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第12話 王太子アレン・ハッターツェルグの煩悶
しおりを挟む「エリザベートが修道院にっ!?」
アレンがソファから跳ね起きて大声を上げた。
「そうですっ、我が娘は深く傷ついて……くっ、このっ、貴様らのせいでっ!」
新たな人物の登場に喜んだ毛玉達は我先にと公爵の足にじゃれついている。公爵は屈辱に顔を歪めて毛玉達を睨みつけた。
「くっ……この無礼さで我が娘に迫ったのだな!許さんぞっ!」
「わんっ!」
「きゅーん」
「くん!」
公爵の怒りに怯むことなく、毛玉達はぴょんぴょんと飛び跳ねたり公爵のローブに噛みついたりとやりたい放題だ。
「公爵。私はエリザベートとの婚約を解消するつもりはない。そう伝えてくれ」
「かしこまりました……しかし、娘はひどく傷ついており……どうぞ殿下には娘の心に寄り添っていただけるよう、お願い申し上げ……くっ、貴様!私の足に登るとはなんたる無礼なっ」
「くんくん」
エリザベートが婚約を解消して修道院へ行くとまで申し出たことはエリオットにとっても衝撃だった。同じ公爵家として幼い頃から知っているが、彼女の他に王太子妃にふさわしい令嬢などいない。彼女もそのことを知っており、国のために身を捧げる覚悟だと思っていた。
婚姻まで後一年という時間を残して、全てを捨てて修道院へ駆け込むなど、エリザベートらしくない。
とりあえず、明日公爵家を訪ねると言付けて、アレンは公爵を帰した。付いてこようとする毛玉に「くっ、悪魔め!」と言いながら公爵が部屋を出た後で、アレンは難しい表情でエリオットに告げた。
「明日は休日だが、一緒に公爵家へ向かえるかクラウスとガイに聞いておいてくれ」
「あいつらも連れて行くのか?なんのために」
クラウスはともかく、エリザベートを説得するのに脳筋のガイは必要ないと思うのだが。
「ああ。居てくれた方が、心強い……」
「どうした?さっきから、なんだか様子がおかしいぞ」
いつもの不遜な態度やエリザベートに対する酷薄さがなりを潜めていることに気づいて、エリオットはアレンの顔を覗き込んだ。エリオットの足下で、座り込んだ毛玉も「きゅん?」と首を傾げてアレンを見上げている。
「エリザベートが、あんな顔を……」
「顔?」
「涙目で……頬を赤らめて、あんな弱々しい顔は、初めて見たんだ……」
アレンが呟いた言葉に、エリオットは目を見開いた。
確かに、エリザベートのあんな姿はエリオットも初めて目にしたが、アレンのように呆けたりはしない。
「ああ、気丈な彼女が泣きそうな顔をしていたのは気の毒だったな」
「気の毒というか、かわ……いや、なんでもない」
どうにもはっきりしないアレンの態度に眉をひそめつつも、エリオットは明日からの対策を考えるためにアレンの部屋を辞して家に帰った。
もしも、そこに居たのが女嫌いのエリオットでなければ、おそらくアレンの抱えたもやもやを一言で表してくれたのであろうが、残念ながら相談相手がポンコツエリオットだったがためにアレンはその夜一晩中、頭から消えないエリザベートの泣きそうな顔に悩まされることになったのだった。
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