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第52話
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「レイチェル様、いかがなさいました?」
呼びかけられて、レイチェルははっと我に返った。カップを持ったままぼんやりしてしまっていたらしい。
同じテーブルに着いていた令嬢が心配そうに首を傾げている。レイチェルは慌てて誤魔化した。
今日は王宮でのお茶会だ。王太子妃が仲の良い令嬢を招待した中にレイチェルも入れてもらえた。
会の始めから一頻りヴェンディグとの暮らしについて尋ねられた。首を振ったり苦笑いを浮かべたり赤くなったりして、どうにかこうにか令嬢達の好奇心を満足させたところで思わず気が抜けてしまったようだ。
レイチェルはこほんと咳払いをして姿勢を正した。王太子妃の茶会で気を抜くだなんてあり得ない。レイチェルは気合を入れ直した。
「ところでレイチェル様」
同じテーブルに着いていたロザリアが声を潜めて尋ねてきた。
「今日のヘンリエッタ様、少々お元気がないように思われませんこと?」
ロザリアの言葉に、レイチェルは少し離れたテーブルに着いているヘンリエッタに目線を走らせた。ヘンリエッタは他の令嬢達と穏やかに談笑しているが、確かに笑みに力がないように見える。
「ご気分がお悪いのかしら?」
「きっとお疲れなのですわ」
王太子妃の立場と責任の大きさを案じてレイチェルが応えたその時、ヘンリエッタがふらりと頭を傾かせた。
「ヘンリエッタ様!」
慌てて立ち上がり王太子妃に駆け寄る令嬢達。無論、レイチェルも即座に席に立った。
「大丈夫よ。少しくらりとしただけなの。驚かせてしまってごめんなさい」
ヘンリエッタは青ざめた顔で力なく微笑んだ。
「ご無理をなさらないでください」
「お休みになられた方がよろしいわ」
「本当に大丈夫よ……」
気丈に振る舞おうとするヘンリエッタだが、明らかに顔色が悪くやつれていた。ロザリアが侍女を呼び、ヘンリエッタは体を支えられてお茶会を退席した。
「ごめんなさいね。ホストの私がこのような……」
「とんでもございません」
「ゆっくりお休みください」
口々に労わりの言葉を述べる令嬢達の前からヘンリエッタが姿を消すと、ロザリアが重い溜め息を吐いた。
「お気の毒だわ。ヘンリエッタ様……」
小声だったが、隣に立っていたレイチェルには聞こえた。
「何かご存じなの?」
訳を知っているような口調だったため尋ねてみると、ロザリアは扇で口元を隠して囁いた。
「なんでも、王太子殿下が先日の夜会で出会ったとある令嬢を気に入られて、王宮へ招き入れたとか……」
「まあ……」
レイチェルはカーライルの顔を思い浮かべた。にこやかで誠実そうに見えたが、ヘンリエッタが動揺するほど一人の令嬢を寵愛しているのだろうか。
「私も聞きましたわ。なんでも子爵令嬢らしいですが、あちこちで貴族の男性と親しくされている姿が見られており、彼らの婚約者や奥方がお心を痛めているそうです」
ニナも会話に加わった。
「最近になって夜会などでに現れたそうで、思わせぶりな態度を取って殿方を惹きつけているとか。まだ深い仲になった方はおられないようですが……」
「まあ……一体どういうつもりなのかしらね?」
ロザリアが憤りを隠さずに眉をひそめた。
レイチェルはどきどきする胸を押さえた。最近になって現れた令嬢が、複数の男性に近づいている。
(それって……)
シャリージャーラは女に取り憑き、男達から向けられる情欲と女達から向けられる嫉妬を食っている。ナドガがそう言っていた。
「そ、そのご令嬢のこと、何かおわかりになりません? お名前とか」
レイチェルが尋ねると、ニナは申し訳なさそうに眉を下げた。
「私も皆様が話されているのを耳にしただけでして……子爵令嬢ということしか」
「そうですか……」
違うかもしれない。けれど、可能性はある。すぐにヴェンディグに伝えたくて、レイチェルは落ち着かなくなった。
主催の王太子妃が退席したため、お茶会はその後すぐに終了になり、レイチェルは離宮に戻るなりヴェンディグの部屋に飛び込んだ。
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