上 下
28 / 79

第28話 可能性

しおりを挟む




「恐ろしいほどの才能です」

 ビクトルは昼間見た光景を思い出し、戦慄しながら言った。
 ビクトルが街で見つけたレコス王国の行商の息子ユーリ・シュトライザーは、尋常じゃない魔力を持っている。
 はっきり言って、魔力の量だけなら、現在この国で一番の魔法使いである大魔法使いシャークローを遙かに上回っている。
 普通の人間の魔力が瓶一杯の水としたら、大魔法使いが湖、ユーリは海だ。

「あれは……育てていいものでしょうか?」

 見つけた時は興奮したが、今となっては恐怖すら覚える。あれほどの魔力量の持ち主に魔法の知識を与えて、万一道を踏み外したりしたらどうなるのか。それこそ、誰も太刀打ち出来ない。

「あの小僧、レクタル族だろ?魔力を持たない民族のはずじゃなかったのか?」

 ビクトルの同僚、タッセル・エメフが頭を掻きながら言う。昼間、怒鳴り込んで魔力放出を止めさせた男だ。

「レクタル族には魔力がないのは事実だ。魔力がないせいで散々苦労している国だからな。恐らく、あの子供だけが特別なんだろう」
「あれだけの魔力量……レコスが返せと言ってきませんか?」
「いや、こちらに預けて魔法を教えてやってほしいそうだ。向こうでは教えられる人間がいないからな。レコスはうちの国に友好的だから、助かるよ」

 六部卿が頷き合うのに、タッセルが口を挟んだ。

「なあ、おい、お偉いさん方。可能性を一つ、無視してねぇか?」

 ビクトルは眉をひそめてタッセルを見た。タッセルは愉快そうに笑みを浮かべて言った。

「つまり、あのガキこそが、三年後に現れる「魔王」かもしれないって可能性だ」
「なっ……」

 ビクトルのみならず、六部卿もシャークローも顔色を変えた。

「何を言っている?」
「あり得ない話じゃねぇだろ?だってよぉ」

 タッセルは目を眇めてビクトルを睨んだ。

「あの夢の中で、何故か魔王の姿はいっさい見えなかった。魔王がどんな姿をしているか、俺達は知らない。てーことは、その辺にいる普通の人間が三年後の魔王である可能性が無い訳じゃないだろ」

 ビクトルは息を飲んだ。

「魔王が、普通の人間の振りをしていると……?」
「或いは、普通の人間が悪に走って、魔王を名乗るかもしれないってこった。あのガキみたいな、とんでもない力の持ち主だったら、誰も太刀打ち出来ないだろ」

 タッセルの言葉に、ビクトルは青ざめた。確かに、あの魔法量の持ち主が敵に回ったら、誰も太刀打ち出来ない。あの子供を倒せる人間なんていないだろう。

 六部卿もざわざわと囁き交わす。ユーリ・シュトライザーの力が膨大すぎるせいで、扱いを決めかねる。あの才能は、伸ばすには危険すぎやしないかと、ビクトルだけでなく六部卿も迷いを見せていた。

「ふむ」

 迷いに満ちた雰囲気の中で、シャークローが口を開いた。

「タッセルの言い分もわかる。だが、わしはやはりあの子供を信じて導くべきじゃと思う。ビクトル」
「はい」

「お前は他人の魔力が目に見える希有な能力の持ち主じゃ。今後、あの子供の傍に立ち、あの子供の魔力が闇に染まる兆候があればすぐに知らせるんじゃ。よいな」
「……はい」

 思わぬ大役を任されて、ビクトルは呆然とした。

 魔法協会が手に入れた強大すぎる力が、悪となるのか、悪を倒す善となるのか。
 今はまだ、誰にもわからなかった。

しおりを挟む
感想 3

あなたにおすすめの小説

どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします

文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。 夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。 エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。 「ゲルハルトさま、愛しています」 ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。 「エレーヌ、俺はあなたが憎い」 エレーヌは凍り付いた。

幼妻は、白い結婚を解消して国王陛下に溺愛される。

秋月乃衣
恋愛
旧題:幼妻の白い結婚 13歳のエリーゼは、侯爵家嫡男のアランの元へ嫁ぐが、幼いエリーゼに夫は見向きもせずに初夜すら愛人と過ごす。 歩み寄りは一切なく月日が流れ、夫婦仲は冷え切ったまま、相変わらず夫は愛人に夢中だった。 そしてエリーゼは大人へと成長していく。 ※近いうちに婚約期間の様子や、結婚後の事も書く予定です。 小説家になろう様にも掲載しています。

そろそろ前世は忘れませんか。旦那様?

