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第一章 グローリア編

11、聖女の実験(一)/12、聖女の実験(二)

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11、聖女の実験(一)




 サラ達がグローリア地区に戻って一年を過ぎた頃、やっと調査団が派遣された。マティアス侯爵の指揮下にある騎士団と、教会の司教と修道士、合計五十名ほどの大規模な調査団であった。

 派遣されるまで長く時間を要した理由には、皇族・貴族・教会の権力争いが生じていたせいであるが、機密事項だったはずの啓示の内容はとっくに外部に漏れていて、派遣された時にはこの地区への移住者が急激に増加していた。その結果、調査は困難を極め、手がかりさえつかめないまま、いつの間にか半年が過ぎており、調査団の派遣はグローリア地区に発展と混乱を招いただけであった。

 「本当に現れるかわからない『聖女』を探すより、覚醒するのを待ったほうがいいのではないか」と後ろ指を指されるようになった頃には、調査団の半数以上が王都に戻されていた。


※  ※  ※


 十五歳を過ぎていたオリビアは、以前よりも令嬢らしく振る舞えるようになっていたが、使用人たちに高慢な態度で接する性格は相変わらずだった。しかし、サラだけは例外で、姉妹と思わせるほどの親しみを常に露わにしていた。

 サラはオリビアの癇癪や我儘が減ったのは、年齢的に落ち着いてきたからだろうと考えていたが、オリビアの本音は違っていた。調査団が派遣されて以降、サラが『聖女』であることがいつばれるかわからない不安につきまとわれ、精神的な限界が近づいていたのだ。
 そんなある日、オリビアは遂にある作戦を実行することを決意した。


「街に出て、この『聖女』の力で何ができるか試すわ。でも私は貴族だから、平民と関わることなんてできないの。だから街に出たら、あなたが私になりすまして人前に出るのよ」

 久しぶりに聞くオリビアの我儘に、サラは目を丸くした。

「ですがお嬢様、力のない私がどうやってお嬢様の代わりを果たせばいいのですか?」

「んー。それはね。私がサラに魔法を送るから、サラはただ願えばいいのよ!」

「…『願う』だけですか?」

「そうよ。まずは身近なものから試してみましょう。私だってよくわかってないんだから、実験するのが一番よ!」
 
 ここ最近、ずっと真面目に頑張っていたオリビアが可愛く思えていたサラは、久しぶりの無理難題な我儘に呆れながらも、仕方なく頷いてしまった。



 計画の実行は、使用人の出勤が少ない日を選び、授業は仮病で休みにした。朝食を食べ終えた二人の少女は、深いフード付きのマントを羽織り、人目を盗んでこっそりと裏口から抜け出した。

 街の手前にある草原まで辿り着くと、オリビアが急に足元を指さしてこう言った。

「サラ、私が力を送るから、この辺で草が再生するように願ってみて」

「は、はい」

 いつものようにとりあえずの返事をしたものの、サラは困り果ててしまった。やっぱりお嬢様自身でやってもらおうとオリビアを見ると、真剣な目でサラに両手を伸ばしている。ここまでされてしまうと、何もせずにはいられないと確信したサラは、仕方なく恥ずかしさに堪えながら真似事をしてみた。

「えっと、こうかな。こうかな?…違うかな?えーっと…」

 願っていても何も出てこないので、ぶつぶつ言いながら両手を振ったり、叩いたり、あれこれ試してみるものの、ついに「うーん」と悩みすぎて、両手を突き出して動かなくなった。苛立ち始めたオリビアが、伸ばしていた手でサラの腕を掴んだ。

「もう!こうして両手をかざして『再生リバース』とか言ってみれば――」

 オリビアがサラの腕に触れた途端、「あっ」と叫んだサラの手の内側から、キラキラと細かい光が舞い落ちた。すると、地面一帯の草花が一気に成長し、あっという間に二人の周りには様々な種類の野草が大量に咲いていた。シロツメクサやタンポポだけでなく、ヒナギクやスミレ、スズラン、見たことのない種類もある。
 サラはもちろん、オリビア自身も驚いていた。無言のまま目が合うと、驚いた顔を見た二人はお互いに笑いあい、共に実験の大成功を喜んだ。

 この時二人は、今日の目的や互いの立場などすっかり忘れて、野の花を贅沢に摘み取って花冠やコサージュなどを作っては、摘み取った場所を復活させる魔法を繰り返し、無意識のうちに心から楽しんでいた。

 いい加減にお腹が空く昼時になって、オリビアはふと自分が夢中になって遊んでいることに気づき、恥ずかしくなってしまった。急に笑わなくなったオリビアを心配したサラが、顔を覗き込んできた。

