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第25話
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外出先から戻ってきたパメラの父、クレメア子爵は家の前に停められた馬車に首を傾げた。
妻は侯爵が娘を買いに来ると言っていたが、まだ家にいるのかと不思議に思った。しかし、侯爵がいるのならば挨拶ぐらいはしなければならない。
もしかしたら、パメラがごねているのかもしれない。娘のパメラに苦労をかけて悪いと思うが、侯爵の家で暮らした方が幸せだろう。マデリーンがきちんとそう説得してくれればいいのに。
そう考えながら家に入った子爵の目に飛び込んできたのは、床に倒れたマデリーンとエリザベス、二人を押さえつける侯爵と侍従、それらを笑みを浮かべて見下ろすパメラの姿だった。
「あら、お父様。おかえりなさい」
パメラは子爵に目を向けて微笑んだ。
「パメラ? これは一体……」
「あなた! 助けて!」
「お父様!」
子爵に気づいたマデリーンとエリザベスが助けを求めて泣き叫ぶ。
「何があったか知りたいんですの? お父様」
パメラが顎に指をあてて小首を傾げた。その仕草に、これまでのパメラからは感じたことのない異様な雰囲気を感じて、子爵は息を飲んだ。
「お父様。用もないのに「娘が売られる現場に立ち会わないようにするための外出」なんかしているから、事情がわからなくなるんですのよ?」
「な……」
「おおかた、お父様のことだから、娘を売る非道な父親だと思われないための小細工でしょう? 私は家にいなかったから、パメラが売られたなんて知らなかったってことにするための」
急にパメラの顔つきが変わった。笑みを消して憎しみをあらわにしたパメラはつかつかと子爵に近寄り、その頰を思い切り打った。
「この、卑怯者っ!!」
子爵は一瞬何が起きたかわからなかった。
「パ、パメラ?」
「お前はいつもそう! 自分が悪く言われないように立ち回ることだけしか考えていない! 自分を良く見せることだけに必死で、辛いことは全部私とお母様に押し付けて!! この屑!! 怠惰の罪で地獄の業火に焼かれるがいい!!」
パメラは呪いの言葉を吐きながら子爵を打った。子爵はあたふたと後ずさった。
「パメラ……どうしたんだ、良い子のお前が」
「お父様の言う良い子とは、ご自分のつまらない見栄のために黙って犠牲になってくれる子でしょう!? うんざりよっ!! この汚らしい蝿め!!」
父親に向かってひとしきり吠えたパメラは、床に這い蹲るマデリーンの顔を蹴った。
「ぎゃんっ」
「ああ、いけない。一応は売り物なんだった」
パメラはとぼけた表情になった。
「喜びなさい、マデリーン。娼婦のお前をお似合いの場所に連れて行ってあげるわ」
マデリーンは恐怖のあまり震え出した。
それを見下ろして、パメラは満足そうに笑った。
モルガン侯爵はぼんやりとした頭で考えた。
何をしているのだろう。自分は何をしているのだろう。
誰かの手首を握って押さえつけている。ああ。確か、誰かを連れにきたんだった。捕まえているこいつだろうか。そうに違いない。
誰かが泣き叫んでいる。何を言っているかはわからない。
「モルガン侯爵」
不意に、はっきりと声が響いた。
ああ。この声に従わなければ。
「その娘は縛って、転がしておきなさい。うるさいから口も塞いで。この男を地下室に入れるのよ」
モルガン侯爵は何も考えずに言われた通りにした。泣き叫ぶ声が大きくなったが耳障りなだけで意味はわからない。テーブルクロスを引き裂いて口の中に詰め込んでやった。誰かの怒鳴り声も聞こえるが、いったい何を怒っているのだろう。
「ほら、地下室の扉を閉めて。閂をかけるのよ」
心地よい声の言う通りにする。しなければならない。
地下室の扉を閉めて頑丈な閂をかけると、。中から怒声と扉を叩く音がする。何を騒いでいるのだろう。声の言う通りにしたのだから、これで正しいというのに。
「お父様。娘としてせめてもの思いやりとして、三日分の食料を入れておきましたわ。食料があるうちに、誰かがお父様の声に気づいてくださればよろしいわね」
彼女の声は楽しそうだ。彼女とは誰だろう。わからないが、声の言うことに従えばいい。
扉の向こうの声が余計に大きくなった。徐々に涙紛れになる。
何が起きているんだっけ。頭がぼんやりする。すすり泣きが聞こえる。
「マデリーン。少し黙りなさい、うるさいわね。——今さら謝ったって無駄なのよ。自分が助かりたいだけの謝罪なんて本当に汚らしい女ね。あなたはこれから港湾の娼館で働くのよ。ええ、そうよ。荒くれ者ばかりの町でね。海賊も多いし、他の町で売れなくなった最下層の娼婦が行き着くところよ。あなたにはお似合いじゃない。侯爵にお礼を言いなさいよ。あなたの娘を引き取ってくれるんだから。うるさいわね。侯爵、この女の口を塞いでちょうだい」
命令に従わなければならない。モルガン侯爵は床に這い蹲る女に近寄った。
「あはははははっ」
「うふふ」
声が二つ聞こえた。少女の笑い声と、大人の女の含み笑い。
侯爵の朦朧とする意識の中に、その声は染み込んでいった。
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