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第28話
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耳許で囁かれた感触を思い出して、今さら背筋がぞわっとする。
レイチェルは耳を押さえて寝台の上でばたばた暴れた。
(じょ、情欲って……情欲って!)
顔が火照って目が潤む。あんなに至近距離で男性の顔を見たことがない。それも、あのような端正な顔を。
レイチェルは寝台の上でひっくり返ってうつ伏せになり、敷布に熱い頰を押し付けた。
「……色香がすごい」
パーシバルとは全然違うと比べてしまい、心の中でパーシバルに謝った。
パーシバルといえば、彼とリネットは今頃どうしているだろうと考え、レイチェルは少し冷静になった。
「ふう……」
ごろり、と仰向けになって天井を眺める。
そういえば、リネットはヴェンディグに無礼な手紙を送りつけていたのだったと思い出した。色々あって忘れていたが、手紙を書いて諌めておかなければならないだろう。
あんな風に突然の婚約解消だった上に、その場から逃げ出した挙句に離宮に乗り込んで公爵の婚約者に収まってしまったので、パーシバルの両親にもなんの挨拶も出来ていない。
まずはパーシバルの両親に手紙を書こう。不義理を詫びて、それからリネットのことを頼んでおこう。
リネットはレイチェルのものばかり欲しがる子ではあるが、レイチェルから奪ったものは異様に大事にする、というか執着するところがある。自分で買ってもらったものには目を向けず、姉から奪ったものを大事に大事にする。ドレスが小さくなっても、おもちゃが壊れても、それが元はレイチェルのものだったなら処分するのを嫌がって泣く。だから、きっとパーシバルのこともずっと大事にするだろう。
レイチェルが妹のことを今ひとつ嫌いになれないのは、リネットが奪ったものを大事に扱ったからだ。奪い取ってレイチェルに嫌な思いをさせたいだけなら、奪った後は興味をなくしてぞんざいに扱うだろうが、リネットはそうではなかった。彼女は意地悪でしているのではなく、純粋にレイチェルのものが欲しいのだ。
普通なら、そんな純粋な欲望は幼い頃に矯正されるのだが、リネットの場合は両親がたしなめるどころかけしかけて増長させた。
「……結局は、私が両親に嫌われていたということなのよね」
レイチェルは机に向かうと溜め息を吐いた。
リネットからは感じ取れない悪意を、両親からは感じていた。
ただ、どうしてそんなものを向けられるのかはついぞわからなかったが。
レイチェルはもう一度溜め息を吐くと、ペンを手に取った。
リネット宛の手紙とパーシバルの両親への手紙を書き終えると、すっかり夜になっていた。
「そろそろかしら……」
レイチェルは思い切ってヴェンディグの部屋を訪ねた。ノックをしても反応がないので、躊躇いながらも扉を開けてみると、部屋はもぬけの殻だった。窓が開いて風が吹き込んでいる。
「閣下も、一緒に探しにいったのね……」
レイチェルは開け放たれた窓に近寄って呟いた。夜風が頰に当たる。レイチェルは大きく息を吸い込んだ。
自分の部屋に戻ろうか、それとも待っていようかと考えて、レイチェルは待ってみることにした。
傍の椅子に腰掛けて、開け放たれた窓から麗しい青年と黒い蛇が現れるのを待つ。
待ちながら、彼らの過ごしてきた十二年の歳月を思った。
彼らは十二年もの間、ずっと夜毎に罪人を探し続けてきたのか。それだけ探しても見つからないだなんて、罪人はもしかして、この国ではなくずっと遠い国にいるのではないのか。
地の底に蛇の国があって、魂から削ぎ落とされた「欲」を食べているだなんて、なかなかに信じられない話だ。
しかし、よく考えてみれば、神話などでは蛇は欲望の象徴とされている。蛇を欲望の象徴だと考えた人は、地の底に人間の「欲」を食べる蛇がいると知っていたのだろうか。
そんなことをつらつら考えているうちに、レイチェルはうとうとしてきた。いけない、と思いつつ、いつの間にか眠ってしまった。
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