55 / 62
第55話
しおりを挟むハリィメルは一日中ぐったりと寝台の中にいる自分を、心のどこかで冷静にとらえている。
なにをしているんだ。こんな風に無気力になっていたって事態は好転しない。起きて、しっかり食事をして、立ち上がらなければ。
そうは思うのだが、どうにも体に力が入らなくて、結局はぐったりしたまま時間だけが過ぎていく。
学校から逃げ出したあの日から、もう一週間以上経つ。
時折、母や姉がなにか言っている気がするのだが、聞くことを耳が拒否しているのか、内容が理解できない。
(……起きてどうするの? もう、なにもやりたいことなんかないのに)
起きなきゃという想いと、ずっと眠っていたいという想いが、交互に浮かんでくる。
自分でもどうすればいいかわからないまま、ハリィメルは動けずにいる。
ふと、ノックの音が耳に届いた。
誰かが部屋の前に立っている。
「ハリィメル、起きてる?」
姉の声が聞こえた。今日も家にきていたらしい。
「あのね、ハリィメルがお嫁に行く家が決まりそうよ」
ハリィメルはとっさに耳をふさごうとした。そんなもの聞きたくない。
だが、次に聞こえた声に動作がぴたりと止まった。
「いやあ、夫人と姉君に認めてもらえてよかったですよ」
聞き慣れた男の声。
(――コリッド公爵令息?)
聞き間違いだろうか、と思う間もなく「ハリィメル、俺だ。ロージスだ」と呼びかけられて、ハリィメルは混乱した。
(なにしにきたのよ?)
もうハリィメルに用などないはずだ。ハリィメルが学校から去って、ロージスの邪魔をする者はもういないのだから。
しかし、ロージスは続いて信じられない言葉を発した。
「ハリィメル、俺はお前を婚約者にすることにした。今日はそれを告げにきたんだ」
ハリィメルは思わず寝台から跳ね起きていた。
(――は?)
ずっと働いていなかった頭が、突然の刺激を受けてめちゃくちゃに動き出す。
婚約者? 誰が、誰の?
「もう、ハリィメルったら。学校で恋人ができたのなら教えてくれればよかったのに」
混乱するハリィメルを余所に、姉のはしゃぐ声が聞こえてくる。
「図書室で毎日ふたりの時間を過ごしていたんですって?」
「ええ。ハリィメルは恥ずかしがり屋で、みんなが見ている教室で話しかけると冷たくされちゃうんですよ」
「まあ! 公爵家の方に冷たくするだなんて、いけない子ね」
「まあ、そういうところも可愛いんで」
「きゃあ! 私の方が照れちゃうわ」
信じがたい会話が扉の向こうで交わされている。
なんなんだ。なんなんだ、これは。
ハリィメルは頭を抱えた。
「じゃあ、ハリィメル。お前はゆっくり休めよ。お前がいない間に、俺がしっかり学校中に『ロージス・コリッドはハリィメル・レミントンに婚約を申し込んでいる』と広めておくから」
あまりにもたちの悪い冗談に、ハリィメルは寝台から飛び出して部屋の扉を開けていた。
2,049
お気に入りに追加
2,995
あなたにおすすめの小説
妹に魅了された婚約者の王太子に顔を斬られ追放された公爵令嬢は辺境でスローライフを楽しむ。
克全
恋愛
「カクヨム」と「小説家になろう」にも投稿しています。
マクリントック公爵家の長女カチュアは、婚約者だった王太子に斬られ、顔に醜い傷を受けてしまった。王妃の座を狙う妹が王太子を魅了して操っていたのだ。カチュアは顔の傷を治してももらえず、身一つで辺境に追放されてしまった。
【完結】内緒で死ぬことにした〜いつかは思い出してくださいわたしがここにいた事を、なぜわたしは生まれ変わったの?〜
たろ
恋愛
この話は
『内緒で死ぬことにした 〜いつかは思い出してくださいわたしがここにいた事を〜』
の続編です。
アイシャが亡くなった後、リサはルビラ王国の公爵の息子であるハイド・レオンバルドと結婚した。
そして、アイシャを産んだ。
父であるカイザも、リサとハイドも、アイシャが前世のそのままの姿で転生して、自分たちの娘として生まれてきたことを知っていた。
ただアイシャには昔の記憶がない。
だからそのことは触れず、新しいアイシャとして慈しみ愛情を与えて育ててきた。
アイシャが家族に似ていない、自分は一体誰の子供なのだろうと悩んでいることも知らない。
親戚にあたる王子や妹に、意地悪を言われていることも両親は気が付いていない。
アイシャの心は、少しずつ壊れていくことに……
明るく振る舞っているとは知らずに可愛いアイシャを心から愛している両親と祖父。
アイシャを助け出して心を救ってくれるのは誰?
◆ ◆ ◆
今回もまた辛く悲しい話しが出てきます。
無理!またなんで!
