫人の鼻元に香りの強いブランデーをしみ込ませたハンカチをかざすと、夫人はやっと意識を取り戻した。そしてマント姿のサラを見た夫人は、娘の身に何が起こっているのかを思い出した。

「あ…夢ではなかったのね……」

「奥様。至急、今後の対応についてご指示をください」

「あぁ、そんな…」

 泣き崩れる侯爵夫人の姿がサラの目にも痛々しく映り、何もできない無力感で涙があふれてきた。

「アーノルド。旦那様に至急連絡をして。私はどうしらいいのかわからないわ…」

「…承知いたしました。旦那様の指示に従います。お任せ下さい」

「それから…、その娘。二度と見たくもないわ。地下牢に閉じ込めなさい」

 侯爵夫人から断罪されたサラは、他の使用人に両脇を抱えられながら部屋から引きずり出されると、そのまま地下牢へと連れていかれた。



※  ※  ※



 屋敷の中と通じている地下牢は、日差しが一切入らないために冷気が充満していて、灯りは地下通路の壁に設置されている松明だけだった。
 これからどうなるのか悪いことばかり想像してしまうサラは、深い絶望の淵にいた。

 ほどなくして、松明を持ったアーノルドと他数名の使用人達がやってきて、牢屋の向こうからアーノルドが真剣な眼差しでサラにこう尋ねた。

「サラ。君を信用しすぎた私にも責任はあるが、今はお嬢様を救い出すのが先だ。さて、入れ墨を入れた男に見覚えがあると言っていたが、それは誰だ?」

 サラは記憶の糸を手繰り、脳裏に浮かんだある男の顔を再確認した。

(そうだ。お嬢様が生きていれば私を助けてくれるはず。しっかりするのよ)

 サラは真っすぐにアーノルドを見て答えた。

「はい。かつてこの屋敷に下男として出入りしていた男です。私の記憶では銀食器を盗もうとしていたところを見つかって解雇されたはずです」

「あの男か!確かに入れ墨があったな。よく覚えていてくれた!」

 アーノルドはその男をしっかりと記憶していたようで、大きなヒントを得られて満足したようだった。マティアス侯爵からの回答は明日まで待つしかないのだが、彼は時間を無駄にしないように侯爵夫人には黙ったまま密かに動き出したのだった。

「サラ。私も最善を尽くすと約束する。しかし、最悪の事態になれば、私もここにいる使用人達も無事では済まない。君もある程度の覚悟はしておいたほうがいい…」

 そう言ったアーノルドの表情は硬く、この状況が非常に厳しいものであることを示唆していた。

 どうしようもないことだとわかっていても、サラはオリビアがとにかく無事に生きていて、この地下牢から出してくれることを心から切に願うことしかできなかった。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

お嬢様はお亡くなりになりました。

豆狸
恋愛
「お嬢様は……十日前にお亡くなりになりました」 「な……なにを言っている?」

ぼくたちは異世界に行った

板倉恭司
ファンタジー
 偶然、同じバスに乗り合わせた男たち──最強のチンピラ、最凶のヤクザ、最狂のビジネスマン、最弱のニート──は突然、異世界へと転移させられる。彼らは元の世界に帰るため、怪物の蠢く残酷な世界で旅をしていく。  この世界は優しくない。剥き出しの残酷さが、容赦なく少年の心を蝕んでいく……。 「もし、お前が善人と呼ばれる弱者を救いたいと願うなら……いっそ、お前が悪人になれ。それも、悪人の頂点にな。そして、得た力で弱者を救ってやれ」  この世界は、ぼくたちに何をさせようとしているんだ?

聖女は妹ではありません。本物の聖女は、私の方です

光子
恋愛
私の双子の妹の《エミル》は、聖女として産まれた。 特別な力を持ち、心優しく、いつも愛を囁く妹は、何の力も持たない、出来損ないの双子の姉である私にも優しかった。 「《ユウナ》お姉様、大好きです。ずっと、仲良しの姉妹でいましょうね」 傍から見れば、エミルは姉想いの可愛い妹で、『あんな素敵な妹がいて良かったわね』なんて、皆から声を掛けられた。 でも違う、私と同じ顔をした双子の妹は、私を好きと言いながら、執着に近い感情を向けて、私を独り占めしようと、全てを私に似せ、奪い、閉じ込めた。 冷たく突き放せば、妹はシクシクと泣き、聖女である妹を溺愛する両親、婚約者、町の人達に、酷い姉だと責められる。 私は妹が大嫌いだった。 でも、それでも家族だから、たった一人の、双子の片割れだからと、ずっと我慢してきた。 「ユウナお姉様、私、ユウナお姉様の婚約者を好きになってしまいました。《ルキ》様は、私の想いに応えて、ユウナお姉様よりも私を好きだと言ってくれました。だから、ユウナお姉様の婚約者を、私に下さいね。ユウナお姉様、大好きです」  ――――ずっと我慢してたけど、もう限界。 好きって言えば何でも許される免罪符じゃないのよ? 今まで家族だからって、双子の片割れだからって我慢してたけど、もう無理。 丁度良いことに、両親から家を出て行けと追い出されたので、このまま家を出ることにします。 さようなら、もう二度と貴女達を家族だなんて思わない。 泣いて助けを求めて来ても、絶対に助けてあげない。 本物の聖女は私の方なのに、馬鹿な人達。 不定期更新。 この作品は私の考えた世界の話です。設定ゆるゆるです。よろしくお願いします。

