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第67話 カーク・クヴァンツの憂鬱
しおりを挟むカーク・クヴァンツは騎士になりたかったのだ。
だのに、あの三日間の夢のせいで、父親にあっさり魔法協会に放り込まれてしまった。
そりゃあ、魔力値が平均より少し高いぐらいしか取り柄のない次男坊に対する扱いとしては正しいかもしれないが、少しぐらいはこっちの意見も聞け、とくさくさした気分で新入りの子どもに絡んだのが間違いだった。
目の前の空間に炎が生まれる。
「見事な火球だ。なかなか筋がいいな」
褒められれば悪い気はしない。カークはふんっと胸を張った。
「では、次」
教官が呼んで、カークの後ろに並んでいた若者が歩み出る。
——確か、マーベル子爵家の三男だったな。
見覚えのある顔に、カークは恐らく自分と同様に問答無用で放り込まれたんだろうと一方的に共感を覚えた。
若者が杖をかざした次の瞬間、周囲の者がどよめいた。
青空に巨大な火柱が立ち上ったからだ。
「うわう!」
焦った悲鳴が聞こえて、火柱がふっとかき消えた。
「あー、びっくりした……」
地面に尻餅をついた子どもが、胸を押さえて息を吐いていた。
今日は火の魔法を習っている。カークの他には十人ほどの若者が教官から教わり、火球を生み出す練習をしている。手のひらサイズの火球が生み出せれば十分才能があるらしい。
その新入りの集まりから少し離れた場所で、一人の新入りがやはり火の魔法を習っていた。この国の大魔法使いから直々に。
「こんな魔法使ったら火事になりますよ!こんなに威力が強いなんて聞いていない!火の玉が出るだけって言ったじゃん!嘘つき!」
「……わしもこんなに威力が強いなんて思わんかったわい。火球を生み出す呪文だったんじゃが……まあいい。力を自在に使いこなせるようになるようになれば問題ない。そなたなら、出来るはずじゃ」
どうやら、彼が習っているのは自分達と同じ「火球」を生み出す魔法らしい。天まで届く火柱が立ち上るなんて、本人も教えている大魔法使いも思っていなかったのだろう。
カークは彼我の才能の差に溜め息を吐いた。
カークは魔法を使った後、少し体が熱っぽくなり動悸が早くなる。そういうことは珍しくなく鍛えていけば平気になると言われたが、なるべく続けて魔法を使わない方がいいとも言われた。
そんなんで戦いの場で役に立つのかよ、と思ったが、そもそもあの子どもがいれば自分程度の魔法使いはいらないんじゃないかとも思う。
あの日、カークが絡んだ子ども、ユーリ・シュトライザーはお手製の巨大な杖を抱えて大魔法使いに文句を垂れていた。
そちらを見ていた新入り達の雰囲気がざわざわと波立つ。それが決して好意的なものではないと感じ取って、カークは気を重くした。
気持ちはわかるのだ。一人だけ大魔法使いから直々に教えを受けている異国の子供が気に入らないという気持ちはよくわかる。
「あの子、本当にすごいですわね!」
新入りの中の紅一点、美しい侯爵令嬢が目を輝かせてそう言えば、男達の雰囲気はさらに悪くなる。
——あーあ。
面倒なことになりそうな気がして、カークは自分がそれに巻き込まれないことを祈った。
そういう祈りはたいてい叶わないもんだと知りながら。
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