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第54話
しおりを挟む「それで、ジョナサン様とそちらのお嬢さんは本日はどのようなご用件で?」
メイドが運んできた紅茶に口をつけて、マリーエルが尋ねる。
「謝罪と見舞金はいただいたわ。これ以上に騒ぎを大きくするのはハリィメルが望まないの」
「ええ。寛大なお心で許していただきましたが、僕らのせいでハリィメルさんが学校を辞めなくてはならないのは心苦しいのです」
ジョナサンが話し出す。
「テストで十位以内に入らないと学校を辞めさせられて、無理やり結婚させられると聞きました。僕らに口出しする権利はありませんが、どうか考え直してはいただけませんか」
「私が川に落としたせいで、テストの日に熱を出していたのですよね? そのせいでテスト結果が悪くて、お嬢様は悲しみで伏せっていると聞きました! 結果が悪かったのは私のせいで、お嬢様には非はひとつもありません!」
だからどうか、今回の結果で学校を辞めさせないでくれ。とふたりが訴えると、マリーエルの隣に座る母が顔を覆って泣き出した。
ロージスはテストの日に、ハリィメルが肩を震わせて訴えていた姿を思い出した。テストを受けないと。十位以内に入らないと。途切れ途切れにそう漏らしていたのを確かに聞いた。
「母が学校を辞めなくていい、結婚はしなくてもいい、といくら言っても、妹は信じてくれないのです。すっかり心を閉ざしてしまって」
マリーエルがふうと溜め息を吐いた。
「全部私のせいだわ……あの子はもう私がなにを言っても聞いてくれないの」
「母だけではなく私も、妹からは敵だと思われているようです。これまでの行いが返ってきたのですわ」
マリーエルは母に頼まれてハリィメルと話すために実家を訪れたのだが、優しく語りかけても厳しく叱りつけてもなんの反応もなかった。
「母も私も、自分が結婚して幸せになったからといって、あの子にもそれを強要していたのです。あの子は、私と違って幼い頃からしっかりしていて、殿方に守られることに満足する性質ではなかったというのに」
マリーエルは自嘲気味に呟いた。
「自立できるあの子に嫉妬していたのかもしれません。私にはできないことができるあの子に」
「……では、おふたりはハリィメルさんを退学させるつもりはないんですね?」
ロージスは身を乗り出して念を押した。
「ええ。でも、ハリィメルは信じてくれなくて……自分の殻に閉じこもって私達の声が聞こえていないのかもしれません」
なるほど、とロージスは首をひねった。
母にはもう結婚を押しつける気も退学させるつもりもない。
けれど、自暴自棄になったハリィメルが誰の言葉にも耳を貸さずに自分の殻に閉じこもっている。
それだけ傷ついたということだろう。あのしっかり者の才女の心が。皆でよってたかって傷つけてしまった。
(俺もハリィメルを傷つけた……取り柄も夢もなくしたと思い込ませてしまった)
取り柄も夢も失ったと思っているハリィメルに、もう一度、自分の持つ可能性を信じさせてやらなければならない。
お前のこれまでの努力は無駄じゃない。お前にはちゃんと価値があると伝えなければ。
「……俺に協力してもらいたいんだが」
考えた末に、ロージスはそう切り出した。
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