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第56話
しおりを挟む扉を開けたハリィメルの前には、いたずらに成功したような表情のロージスが立っていた。その背後で、姉が笑顔で手を振って階下に降りていくのが見えた。
「よう、ハリィメル」
「……なんなんですか、いったい」
ハリィメルは目をすがめてロージスを睨みつけた。
「言っただろ? 俺はお前に婚約を申し込むって」
にやりと笑ってそう言われ、ハリィメルはカッとなって怒鳴った。
「ふざけないでくださいっ! そんな馬鹿なことあるわけがないでしょう!」
だが、ロージスは怯むことなくハリィメルの顔を覗き込んでくる。
「あるわけがないと思うか?」
「お……思うに決まっているじゃないですか」
だいいちに、身分が違う。ロージスの周りの人間が、そんな縁組みは許さないだろう。
「女性の社会進出が進んでいる昨今、家柄よりも本人の能力を重視すべしという意見も強くなってきているんだぜ」
ロージスはにやっと不敵に笑った。
「俺の父親にハリィメルのことを説明したら、ちゃんと納得してくれたよ」
「う、嘘です。そんなことあるわけがない……」
コリッド公爵が大事な息子の嫁に、会ったこともない男爵家の娘など選ぶはずがない。
「くだらないでまかせで私をだまそうとしたって……」
「でまかせじゃねえよ。クラスのみんなに協力してもらったんだから」
「はい?」
怪訝な顔をするハリィメルの前で、ロージスは得意げに胸を張った。
「みんなを我が家に招待して、父上の執務室で口々に『ハリィメル・レミントンをオススメする理由』を語ってもらったんだ」
「は……あ?」
ハリィメルは目を点にした。
ロージスが語るには、執務中の公爵の前で「レミントンさんは真面目で努力家です!」「お堅いので浮気もしません!」と熱く主張する者もいれば、公爵の肩に手を置いて「今なら優秀な嫁が手に入りますのよ……?」「みすみす他家に渡すおつもり……?」と甘くささやく者、「掘り出しものでっせ!」「今だけお買い得!」と購買意欲を煽る者、「レミントン嬢の成績と生活態度から推測する侯爵夫人となった場合に公爵が得る利益予想」という謎のデータをプレゼンする者もいたそうだ。
「騒ぎを聞きつけて駆けつけた母上と侍女頭が執務室の前で腹を抱えて笑い死にしそうになっていた」
「なにやっているんですか……」
ロージスもだが、クラスメイト達も何故そんななんの益にもならないことを、とハリィメルは呆れかえった。
「それだけ、お前がみんなから認められているってことだよ」
ロージスが言う。
「みんな、お前がどれだけ努力してきたか、ちゃんとわかっている」
ハリィメルはひゅっと息をのんだ。
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