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第62話
しおりを挟むハリィメルが登校すると、ロージスが門の前でふんぞり返っていた。
「ハリィメル・レミントン! とうとうこの日がやってきたぜ! 覚悟はいいか!?」
ハリィメルは肩をすくめた。
二学期の期末テストの、今日は結果発表だ。成績上位者が廊下の掲示板に張り出される。
ハリィメルとロージス。
どちらの名前が頂点を飾るか、もはや本人達だけの問題ではなく、クラスメイトはおろか学校全体で賭けの種になるほど話題を振りまいていた。
「頑張って、ロージス様!」
「才女をぎゃふんと言わせてやれ!」
「万全の状態のレミントンさんに敵うと思っているの?」
「負けた時の言い訳を考えておいた方がよろしくてよ!」
周囲がぎゃあぎゃあ言い合う中、ふたりは足早に廊下を進み、掲示板の前に立った。
ふたり同時に見上げたそこに書かれていた結果は――
一位 ハリィメル・レミントン 593点
二位 ロージス・コリッド 589点
野次馬がわっと歓声をあげた。
「やったわねレミントンさん!」
「これが真の実力だわ!」
「もう! ロージスの馬鹿!」
「ここぞという時に決められないなー」
女生徒に囲まれて言祝がれるハリィメルとは対称的に、ティオーナとダイアンにどやされたロージスががっくりとうなだれた。
「いや、だが、たった四点差……次こそは」
「ロージス様」
ハリィメルは悔しげに唇を噛むロージスに歩み寄り、その名を呼んだ。
「ハリィメル?」
「ロージス様、私、今回は皆さんのお力を借りてあなたに勝つことができました」
休んでいた間の授業のノートを貸してもらったり、一緒に勉強して教えてもらったりした。それがなければ、この結果にはなっていなかった。
「以前の私――誰の力も借りずにひとりで突っ張っていたままだったら、きっと負けていました」
素直に胸の内を語るハリィメルに、ロージスは目を丸くしている。
「友達なんか作る暇はないと勉強しかしてこなかった私は、テストで一位をとるたびに「これでまだ学校にいられる」と安堵はしても、うれしいとは感じていなかった。一位をとらなければ、という想いに追い立てられて、知識を得る楽しさと喜びを忘れていました」
ハリィメルは胸の前で手を組んで微笑んだ。
「でも、今回は、一位に自分の名前があるのを見た瞬間、うれしいって気持ちが湧き上がってきたんです。みんなにたくさん助けてもらったから、そのおかげで一位をとれたことがうれしいんです」
「ハリィメル……」
「ありがとうございます、ロージス様。私と勝負してくれて」
ハリィメルが感謝を伝えると、ロージスの頬にさっと朱が走った。自分の前ではいつもそっけない態度と冷たい目をしていたハリィメルが、ほわほわと微笑んで感謝を伝えてくるのだ。それに、先ほどから家名ではなく名前を呼んでくれる。
これはつまり、ようやくハリィメルがロージスに心を開いてくれたということだ。
その事実に、ロージスの胸はいっぱいになって、抑えきれずに想いがあふれた。
「お前が好きだ! つきあってくれ!」
こんな人のごった返した廊下でこんなことを言うつもりはなかったのに、ロージスの口からはとっさにあの時と同じ台詞が飛び出していた。
同じ台詞だけれど、あの時は嘘で、今は嘘じゃない。
ハリィメルはぱちくりと目を瞬いた。
周囲の生徒達は突然の告白劇を固唾をのんで見守る。
寸の間の後で、ハリィメルはきっぱりと答えた。
「お断りします」
「なっ……何故!?」
あの時とは違う返事に、ロージスは思わずすがりつきそうになる。
ハリィメルはちょっと口を尖らせてそっぽを向いた。
「私、一位をとることしか考えていなかった時に、ロージス様のことは意識していたんですよ」
「へえっ!?」
思いも寄らぬことを言われて、ロージスの声が裏返る。
「私に「次は負けないからな!」って言ってくれたじゃないですか。だから、勝手にあなたのことをライバルだと思っていました」
「そ、そうなのか?」
「ええ。だから、嘘の告白の相談をしているのを聞いた時、幻滅したんです。正々堂々と切磋琢磨するライバルと認めてくれていたんじゃなかったんだ、って。あなたにとって私は目障りなガリ勉であって、ライバルじゃなかったんだって」
「うぐっ……」
ロージスが苦しげに呻く。
「でも、今回のテストでようやく、ライバルになれました。目障りな存在でも、嘘の恋人でもない、どっちが勝つかを競うただのライバルに」
ハリィメルはロージスに向き直ると、輝くような笑顔を見せた。
「せっかくライバルになれたので、卒業するまでは「ただのライバル」でいたいんです!」
ロージスは口を大きく開けて固まった。
至近距離で浴びせられるハリィメルの笑顔に真っ赤になる顔と声にならない声、「卒業するまでずっとこのままの関係ってことか?」と愕然とする気持ちが彼を硬直させていた。
卒業までということは、あと一年数ヵ月はこのまんま。
「……そ、そんなの待てるか! 次、次だ! 次のテストでは俺が一位をとる! そしてお前の婚約者になる!」
「いいえ! 次のテストでも私が勝ちます! ライバルには負けません!」
必死に言い募るロージスに、ハリィメルは拳を握って不敵な笑みを返す。
「いいぞー! レミントンさん!」
「次も負かしてやれ!」
「次こそ勝つのよ、ロージス!」
「根性見せろー!」
周囲は好き勝手にやんやと囃し立てる。この分では、テストのたびにお祭り騒ぎだ。
パンパン、と手を鳴らす音がして、いつの間にか野次馬に交じっていた教師が「話が終わったなら教室に入れ!」と集まった生徒達を散らしていく。
ハリィメルも教室に入ろうとして、ふと思いついて振り向いた。
「ああそういえば、誓約書も卒業までは有効ですから」
「んなっ……」
あの日サインした誓約書は二枚。一枚は「交際を秘密にする」。もう一枚は「人前では無視しても良い」。
嘘の交際は解消されたが、人目のある場所で話しかけられた場合の対応はハリィメルの胸三寸だ。
「ロージス様も、人前で私に話しかけられたら無視してもかまいませんよ?」
「そんなことできないってわかってて言ってるだろ! ……あーっ、まったく……」
ロージスはがりがりと頭をかいて、悔しげに歯を食いしばった。
「そんな余裕な態度をとれないようにしてやる! 次こそは絶対にお前に勝つ!!」
「望むところです!」
ライバルらしく睨み合って、それからふたり同時に吹き出した。
なんの嘘もない本当の笑顔で笑い合えることが、ハリィメルにはうれしくてたまらなかった。
終
***
最初に書き始めたときはラストは子爵との見合い現場にロージスが乗り込んでいって、打ちひしがれているハリィメルへ想いを告げて立ち直らせる王道展開の予定だったんですけど、
「あら?彼一人がそんなカッコつける展開になりますの?」
「彼女の頑張りは私達だって見ていましたのよ?」
「無神経な男ひとりが少々頑張ったくらいで、傷ついた女の子を救えるだなんて考えが甘いんじゃなくて?」
とクラスメイト達がぶーぶー言うのでこういうラストになりました。
ロージスによって連れ戻されるのではなく、ハリィメル自身が自らの意思で学園に復帰して自分からクラスメイト達に「助けて」「手伝って」と言えたので、こっちの方がよかったなあと思います。
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