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第一章 グローリア編
2、侯爵令嬢との出会い
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荷馬車が到着した場所は、街から少し離れた山の麓にある小さなお城だった。小さいと言っても、ため息が出るほど美しい城である。その美しさは、侵入者を防ぐために存在する正門だけでも、少女の涙を感動で止めてしまうほどの豪華さを放っていた。
少女はまだ夢の中にいるのではないかと思ったが、腰に回された縄を解いた男に手首を掴まれて引きずるように歩かされると、一気に現実に引き戻され、うなだれてしまった。
みすぼらしい格好の平民が、城の正面から入ることは許されるはずがないので、外壁に沿って城の裏手に周り、目立たない場所に設置された小さなドアを見つけた男がノックする。しばらく何回かノックしていると、ドアがゆっくりと開いて仏頂面の男が顔を出した。
「来たか」
「ああ。探し物はこいつだろう。今すぐ金と交換だ」
「まったく…そこで待っていろ」
ドアが再び閉められて、しばらく経つと、今度は先ほど顔を出した男とは違う、紳士服を身にまとった年配の男性が出てきた。
「おっと…執事様。ちゃんとご注文の品を届けにきましたよ」
へらへらと媚びるような態度に豹変した男に対し、「執事様」と呼ばれた紳士は軽蔑の眼差しで、無言のまま小さな布袋を男に手渡した。
「手数料とは別に謝礼も上乗せした。黙ってこのまま立ち去りなさい」
「へへっ。どうも。どうも。それでは」
男は何かを察したかのように、素早く来た道を戻って行った。取り残された少女は呆然と立ち尽くした。
「さて…」
紳士の一声に、少女はピクっと反応して肩を強張らせた。
「その有様ではいけませんね。まずは身を整えてなくては。ついて来なさい」
中に入ると、お城の裏手にいることはわかったが、先に同じ敷地内にある木造の建物へと案内された。建物の一階で最初に踏み入れた広い部屋には、幾つものテーブルと椅子があり、更にその奥に厨房が見えたので、ここが食堂であることがわかった。
「イージー。いますか?」
「はーい!アーノルド様。どうなさいましたか?」
遠くから女性の返事が返ってきた。イージーと呼ばれた女性は、メイド服の格好で、厨房から出てきた。
「この少女の身なりを整えてください。明日の午前中にはお見せしないといけません」
執事の言葉にはため息が混じっているようだった。イージーもまた何か察したかのように、困った顔をしながら「わかりました」と答えると、一礼して少女の手を掴み共同風呂へ連れていく。
「あの…」
少女は歩調を合わせて歩いてくれる女性に、緊張しながら声をかけたが反応はなかった。勇気を出した分だけ、恥ずかしくなってうつむく。
(私はこれからどうなるのかな…メイドさんになれって言われるのかな…でも、あのアーノルドっていう人は、私を誰かに「見せる」って言っていた。見せるって、誰に…?)
その後、とりあえず風呂場で汚れを落としてもらい、きちんとしたワンピースを着せられ、白い靴下と少し大きめの靴を履かせてもらったところで、少女はやっと、この世界に自分が人として存在していることを自覚できたような気がした。
少女は気づかれないように小さく一呼吸をするが、ここまで綺麗にしてくれたイージーは、大げさにも見えるほどのため息をついてこう言った。
「さて。ドレスはどうしよう」
(え…?ドレス?)