氷雨そら
恋愛
 結婚式で私のベールをめくった瞬間、旦那様は固まった。たぶん、旦那様は記憶を取り戻してしまったのだ。前世の私の名前を呼んでしまったのがその証拠。  そしておそらく旦那様は理解した。  私が前世にこっぴどく裏切った旦那様の幼馴染だってこと。  ――――でも、それだって理由はある。  前世、旦那様は15歳のあの日、魔力の才能を開花した。そして私が開花したのは、相手の魔力を奪う魔眼だった。  しかも、その魔眼を今世まで持ち越しで受け継いでしまっている。 「どれだけ俺を弄んだら気が済むの」とか「悪い女」という癖に、旦那様は私を離してくれない。  そして二人で眠った次の朝から、なぜかかつての幼馴染のように、冷酷だった旦那様は豹変した。私を溺愛する人間へと。  お願い旦那様。もう前世のことは忘れてください!  かつての幼馴染は、今度こそ絶対幸せになる。そんな幼馴染推しによる幼馴染推しのための物語。  小説家になろうにも掲載しています。

お嬢様はお亡くなりになりました。

豆狸
恋愛
「お嬢様は……十日前にお亡くなりになりました」 「な……なにを言っている?」

婚姻初日、「好きになることはない」と宣言された公爵家の姫は、英雄騎士の夫を翻弄する~夫は家庭内で私を見つめていますが~

扇 レンナ
恋愛
公爵令嬢のローゼリーンは1年前の戦にて、英雄となった騎士バーグフリートの元に嫁ぐこととなる。それは、彼が褒賞としてローゼリーンを望んだからだ。 公爵令嬢である以上に国王の姪っ子という立場を持つローゼリーンは、母譲りの美貌から『宝石姫』と呼ばれている。 はっきりと言って、全く釣り合わない結婚だ。それでも、王家の血を引く者として、ローゼリーンはバーグフリートの元に嫁ぐことに。 しかし、婚姻初日。晩餐の際に彼が告げたのは、予想もしていない言葉だった。 拗らせストーカータイプの英雄騎士(26)×『宝石姫』と名高い公爵令嬢(21)のすれ違いラブコメ。 ▼掲載先→アルファポリス、小説家になろう、エブリスタ

悪妃の愛娘

りーさん
恋愛
 私の名前はリリー。五歳のかわいい盛りの王女である。私は、前世の記憶を持っていて、父子家庭で育ったからか、母親には特別な思いがあった。  その心残りからか、転生を果たした私は、母親の王妃にそれはもう可愛がられている。  そんなある日、そんな母が父である国王に怒鳴られていて、泣いているのを見たときに、私は誓った。私がお母さまを幸せにして見せると!  いろいろ調べてみると、母親が悪妃と呼ばれていたり、腹違いの弟妹がひどい扱いを受けていたりと、お城は問題だらけ!  こうなったら、私が全部解決してみせるといろいろやっていたら、なんでか父親に構われだした。  あんたなんてどうでもいいからほっといてくれ!

五歳の時から、側にいた

田尾風香
恋愛
五歳。グレースは初めて国王の長男のグリフィンと出会った。 それからというもの、お互いにいがみ合いながらもグレースはグリフィンの側にいた。十六歳に婚約し、十九歳で結婚した。 グリフィンは、初めてグレースと会ってからずっとその姿を追い続けた。十九歳で結婚し、三十二歳で亡くして初めて、グリフィンはグレースへの想いに気付く。 前編グレース視点、後編グリフィン視点です。全二話。後編は来週木曜31日に投稿します。

【12/29にて公開終了】愛するつもりなぞないんでしょうから

真朱
恋愛
この国の姫は公爵令息と婚約していたが、隣国との和睦のため、一転して隣国の王子の許へ嫁ぐことになった。余計ないざこざを防ぐべく、姫の元婚約者の公爵令息は王命でさくっと婚姻させられることになり、その相手として白羽の矢が立ったのは辺境伯家の二女・ディアナだった。「可憐な姫の後が、脳筋な辺境伯んとこの娘って、公爵令息かわいそうに…。これはあれでしょ?『お前を愛するつもりはない!』ってやつでしょ?」  期待も遠慮も捨ててる新妻ディアナと、好青年の仮面をひっ剥がされていく旦那様ラキルスの、『明日はどっちだ』な夫婦のお話。    ※なんちゃって異世界です。なんでもあり、ご都合主義をご容赦ください。  ※新婚夫婦のお話ですが色っぽさゼロです。Rは物騒な方です。  ※ざまあのお話ではありません。軽い読み物とご理解いただけると幸いです。 ※コミカライズにより12/29にて公開を終了させていただきます。

処理中です...