「どうかしましたか?」

「なっ、何でもないわ!」

 オリビアは身に着けていた花冠とコサージュを外して捨てると、再びフードをかぶり直して、一人でスタスタと歩き出した。サラは慌てて、完成間近の花冠をそっと地面に置くと、オリビアの後を追って走り出した。

 二人が去った後、サラが残した作りかけの花冠は、淡い光を放ってキラキラと輝いていた。


※  ※  ※


 街中までやってきた二人は、パン屋で昼食のサンドイッチを買い、その店の店主に教えてもらった広場でパクパクと食べ始めた。よほどお腹が空いていたのか、オリビアもこの時ばかりは無言のまま、あっという間に完食していた。

「味はいかがでしたか?」

「まぁ、悪くないわね…」

 ひねくれた評価をするオリビアに、サラは優しく微笑んだ。それが癪に障ったのか、オリビアはきょろきょろと見回し、急に一方向に向かって指をさした。

「あそこ!ケガ人がいる!行って力が使えるか試してきて!」

 オリビアが指した方向を見ると、旅人らしき男性が手の甲に擦り傷を作り、右肩を庇って辛そうにゆっくりと歩いていた。

「で、でも…できなかったら…」

 最初の実験の対象は、単なる草原だったからこそ何も心配する必要はなかった。しかし次は人を相手に試せと言われると、さすがに危険すぎる賭けではないかと思ったサラは焦り始めた。

「できなかったら逃げればいいのよ!全部じゃなくても、かすり傷くらいやってみて!」

「私は不安です。やはりお嬢様が試したほうが、力が発揮できるのではないかと思うのですが―」

「イヤって言ったでしょう!私から平民に声をかけるのもイヤなの!だからあなたを連れてきたのよ。早く行って来て!」

 オリビアに強く言われると逆らえないサラは、仕方なくとぼとぼと男のもとへ向かって歩き出した。追いつきそうになった途端、男が急に道の角を曲がったので、つられて同じように曲がったその直後、先を歩いているはずの男が目の前に現れてぶつかってしまい、サラは驚いて腰を抜かしてしまった。

「何か用か?」

 男はフードを被って顔を隠していた。しかし、下の角度から見える顎の輪郭と声の雰囲気から、まだ若い青年だということがわかる。

「えっと、あの…。手、ケガ、していますよね」

「―――だから?」

「わ、私、治せる、かもしれなくって…」

「は?」

(ダメだ!もう逃げたい!)

 サラは羞恥心にかられて、ヤケになってすっと立ち上がると、青年の右手に向けて両手をかざして叫んだ。

「『治療ヒール』!」

 叫んだ直後に淡い光が青年の手全体を覆ったかと思えば、みるみるうちに傷が治っていくことがわかった。

「あ…」

 すべては一瞬の出来事で、青年は驚いて呆然としている。それは治療を施したサラも同じだった。そこへ聞き慣れた声が響いた。

「行くわよ!!」

 背後から手を掴まれたサラは、オリビアと共にその場から逃げるように走り出していた。逃げながら一瞬だけ青年に振り返ったが、驚いている反応だけしかわからなかった。

(腕の痛みも治っていますように―)

 サラは心の中で願った。



 ほどなくして、先ほどの場所からだいぶ離れた街はずれの教会の前まで逃げてきた二人は、息を切らしながら興奮していた。

「やっぱり…!はぁ、はぁ、できたわね!」

 呼吸は乱れているが、オリビアがとても満足しているということがわかるほど、その声は明るい。

「そう、ですね…」

(びっくりしたぁ…聖女の力って、こんなことができるんだ…)




―――――――――――――――――――



12、聖女の実験(二)





 二人が辿り着いた教会には治療院が併設されており、人口が増加したこの地区のために教会が特別に設置したもので、治療費が払えないなどの事情を抱えた人たちが訪れている。

 教会と治療院の二つの旗が掲げられた建物の外観を眺めていると、教会のシスターらしき女性が一人出てきて、二人のもとへ近づいて来た。

「あなた達、どうかしたの?」

 心配そうに声をかけてくれたので、サラはすぐに返事をした。

「走ってきたので、少し休んでいました。ところで、ここは教会ですよね。治療院もやっているのですか?」

「ええ。週に二日、派遣されて来る医者見習いの子たちに、簡単な診察を診てもらっているのよ」

 医者見習いとは研修医のようなものかな、とサラは思っただけだった。しかしこの話を聞いたオリビアは、フードを外し、シスターの手をがっちりと握りしめた。

「素晴らしいわ!私達にお手伝いさせてもらえないかしら!」

「お嬢様!?ダメです、そんなこと!」

「ね!あなたもやってみたいでしょ。!」

 本物のオリビアにじろっと睨まれたサラは口を閉ざした。オリビアは天使のような顔に戻り、シスターの目をうるうると見つめている。

「シスター。ぜひお願いします!」

 シスターは何故か魔法にかかったように「あぁ、ええ、そうね…」とぼんやりと答えて、二人を中へと案内した。サラはオリビアが何かしたと直感的にわかっていたが、黙ってついていくしかなかった。

