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第9話
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***
離宮の廊下を歩きながら、レイチェルは前を行くライリーに声をかけた。
「ノルゲン様にも、申し訳ございません。私のせいでご迷惑を……」
「いやあ。私はなかなか面白かったですけどね」
ライリーは急に砕けた口調で言った。
「この離宮でこんな面白いことが起こるとは、ヴェンディグ様がおろおろしているのを見るのも面白かったですし」
レイチェルは首を傾げた。ヴェンディグがおろおろしていたようには全く見えなかったが。
「強気に振る舞っていますが、あれで結構動揺していると思いますよ? なにせ、十二年ぶりに触れた若い女性が、咲き誇る花のように美しい侯爵令嬢なんですから」
レイチェルは頰を熱くした。ライリーからはからかっている様子は感じられなかったため、否定するために言い返すのも自意識過剰のようで躊躇われる。
ライリーは最初にレイチェルを通した書斎に案内すると、あらかじめ用意してあったらしいポットからお茶を注いでレイチェルに勧めた。
「初めにお願いしておきたいことがいくつかあります。まず、昼間はヴェンディグ様がお休みになっているので、寝室には近寄らないでください」
レイチェルはお茶を飲んでこくりと頷いた。
「それから、夜は決してヴェンディグ様の寝室に近寄らないでください」
レイチェルはかくりと首を傾げた。
昼も夜もヴェンディグの寝室に近寄ってはいけないらしい。ということは、毎日顔を合わせるつもりはないということか。
「……ご挨拶がしたい時は、ノルゲン様にお願いすればよろしいのかしら」
「はい。これだけ守っていただければ、あとはご自由に過ごしてくださって結構です」
それではまるで客人のようだ。ここに置かせてもらう以上、何かヴェンディグの役に立つような仕事がしたいのだが、今それを要求するのはあまりに図々しいと思いレイチェルは黙り込んだ。
夕方近くなって、部屋の準備が出来たと使用人が報告に来た。
王宮から派遣されてきた使用人達は、一刻も早く離宮から出て行きたいようでそわそわと落ち着かない様子だった。
使用人を見送った後で、ライリーに案内されて通された部屋は、ヴェンディグの寝室からかなり離れた部屋だった。一応は婚約者という名目で置いてもらうというのに。
(仕方がないわね。ここに置いてもらえることになっただけでも予想外の幸運だわ)
ヴェンディグに見抜かれた通り、レイチェルは非常識な振る舞いをして離宮を追い出されることで、生贄公爵に会ったという事実を恐れた両親に家から追い出されることを狙っていた。
それでも、自分から言いだした以上はヴェンディグの婚約者だという意識で過ごし、いつでも彼のために働けるようにしておかねばなるまい。
「……しっかりしなさい、レイチェル」
レイチェルは自分を叱咤して、窓から外を眺めた。離宮の庭には人が入っていないようで荒れ放題だった。
***
短い眠りから覚めたヴェンディグは、ライリーを呼びつけてレイチェルの様子を尋ねた。
「先ほど食事を運ばせました。……ご婚約おめでとうございます」
「からかうな。令嬢がこんな離宮でずっと暮らせるはずないだろう。ほとぼりが冷めたら、適当な嫁ぎ先を探してやれ、隣国の貴族とかでいいだろう」
ヴェンディグはレイチェルをずっとここに置いておくつもりはない。若く美しい少女をここで腐らせては気の毒だ。
「侯爵家から戻った者によると、レイチェル嬢の部屋には古めかしいドレスしかなかったそうですよ」
「公爵の婚約者にふさわしい装いを揃えるよう、王妃陛下に頼んでおけ」
若い娘のドレスを作るとなれば、王妃や王宮の侍女達が目の色変えて張り切るに違いない。
一通りの報告を終えると、ライリーはヴェンディグの前を辞した。ヴェンディグは窓を開けて、夜の空気を吸い込んだ。