異世界転生目立ちたく無いから冒険者を目指します

桂崇
ファンタジー
小さな町で酒場の手伝いをする母親と2人で住む少年イールスに転生覚醒する、チートする方法も無く、母親の死により、実の父親の家に引き取られる。イールスは、冒険者になろうと目指すが、周囲はその才能を惜しんでいる

乙女ゲームの悪役令嬢に転生したけど何もしなかったらヒロインがイジメを自演し始めたのでお望み通りにしてあげました。魔法で(°∀°)

ラララキヲ
ファンタジー
 乙女ゲームのラスボスになって死ぬ悪役令嬢に転生したけれど、中身が転生者な時点で既に乙女ゲームは破綻していると思うの。だからわたくしはわたくしのままに生きるわ。  ……それなのにヒロインさんがイジメを自演し始めた。ゲームのストーリーを展開したいと言う事はヒロインさんはわたくしが死ぬ事をお望みね?なら、わたくしも戦いますわ。  でも、わたくしも暇じゃないので魔法でね。 ヒロイン「私はホラー映画の主人公か?!」  『見えない何か』に襲われるヒロインは──── ※作中『イジメ』という表現が出てきますがこの作品はイジメを肯定するものではありません※ ※作中、『イジメ』は、していません。生死をかけた戦いです※ ◇テンプレ乙女ゲーム舞台転生。 ◇ふんわり世界観。ゆるふわ設定。 ◇なろうにも上げてます。

【本編完結済み/後日譚連載中】巻き込まれた事なかれ主義のパシリくんは争いを避けて生きていく ~生産系加護で今度こそ楽しく生きるのさ~

みやま たつむ
ファンタジー
【本編完結しました(812話)/後日譚を書くために連載中にしています。ご承知おきください】 事故死したところを別の世界に連れてかれた陽キャグループと、巻き込まれて事故死した事なかれ主義の静人。 神様から強力な加護をもらって魔物をちぎっては投げ~、ちぎっては投げ~―――なんて事をせずに、勢いで作ってしまったホムンクルスにお店を開かせて面倒な事を押し付けて自由に生きる事にした。 作った魔道具はどんな使われ方をしているのか知らないまま「のんびり気ままに好きなように生きるんだ」と魔物なんてほっといて好き勝手生きていきたい静人の物語。 「まあ、そんな平穏な生活は転移した時点で無理じゃけどな」と最高神は思うのだが―――。 ※「小説家になろう」と「カクヨム」で同時掲載しております。

婚約者が隣国の王子殿下に夢中なので潔く身を引いたら病弱王女の婚約者に選ばれました。

ユウ
ファンタジー
辺境伯爵家の次男シオンは八歳の頃から伯爵令嬢のサンドラと婚約していた。 我儘で少し夢見がちのサンドラは隣国の皇太子殿下に憧れていた。 その為事あるごとに… 「ライルハルト様だったらもっと美しいのに」 「どうして貴方はライルハルト様じゃないの」 隣国の皇太子殿下と比べて罵倒した。 そんな中隣国からライルハルトが留学に来たことで関係は悪化した。 そして社交界では二人が恋仲で悲恋だと噂をされ爪はじきに合うシオンは二人を思って身を引き、騎士団を辞めて国を出ようとするが王命により病弱な第二王女殿下の婚約を望まれる。 生まれつき体が弱く他国に嫁ぐこともできないハズレ姫と呼ばれるリディア王女を献身的に支え続ける中王はシオンを婿養子に望む。 一方サンドラは皇太子殿下に近づくも既に婚約者がいる事に気づき、シオンと復縁を望むのだが… HOT一位となりました! 皆様ありがとうございます!

異世界に来たからといってヒロインとは限らない

あろまりん
ファンタジー
※ようやく修正終わりました!加筆&纏めたため、26~50までは欠番とします(笑)これ以降の番号振り直すなんて無理! ごめんなさい、変な番号降ってますが、内容は繋がってますから許してください!!!※ ファンタジー小説大賞結果発表!!! \9位/ ٩( 'ω' )و \奨励賞/ (嬉しかったので自慢します) 書籍化は考えていま…いな…してみたく…したいな…(ゲフンゲフン) 変わらず応援して頂ければと思います。よろしくお願いします! (誰かイラスト化してくれる人いませんか?)←他力本願 ※誤字脱字報告につきましては、返信等一切しませんのでご了承ください。しかるべき時期に手直しいたします。      * * * やってきました、異世界。 学生の頃は楽しく読みました、ラノベ。 いえ、今でも懐かしく読んでます。 好きですよ?異世界転移&転生モノ。 だからといって自分もそうなるなんて考えませんよね? 『ラッキー』と思うか『アンラッキー』と思うか。 実際来てみれば、乙女ゲームもかくやと思う世界。 でもね、誰もがヒロインになる訳じゃないんですよ、ホント。 モブキャラの方が楽しみは多いかもしれないよ? 帰る方法を探して四苦八苦? はてさて帰る事ができるかな… アラフォー女のドタバタ劇…?かな…? *********************** 基本、ノリと勢いで書いてます。 どこかで見たような展開かも知れません。 暇つぶしに書いている作品なので、多くは望まないでくださると嬉しいです。

処理中です...