 待合室に来た三人は、そこでいろいろな症状を抱えた患者達が座って順番を待っている状況を目の当たりにした。

「では、患者さんの話を聞いて、重症の方がいればすぐ私に知らせてください。私は奥にいる患者さんから話を聞いてくるから」

「は、はい!あの、オ…お嬢様は…」

 振り返ると、いつの間にか壁際の腰かけに座っている本物のオリビアは、サラに「しっかりやるのよ」と言わんばかりに手を振っていて、フードの下から見える口元はにんまりと笑っている。
 今回も観念することにしたサラは、とりあえず真似事ならばとやってみることにした。

(でも、やるからには真剣にやらなきゃ…)

 マントを脱いだサラはそれをオリビアに預けると、シスターから借りた白い四角い布で、頭を丁寧に巻いて髪を隠した。そして、待合室にいる患者達に話を聞き始めた。

「今日はどうされました?」

「腰が痛くて痛くて…」

「どの辺ですか?」

「あ、うん。そこだよ。そう、そこ…。あれ、おかしいな。痛かったはずだけど」

 痛みで顔をしかめていた男性の表情がだんだんと柔らかくなってきたと思えば、立ち上がって腰をひねってみて、痛みがないことを確認し始めた。

「あれ?気のせいだったのかな…。お騒がせしたね。また何かあったら来るよ」

 男性は首を傾げながら、奥にいたシスターに手を軽く振って帰っていった。


「お待たせしました。どうしましたか」

「子供の熱が下がらないの!食べさせても全部出しちゃうし、どうしたらいいのっ…」

 半泣き状態の若い母親が抱きかかえていたのは、三歳くらいの男の子だ。確かにぐったりとしていて、呼吸は浅く早く、顔色も悪い。

「顔と首元を触りますね。そのまま抱いて支えていてください」

(確かに熱いな。首も腫れている気がする。こんなに小さいのにかわいそう。せめて熱が下がればいいのに―)

 そう考えていると、ひんやりとした冷気が体の内側から溢れ、手から流れ出るような感覚が伝わってくる。なんだろう、とサラが思うより先に「ママ…」と男の子の唇が動いた。額に手を当ててみれば、あれほど高かった熱がいつの間にか下がっている。お腹がすいた、帰りたいと母親に泣きつく子供の姿に、その場に居合わせた患者達も驚き、呆気にとられていた母親も慌ててお礼を何度も言って治療院を出ていった。

 こうして、サラは自分が何をしているのか分かっていないまま、すべては見守っているオリビアの仕業だろうと考えることしか出来ず、この後もひたすら患者達と向き合う事だけに専念して話を聞き続けた。

「お待たせしました。今日はどうされましたか?」
「どのような症状をお持ちですか」
「お話を聞いてもよろしいですか」

 やがて、診察室にいた医者見習いの若い男性が、そっと待合室に出てくると、顔馴染となったシスターを見つけて声をかけた。

「シスター、今日はなぜか重症の患者さんがいないようだね。診察室に来ても、さっきまで痛かったんだけど今は痛くないって言いながら、話だけをしてすぐ帰って行くよ」

「え?そうですか?…なんだか、今日は皆さんの様子がいつもと違う気がします」

 二人が首を傾げているところで、サラは次の患者に質問を始めていた。

「目が悪くなって、見える部分が狭くなってしまってね。おかげで足元もおぼつかないよ…」

 話をしながら目を閉じている老女に、サラは丁寧に説明をする。

「目は開けられますか?私の顔がどれくらい見えるか教えてください」

「ああ。いいよ」

 老女は恐る恐る目を開けると、狭い視野の中でサラの瞳をなんとか見つけることができた。老女の瞳に白い影が見えた気がして、サラがじっと見つめていると、ほんの数秒で老女の瞳の色が変わり始めた。

「え!なに、何したの!?」

 老女が大声をあげたので、シスターが駆け寄ってきた。

「どうかなさいましたか?この子が何かしましたか?」

 サラも老女の反応に驚いて、立ちすくんでいる。

「何かって、見えるんだけど!この子と目が合った瞬間、霧が晴れたように見えるのよ!」

!何かしたのですか!?」

「え、いいえ。シスター、私はただ目が悪いと言われたので見ただけです!」

 興奮した老女は大声でシスターに説明をする。

「この子は私の目を見ただけで、病気を治してくれたわ!」

 老女の言葉に、周りの患者達も、近くにいた医者見習いも、一斉にサラに向かって視線を向けた。その時―――

「行くわよ!」

またしても、オリビアがサラの手を引っ張り、その場から逃げ出したのであった。


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