掌編怪奇

荒瀬ヤヒロ

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たぶん罠

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 友人の河村の家に遊びに行った時だ。

 読書家の河村の部屋には難しそうな本がたくさんある。遊びに行った時、ちょうど読まなくなった本を段ボール箱に詰めているところだった。古本屋に売るらしい。

 河村がお茶を持ってくると言って部屋を出ていったので、高石は本棚の前に腰を下ろしてジャンパーを脱いだ。

 本棚の横に置かれた段ボール箱から、チャプンと音がした。

 高石は思わず段ボール箱を見つめた。近くのスーパーから持ってきたのだろう。お茶のペットボトルが入れられていた段ボール箱だ。

 聞き違いかと思い、高石はそろそろと手を伸ばして段ボール箱を押してみた。
 チャプン、と、中で波打つ音がする。

 そんな訳はない。河村が本を詰めていたのを高石は見ている。ついさっきだ。
 高石は立ち上がって、段ボール箱を持ち上げてみた。

 チャプ、ジャプン、と、水が動く感触と音がする。箱の中に水が入っているみたいだ。

「何してんだ?」

 お盆を持って戻ってきた河村が、段ボール箱を抱えて突っ立っている高石を見て眉をひそめた。

「河村、この中にどんな本入れたんだ?」
「はあ? どんなって……普通の小説だよ」
「ちょっと、開けてみてもいいか?」

 河村は怪訝な表情を浮かべていたものの、「別にいいけど」と一度封じたガムテープを貼がして開けてくれた。
 当然ながら、段ボール箱の中に水など入っていない。河村の言う通り、ハードカバーの小説本が詰められていて、水音を立てるようなものは入っていない。

 高石は河村に断って、中の本を手にとって見た。
 何冊か手にとってみて本を段ボール箱の外に出していた高石は、青い表紙の本をみつけた。
 表紙に海の絵が描かれている本だった。何気なく手に取った時、ぱさっと何かが床に落ちた。

「え?」

 高石のみではなく河村も、床に視線を落とした。
 一葉の写真が床に落ちていた。写っているのは小さな男の子と赤茶けた毛色の雑種犬だ。

「あ」

 河村が写真を拾い上げた。幼稚園の時に祖父母の家で飼われていた犬と撮った写真だという。

「なんで本に挟まってたんだろう。気づかず古本屋に送るところだった」

 河村は写真を机の引き出しに仕舞った。
 出した本を詰め直し、高石は段ボール箱を押してみた。水音はしなかった。

 犬は河村が小学生の時に死んでしまっているらしい。もしかしたら、写真の犬が「ここにいる」と訴えたのだろうか。

 しかし、それなら段ボール箱からは「わん」とか「くぅん」とか聞こえてきそうなものだ。

 表紙が海の絵の本に挟まっていたから水音を鳴らしたのだろうか。

 まあ、とにかくみつかってよかった。普段の高石なら聞こえない振りをしていたかもしれないが、何故か今日は中を確かめる気になった。無意識に、怖いものじゃないと感じたのかもしれないなと高石は思った。


 しかし、自宅に帰ってから、クローゼットから水音がする。チャプン、チャプン、と音がする。
 もちろん、水音がするような物は置いていないし、高石は何かなくした心当たりもない。

 これはたぶん、開けない方がいい奴だ。



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