※ ※ ※
翌日、久しぶりの睡眠と食事を取ることができたサラだったが、これから起こる事が予測できず、緊張のあまり声を出せずにいた。
この城の執事であるアーノルドがサラを迎えに来た時、淡い黄色の質素なドレスを着たサラを見て、「ふむ」と一言頷くと「ついて来なさい」とだけ言って歩き出した。
(下手に逆らってはいけない。それはしっかりとわかっている。でも、こんなに綺麗にしてもらって、メイド服じゃなくて、ドレスを着せるなんて。もしかして新しいご主人様は変態なのかな…)
手に汗を握り、静かにアーノルドの後ろをついて歩いていたら、ある部屋の前で急にピタッと立ち止まるので、サラは驚いて、強張った表情で立ちすくんでしまった。
一方のアーノルドは、そんなサラを見ても無反応のままドアをノックした。
「お嬢様。アーノルドです。入室してもよろしいでしょうか」
「待っていたわ!入って!」
返事はすぐにあった。女の子の声だ。
サラはその声を聞いて少し安心したが、執事は少し眉を動かしたように見えた。気のせいだろうか。
「失礼します」
ドアを少し開けて、執事が部屋の中の人物に話かける。
「…例の少女を連れてきました。まだ完璧とは言えませんが、お会いになりますか?」
「もちろんよ!すっごく楽しみにしてたんだから!」
わくわくとした感情が伝わるほどの明るい回答だったが、執事は無表情のまま、緊張で動きが堅いサラの背中を支えて部屋に入室した。
部屋に入った途端、サラは眩しく輝くお姫様に目を見張った。
サラとそう変わらない年齢の美少女は、高そうなアンティーク調の椅子に座り、キラキラと目を輝かせてこちらを見ている。金髪のロングヘアを赤いリボンで可愛くまとめ、白い肌の頬はうっすらとピンクがかっている。ドレスも同じように、淡いピンクをベースに、赤と白のリボンやらレースやらで、お姫様のかわいらしさを一層引き立てていた。見えそうで見えない足元も、可愛らしい靴を履いているに違いない。
すべて完璧なお姫様の姿がサラの前にいる。
「すごいわ!この子で正解よ!よくやったわね!今度褒美をあげる!」
お姫様は興奮した様子で、手をぱちぱちと叩いて喜んでいる。
(あれ…?何か変…)
違和感を抱いたサラは、横にいるアーノルドから一瞬だけ緊張感にも似た苛立ちを感じ取った。しかし、そんなことに気づかないお姫様は、さっと立ち上がると、サラの元へ駆け寄ってその手を握った。
「あなた!私の身代わりになってちょうだい!」
「…え?」
(ミガワリ?何の?)
この世界に転生したと気づいて、二日目の出来事だった。
少女はまだ夢の中にいるのではないかと思ったが、腰に回された縄を解いた男に手首を掴まれて引きずるように歩かされると、一気に現実に引き戻され、うなだれてしまった。
みすぼらしい格好の平民が、城の正面から入ることは許されるはずがないので、外壁に沿って城の裏手に周り、目立たない場所に設置された小さなドアを見つけた男がノックする。しばらく何回かノックしていると、ドアがゆっくりと開いて仏頂面の男が顔を出した。
「来たか」
「ああ。探し物はこいつだろう。今すぐ金と交換だ」
「まったく…そこで待っていろ」
ドアが再び閉められて、しばらく経つと、今度は先ほど顔を出した男とは違う、紳士服を身にまとった年配の男性が出てきた。
「おっと…執事様。ちゃんとご注文の品を届けにきましたよ」
へらへらと媚びるような態度に豹変した男に対し、「執事様」と呼ばれた紳士は軽蔑の眼差しで、無言のまま小さな布袋を男に手渡した。
「手数料とは別に謝礼も上乗せした。黙ってこのまま立ち去りなさい」
「へへっ。どうも。どうも。それでは」
男は何かを察したかのように、素早く来た道を戻って行った。取り残された少女は呆然と立ち尽くした。
「さて…」
紳士の一声に、少女はピクっと反応して肩を強張らせた。
「その有様ではいけませんね。まずは身を整えてなくては。ついて来なさい」
中に入ると、お城の裏手にいることはわかったが、先に同じ敷地内にある木造の建物へと案内された。建物の一階で最初に踏み入れた広い部屋には、幾つものテーブルと椅子があり、更にその奥に厨房が見えたので、ここが食堂であることがわかった。
「イージー。いますか?」
「はーい!アーノルド様。どうなさいましたか?」
遠くから女性の返事が返ってきた。イージーと呼ばれた女性は、メイド服の格好で、厨房から出てきた。
「この少女の身なりを整えてください。明日の午前中にはお見せしないといけません」
執事の言葉にはため息が混じっているようだった。イージーもまた何か察したかのように、困った顔をしながら「わかりました」と答えると、一礼して少女の手を掴み共同風呂へ連れていく。
「あの…」
少女は歩調を合わせて歩いてくれる女性に、緊張しながら声をかけたが反応はなかった。勇気を出した分だけ、恥ずかしくなってうつむく。
(私はこれからどうなるのかな…メイドさんになれって言われるのかな…でも、あのアーノルドっていう人は、私を誰かに「見せる」って言っていた。見せるって、誰に…?)