と思われるかもしれませんが、アイシャは必ず幸せになります。
もし読んでもいいなと思う方のみ、読んで頂けたら嬉しいです。
多分かなりイライラします。
すみません、よろしくお願いします
★内緒で死ぬことにした の最終話
キリアン君15歳から14歳
アイシャ11歳から10歳
に変更しました。
申し訳ありません。
溺愛最強 ~気づいたらゲームの世界に生息していましたが、悪役令嬢でもなければ断罪もされないので、とにかく楽しむことにしました~
夏笆(なつは)
恋愛
「おねえしゃま。こえ、すっごくおいしいでし!」
弟のその言葉は、晴天の霹靂。
アギルレ公爵家の長女であるレオカディアは、その瞬間、今自分が生きる世界が前世で楽しんだゲーム「エトワールの称号」であることを知った。
しかし、自分は王子エルミニオの婚約者ではあるものの、このゲームには悪役令嬢という役柄は存在せず、断罪も無いので、攻略対象とはなるべく接触せず、穏便に生きて行けば大丈夫と、生きることを楽しむことに決める。
醤油が欲しい、うにが食べたい。
レオカディアが何か「おねだり」するたびに、アギルレ領は、周りの領をも巻き込んで豊かになっていく。
既にゲームとは違う展開になっている人間関係、その学院で、ゲームのヒロインは前世の記憶通りに攻略を開始するのだが・・・・・?
小説家になろうにも掲載しています。
幼い頃に魔境に捨てたくせに、今更戻れと言われて戻るはずがないでしょ!
克全
恋愛
「カクヨム」と「小説家になろう」にも投稿しています。
ニルラル公爵の令嬢カチュアは、僅か3才の時に大魔境に捨てられた。ニルラル公爵を誑かした悪女、ビエンナの仕業だった。普通なら獣に喰われて死にはずなのだが、カチュアは大陸一の強国ミルバル皇国の次期聖女で、聖獣に護られ生きていた。一方の皇国では、次期聖女を見つけることができず、当代の聖女も役目の負担で病み衰え、次期聖女発見に皇国の存亡がかかっていた。
婚約者を譲れと姉に「お願い」されました。代わりに軍人侯爵との結婚を押し付けられましたが、私は形だけの妻のようです。
ナナカ
恋愛
メリオス伯爵の次女エレナは、幼い頃から姉アルチーナに振り回されてきた。そんな姉に婚約者ロエルを譲れと言われる。さらに自分の代わりに結婚しろとまで言い出した。結婚相手は貴族たちが成り上がりと侮蔑する軍人侯爵。伯爵家との縁組が目的だからか、エレナに入れ替わった結婚も承諾する。
こうして、ほとんど顔を合わせることない別居生活が始まった。冷め切った関係になるかと思われたが、年の離れた侯爵はエレナに丁寧に接してくれるし、意外に優しい人。エレナも数少ない会話の機会が楽しみになっていく。
(本編、番外編、完結しました)
悪役令嬢は処刑されないように家出しました。
克全
恋愛
「アルファポリス」と「小説家になろう」にも投稿しています。
サンディランズ公爵家令嬢ルシアは毎夜悪夢にうなされた。婚約者のダニエル王太子に裏切られて処刑される夢。実の兄ディビッドが聖女マルティナを愛するあまり、歓心を買うために自分を処刑する夢。兄の友人である次期左将軍マルティンや次期右将軍ディエゴまでが、聖女マルティナを巡って私を陥れて処刑する。どれほど努力し、どれほど正直に生き、どれほど関係を断とうとしても処刑されるのだ。
悪役令嬢は断罪イベントから逃げ出してのんびり暮らしたい
花見 有
恋愛
乙女ゲームの断罪エンドしかない悪役令嬢リスティアに転生してしまった。どうにか断罪イベントを回避すべく努力したが、それも無駄でどうやら断罪イベントは決行される模様。
仕方がないので最終手段として断罪イベントから逃げ出します!
前世の記憶が蘇ったので、身を引いてのんびり過ごすことにします
柚木ゆず
恋愛
※明日(3月6日)より、もうひとつのエピローグと番外編の投稿を始めさせていただきます。
我が儘で強引で性格が非常に悪い、筆頭侯爵家の嫡男アルノー。そんな彼を伯爵令嬢エレーヌは『ブレずに力強く引っ張ってくださる自信に満ちた方』と狂信的に愛し、アルノーが自ら選んだ5人の婚約者候補の1人として、アルノーに選んでもらえるよう3年間必死に自分を磨き続けていました。
けれどある日無理がたたり、倒れて後頭部を打ったことで前世の記憶が覚醒。それによって冷静に物事を見られるようになり、ようやくアルノーは滅茶苦茶な人間だと気付いたのでした。
「オレの婚約者候補になれと言ってきて、それを光栄に思えだとか……。倒れたのに心配をしてくださらないどころか、異常が残っていたら候補者から脱落させると言い出すとか……。そんな方に夢中になっていただなんて、私はなんて愚かなのかしら」
そのためエレーヌは即座に、候補者を辞退。その出来事が切っ掛けとなって、エレーヌの人生は明るいものへと変化してゆくことになるのでした。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる