生贄公爵と蛇の王

荒瀬ヤヒロ

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第88話

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***


 謁見の間に連れてこられたレイチェルだが、玉座には国王夫妻の姿がなかった。
 主なき玉座の前に立たされて、しばらくの間そのまま待たされた。ほとんど一晩中地下通路を歩いた上にろくに寝ていない。疲労が重苦しくのしかかってきて、立っているのがつらくなってきた頃、とうとう彼女が現れた。

 謁見の間の扉が開いたかと思うと、真っ白いドレス姿の少女がしずしずと入室してきた。堂々たるその雰囲気は、まるで聖女が降臨したとでも言いたげだ。

「お会いするのは初めてかしら? レイチェル・アーカシュア侯爵令嬢」

 恐れ多くも玉座を背にして、パメラはレイチェルの前に立ちはだかった。

「パメラ・クレメラ子爵令嬢……」

 レイチェルはぐっと唇を噛んだ。
 蛇に取り憑かれた少女は、微笑みを浮かべてレイチェルを見ていた。

「パメラさん、聞いてちょうだい。あなたはシャリージャーラに操られているの」

 意を決して、レイチェルは口を開いた。シャリージャーラに取り憑かれているとはいえ、パメラ自身の魂はまだ残っているはずだ。呼びかければ、応えてくれるかもしれない。

「シャリージャーラになんか負けないで! あなたの体から追い出して! 自分を取り戻すの!」

 レイチェルの懸命な呼びかけに、パメラは一瞬だけ目を丸くして、それから腹を抱えて笑い出した。

「あははは! 馬っ鹿みたい。どうして、私があの方を追い出さなければならないのよ?」
「え……」

 パメラが放った「あの方」という言葉に、レイチェルは眉をひそめた。

 たった今まで、レイチェルはパメラがシャリージャーラに操られていると信じ、パメラの口からでる言葉はシャリージャーラが無理矢理言わせているものだと思っていた。
 しかし、パメラはその口を動かしてはっきりと言った。

「何を言っているの。私は操られてなんかいないわ。私は今がとっても楽しいわ、満足よ。すべてはあの方のおかげ」

 レイチェルは背筋にぞっと悪寒が走るのを感じた。「あの方」というのが、誰のことなのか考え「まさか」と呟いた。

 目の前の少女の不敵な笑みを見つめる。目が合った瞬間、レイチェルは悟った。彼女は、操られているのでも、乗り移られているのでもない。

 パメラ・クレメラは完全にシャリージャーラを受け入れてしまっている。

「ふふふ……パメラは私を信じているのよ。私達はとっても仲良しなの」

 突然、声色が変わった。レイチェルは耳を塞ぎたくなったが、縄を掛けられているため身じろぐことしか出来なかった。
 今喋ったのはパメラではない。シャリージャーラだと直感した。

「さあ、ナドガの居場所を教えてちょうだい」

 レイチェルの顎をくいと持ち上げて、パメラ――シャリージャーラは尋ねてくる。
 レイチェルは歯を食い縛ってパメラを睨みつけた。

 何故、何故受け入れたのだ。何故受け入れていられるのだ。その蛇は、他人の「欲」を食い、人の輪を乱し、ついには宿主を衰弱死させる化け物なのに。

「あなたは可哀想な子。両親はあなたを愛さなかった」

 ねっとりとした口調で、レイチェルの耳に吹き込んでくる。

「あなたは何も悪くないのに、自分の理想と違うからって、あなたを一方的に嫌って痛めつけたのよ。憎んでいいのよ。あなたは何も悪くない」

 レイチェルの心を惑わせ、揺らがせて思いのままにするつもりだ。
 きっと、いつもこうやって、その人間の抱える不満や悲しみに同調する振りをして、心の透き間に入り込んでいるのだろう。そうやって、操ったり、宿主にしたりして、多くの人を食い物にしているのだ。
 レイチェルは目を逸らさず、目の前の少女を睨み続けた。

「あなたの心は傷ついていて、だから、公爵様に惹かれてしまったのね。寂しかったから」

 レイチェルは目を見開いた。

「でも、あなたの愛する公爵様は、蛇の王に取り憑かれているのよ。奴さえいなくなれば、あなたと公爵様は幸せになれるのよ」

 勝手なことを、と、レイチェルは腹を立てた。ナドガを犠牲にして、シャリージャーラを野放しにして、幸せになどなれるものか。ヴェンディグがどれだけの覚悟で、王位継承権すら擲って、民を守るために夜の空を駆けていたと思っている。

「……いいえ。ヴェンディグ様は、他者を操り、害をなす蛇がこの人間の世にいる限り、ナドガとともに戦うことを止めはしないわ」

 レイチェルは頭をぶんっと振って、顎を抑える指を振り払った。

「あの方は、国民のために戦っている。自分の幸せのために、国民を見捨てたりしないわ!」

 レイチェルは力強く言い切った。
 パメラは暗い目でレイチェルを睨んでいたが、やがて勝ち誇ったように笑った。

「何が出来るというのかしら? あの蛇の王に」

 パメラが兵士達に命令して、レイチェルは謁見の間から引きずり出された。


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