その後、とりあえず風呂場で汚れを落としてもらい、きちんとしたワンピースを着せられ、白い靴下と少し大きめの靴を履かせてもらったところで、少女はやっと、この世界に自分が人として存在していることを自覚できたような気がした。
少女は気づかれないように小さく一呼吸をするが、ここまで綺麗にしてくれたイージーは、大げさにも見えるほどのため息をついてこう言った。
「さて。ドレスはどうしよう」
(え…?ドレス?)
※ ※ ※
翌日、久しぶりの睡眠と食事を取ることができたサラだったが、これから起こる事が予測できず、緊張のあまり声を出せずにいた。
この城の執事であるアーノルドがサラを迎えに来た時、淡い黄色の質素なドレスを着たサラを見て、「ふむ」と一言頷くと「ついて来なさい」とだけ言って歩き出した。
(下手に逆らってはいけない。それはしっかりとわかっている。でも、こんなに綺麗にしてもらって、メイド服じゃなくて、ドレスを着せるなんて。もしかして新しいご主人様は変態なのかな…)
手に汗を握り、静かにアーノルドの後ろをついて歩いていたら、ある部屋の前で急にピタッと立ち止まるので、サラは驚いて、強張った表情で立ちすくんでしまった。
一方のアーノルドは、そんなサラを見ても無反応のままドアをノックした。
「お嬢様。アーノルドです。入室してもよろしいでしょうか」
「待っていたわ!入って!」
返事はすぐにあった。女の子の声だ。
サラはその声を聞いて少し安心したが、執事は少し眉を動かしたように見えた。気のせいだろうか。
「失礼します」
ドアを少し開けて、執事が部屋の中の人物に話かける。
「…例の少女を連れてきました。まだ完璧とは言えませんが、お会いになりますか?」
「もちろんよ!すっごく楽しみにしてたんだから!」
わくわくとした感情が伝わるほどの明るい回答だったが、執事は無表情のまま、緊張で動きが堅いサラの背中を支えて部屋に入室した。
部屋に入った途端、サラは眩しく輝くお姫様に目を見張った。
サラとそう変わらない年齢の美少女は、高そうなアンティーク調の椅子に座り、キラキラと目を輝かせてこちらを見ている。金髪のロングヘアを赤いリボンで可愛くまとめ、白い肌の頬はうっすらとピンクがかっている。ドレスも同じように、淡いピンクをベースに、赤と白のリボンやらレースやらで、お姫様のかわいらしさを一層引き立てていた。見えそうで見えない足元も、可愛らしい靴を履いているに違いない。
すべて完璧なお姫様の姿がサラの前にいる。
「すごいわ!この子で正解よ!よくやったわね!今度褒美をあげる!」
お姫様は興奮した様子で、手をぱちぱちと叩いて喜んでいる。
(あれ…?何か変…)
違和感を抱いたサラは、横にいるアーノルドから一瞬だけ緊張感にも似た苛立ちを感じ取った。しかし、そんなことに気づかないお姫様は、さっと立ち上がると、サラの元へ駆け寄ってその手を握った。
「あなた!私の身代わりになってちょうだい!」
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