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第29話 男爵令嬢ミリア・バークスの策略
しおりを挟む中庭での邂逅から三日経ち、エリザベートが放課後いつものように生徒会室を訪れた時だった。
中から聞こえる声に、エリザベートは眉をひそめた。
「あ、ビルフォード様!」
生徒会役員の男性四名の他にそこにいたのはバークス男爵家の義姉妹だった。ミリアが扉を開けたエリザベートに明るく声を掛け、スカーレットはお茶を飲みながらエリオットらと談笑している。
生徒会室は基本的に役員以外は立ち入り禁止だが、生徒会役員が招き入れたのなら問題はない。スカーレットはエリオットの婚約者なのだから、招かれたことに不自然さはないし、それにミリアが付いてきたのも問題ないだろう。
だから、中の様子を目にしたエリザベートの頬がひきつったのは別の理由だ。
「エリザベート、ミリア嬢が迷惑をかけた詫びにと菓子を持ってきてくれたぞ。お前も座って食べるといい」
アレンが脳天気に言う。
「我が家の料理人に作ってもらった自慢のレシピです!私は男爵家に来たばかりの時にあまりに美味しすぎて食べ過ぎて太りまくり、お姉様にスパルタダイエットを施されました!うっ、思い出したら過去のトラウマが……っ」
ミリアが頭を押さえて小刻みに震えだした。なにがあった。
「ビルフォード様、お邪魔しています。ほら、ミリア。そろそろお暇するわよ」
スカーレットがエリザベートに一礼して、義妹を促した。
「ゆっくりしていけばいいのに」
「いえ、生徒会役員でもない者があまり長く居座る訳には参りません。さあ、ミリア」
「あ、お姉様。ちょって待ってください」
ミリアはお菓子の詰まった箱をエリザベートの前に差し出した。
「私はビルフォード様にお詫びに来たのですもの。どうぞ、お一つ」
にこにこと邪気のない顔で微笑むミリアに、エリザベートはぐっと言葉を飲み込んだ。謝罪の証に差し出された菓子を拒絶する訳にはいかない。
仕方なく、エリザベートはクリームと砂糖漬けの果物がたっぷり乗っかったクッキーを一枚摘み、覚悟を決めて口にした。
「美味いだろう、エリザベート」
「……ええ、とても」
クッキーを飲み下して、エリザベートは答えた。
「よかった~。あ、ビルフォード様。こちらも試してみません?」
ミリアが今度はお茶の入ったカップをエリザベートに差し出してきた。すると、菓子の時とは違って男性陣の顔がひきつる。
「いや、ミリア嬢。それは……」
「エリザベート、それはやめた方がいい」
カップに注がれたお茶は濃い緑色だった。
「東方から取り寄せた珍しい茶葉なのですが、皆様のお口には合わなかったようで」
ミリアがへにゃりと眉を下げた。
「ミリア嬢には申し訳ないが、ものすごく苦くてな」
「ええ。驚きました」
「こんなに苦い茶もあるんだな」
「俺達でも飲めなかったんだから、エリザベート嬢には無理だ」
男性陣は口々にそう言ってエリザベートを止めた。
エリザベートは苦いというそのお茶をじっと見つめ、それから意を決したようにカップを受け取った。
「苦いということですが、せっかくバークス男爵令嬢がわたくしのために用意してくださったもの。一口も飲まない訳にはいきませんわ」
そうして、くいっとカップを傾けた。誰かがあっ、と叫んだ。
エリザベートは口の中に広がった苦みと渋みに目を見開いた。
「エリザベート、大丈夫か?」
「無理しなくても」
「申し訳ございません!お口直しを!」
慌てたスカーレットが新しい紅茶を淹れてくれる。
空になったカップをミリアに返して、エリザベートは言った。
「確かに苦いお茶ですが……美味しかったですわ」
やせ我慢と思われたのか、アレンが呆れたように眉をしかめるのが見えた。
カップを受け取ったミリアが、にっこりと笑った。
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