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第52話
しおりを挟む初めて来る家を訪れた少女達は緊張の面持ちで呼び鈴を鳴らした。
「……はい」
「あの、私達、ハリィメルさんと同じクラスで」
メイドに要件を告げると、少しの間を置いて応接間に通された。
「ごめんなさいね。せっかくきてもらったのに、ハリィメルはまだ具合が悪くて……」
悲痛な面持ちで現れた男爵夫人――ハリィメルの母に、少女達は首を振る。
「いえ、私達はこれを届けにきただけなので」
「ハリィメルさんが休んでいる間のノートです」
「ハリィメルさん、いつも勉強頑張っていたから……今回のテストは風邪をひいていたせいだって皆わかっていますから」
ノートを受け取ったハリィメルの母は、考え込むようにじっとノートをみつめた。
「ハリィメルは……学校ではどんなふうに過ごしていたのかしら」
「うーん……勉強している姿しか見たことがないですね」
「本当に。あんなにも集中できるだなんて感心します」
「入学から一位をとり続けるなんて、生半可じゃできないって、先生方も一目置いていましたよ」
ハリィメルの勉強熱心さを口々に褒める少女達に、母は陰のある笑い方をした。
「そう……そんなに頑張っていたのね」
少女達が帰った後、母はノートを手にハリィメルの部屋の前に立った。軽くノックをして声をかける。
「ハリィメル。お友達が授業のノートを持ってきてくれたわよ」
返事はない。
熱が下がって登校したあの日、学校が終わる時間より遥かに早く泣きながら帰ってきた娘は、そのまま自室に閉じこもってしまった。
呼びかけても返事がなかったので鍵を開けて踏み込むと、娘は床に座り込んでいた。
「ハリィメル、どうしたの?」
「……」
「返事をしなさい」
「……もう、どうだっていい」
ぽつりとこぼれた声には、なんの感情も宿っていなかった。
「なにがあったの?」
「どうだっていいのよ、私なんて……母さんには、最初からどうでもよかったんでしょうけど」
「なっ、なにを言うの?」
大事な娘のことをどうでもいいなんて思っているわけがないだろう。そう反論しようとしたが、その前にハリィメルが両の拳で床を叩いた。
「さっさと退学手続きしてきたら? お望みどおりに、後妻でも成金でも好色爺でも、いますぐにもらってくれるっていう相手に私を送りつければいいじゃない! それが母さんの理想なんでしょ!?」
あまりにひどい言いぐさに、母は息をのんだ。
そんな。違うわ。まるで娘を不幸にしようとしているみたいな言い方。誤解よ。そんなつもりじゃなかった。
どれも言葉にならなかった。
それきり、ハリィメルは口を閉ざし、態度も閉ざしてしまい、なだめてもすかしても反応しなくなってしまった。
あの日から三日経つ。水分だけはとっているようだが、食事にはほとんど口をつけない。その前の一週間は高熱でやはり固形物を口にしていなかったのだから、すっかりやつれてしまっている。このまま死んでしまうのではないかと不安でたまらない。
自分はどこで間違えたのだろう。ただ、娘には幸せな結婚をしてもらいたかっただけなのに。
沈黙する扉の前で、母はそっと目尻をぬぐった。
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