「さて、行くか」
離宮の廊下を歩きながら、レイチェルは前を行くライリーに声をかけた。
「ノルゲン様にも、申し訳ございません。私のせいでご迷惑を……」
「いやあ。私はなかなか面白かったですけどね」
ライリーは急に砕けた口調で言った。
「この離宮でこんな面白いことが起こるとは、ヴェンディグ様がおろおろしているのを見るのも面白かったですし」
レイチェルは首を傾げた。ヴェンディグがおろおろしていたようには全く見えなかったが。
「強気に振る舞っていますが、あれで結構動揺していると思いますよ? なにせ、十二年ぶりに触れた若い女性が、咲き誇る花のように美しい侯爵令嬢なんですから」
レイチェルは頰を熱くした。ライリーからはからかっている様子は感じられなかったため、否定するために言い返すのも自意識過剰のようで躊躇われる。
ライリーは最初にレイチェルを通した書斎に案内すると、あらかじめ用意してあったらしいポットからお茶を注いでレイチェルに勧めた。
「初めにお願いしておきたいことがいくつかあります。まず、昼間はヴェンディグ様がお休みになっているので、寝室には近寄らないでください」
レイチェルはお茶を飲んでこくりと頷いた。
「それから、夜は決してヴェンディグ様の寝室に近寄らないでください」
レイチェルはかくりと首を傾げた。
昼も夜もヴェンディグの寝室に近寄ってはいけないらしい。ということは、毎日顔を合わせるつもりはないということか。
「……ご挨拶がしたい時は、ノルゲン様にお願いすればよろしいのかしら」
「はい。これだけ守っていただければ、あとはご自由に過ごしてくださって結構です」
それではまるで客人のようだ。ここに置かせてもらう以上、何かヴェンディグの役に立つような仕事がしたいのだが、今それを要求するのはあまりに図々しいと思いレイチェルは黙り込んだ。
夕方近くなって、部屋の準備が出来たと使用人が報告に来た。
王宮から派遣されてきた使用人達は、一刻も早く離宮から出て行きたいようでそわそわと落ち着かない様子だった。
使用人を見送った後で、ライリーに案内されて通された部屋は、ヴェンディグの寝室からかなり離れた部屋だった。一応は婚約者という名目で置いてもらうというのに。
(仕方がないわね。ここに置いてもらえることになっただけでも予想外の幸運だわ)
ヴェンディグに見抜かれた通り、レイチェルは非常識な振る舞いをして離宮を追い出されることで、生贄公爵に会ったという事実を恐れた両親に家から追い出されることを狙っていた。
それでも、自分から言いだした以上はヴェンディグの婚約者だという意識で過ごし、いつでも彼のために働けるようにしておかねばなるまい。
「……しっかりしなさい、レイチェル」
レイチェルは自分を叱咤して、窓から外を眺めた。離宮の庭には人が入っていないようで荒れ放題だった。
***
短い眠りから覚めたヴェンディグは、ライリーを呼びつけてレイチェルの様子を尋ねた。
「先ほど食事を運ばせました。……ご婚約おめでとうございます」
「からかうな。令嬢がこんな離宮でずっと暮らせるはずないだろう。ほとぼりが冷めたら、適当な嫁ぎ先を探してやれ、隣国の貴族とかでいいだろう」
ヴェンディグはレイチェルをずっとここに置いておくつもりはない。若く美しい少女をここで腐らせては気の毒だ。
「侯爵家から戻った者によると、レイチェル嬢の部屋には古めかしいドレスしかなかったそうですよ」
「公爵の婚約者にふさわしい装いを揃えるよう、王妃陛下に頼んでおけ」
若い娘のドレスを作るとなれば、王妃や王宮の侍女達が目の色変えて張り切るに違いない。
一通りの報告を終えると、ライリーはヴェンディグの前を辞した。ヴェンディグは窓を開けて、夜の空気を吸い込んだ。
「さて、行くか」
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