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第54話 男爵令嬢ミリア・バークスの恋愛

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「お母様は、あんな父のことを心から愛していました」

 帰りの馬車の中で、スカーレットはぽつりぽつりと話した。

「お母様の他にも、父を愛する人はたくさんいます。だから、父はあれでいいんです」

 これまでより無防備な笑顔でそう話すスカーレットを眺めて、エリオットは安堵した。
 スカーレットを孤独にした男爵の前で、自分が二度とスカーレットを孤独にさせないと誓いたくて男爵家に押し掛けた。我ながら思い切った行動だったが、スカーレットのこの表情をみる限り、間違ってはいなかったらしい。

「ありがとうございました。エリオット様」
「ああ……」

 にこにこしたスカーレットは、無邪気で子供のようだ。エリオットはちょっと緊張しながら尋ねた。

「スカーレット。その、さっきも言った通り、俺は君を愛して――」

 ガッタンッと衝撃と共に馬車が停まった。

「なんだ?」

 エリオットは眉をひそめて窓から外を覗く。すでに夜になっており、辺りは真っ暗だ。

 エリオット達の馬車を遮るように、一台の馬車が停まっていた。

「あれは……」

 外を覗いたスカーレットがハッとした。

「エリオット様!お気をつけて!」
「なに?」

 スカーレットが叫んだのとほぼ同時だった。
 外から馬車の戸が開けられ、飛び込んできた影がエリオットに掴みかかった。

「ぐえっ」
「ミリア!やめなさい!」

 首を絞められたエリオットの蛙のような声と、スカーレットの声が重なる。

「お姉さま、止めないでください。お姉さまを誘拐するような不届き者は締め落としてここに捨てていきましょう」

 ミリアは怒りの形相でエリオットの首に腕を巻き付けてぎゅうぎゅう絞める。スカーレットは溜め息を吐いた。

「ミリア。私は貴女を義姉の婚約者を絞め落として放置するような令嬢に育てた覚えはないわよ」
「す、すまない。スカーレット。ミリアがあんまり心配するものだから、君を迎えにきたんだが……」
「あら、ジム」

 ジム・テオジールが苦笑いを浮かべて馬車の外に立った。

「ミリア。スカーレットが無事で良かったね。ほら、一緒に帰ろう」

 ジムに優しく諭されると、ミリアは渋々エリオットから手を離した。

「ミリア」

 スカーレットはミリアに耳を寄せて囁いた。

「私はエリオット様と幸せになるから、貴女はもう私に遠慮しなくていいのよ?」

 ミリアはぱっと義姉の顔を見た。スカーレットはにっこり笑った。

「ずっと知らない振りをしてごめんなさいね。今度は私が貴女を応援する番よ」

 スカーレットはミリアの肩を掴んで、ぐいっとジムに押しつけた。

「お、お姉さま?」
「ジム、ミリアをお願いね」
「うん?ああ」

 真っ赤な顔をして狼狽えるミリアがジムに手を引かれて大人しく馬車に戻るのを見送って、スカーレットはげほげほ咳き込むエリオットの背中をさすった。

「義妹が申し訳ありません」
「いや、……俺が油断していた」
「ふふ。でも、今後はきっと、ミリアはエリオット様にかまっている暇はなくなると思いますわ」

 スカーレットがいたずらっ子のように笑うので、エリオットは首を傾げた。

「自分の恋でいっぱいいっぱいになるでしょうから」





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