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第48話
しおりを挟む馬車から降りると、玄関前に立っていた母が悲鳴を上げてハリィメルに駆け寄ってきた。
「いったいなにがあったの!? どうしてこんなずぶ濡れに……」
「……川に落ちたのよ」
母の悲鳴を聞きつけた使用人が顔を出し、お嬢様の状態を見て慌ててタオルを取りにいく。
「ハリィメルさんはすぐに着替えを。僕から説明します」
ジョナサンが説明すると言って母を抑えてくれたので、任せて家の奥に引っ込んだハリィメルは使用人から受け取ったタオルで髪を拭きながら風呂が沸くのを待った。
川に落とされたことは驚いたし、死ぬかと思ったが、アンジーの今にも泣きそうな顔を思い出すとそれほど腹は立たなかった。
きっと今頃、自分のやったことに怯えて震えているだろう。早くジョナサンを帰してあげたい。
すっかり冷えた体をこすりながら、ロージスはちゃんと風呂に入って温まっただろうかとふと心配になる。
(後で、助けてもらったお礼の手紙を書かないといけないな……)
くしゃみをしながら、そう考えた。
***
帰宅した父に母がジョナサンから聞いた話を伝えたらしく、夕食の席でジョナサンとその幼なじみを訴えるかと尋ねられた。
食欲のなかったハリィメルは父に「厳しい罰は望まない」とだけ告げた。
「だが、川に突き落とされるなど、命の危険があったかもしれないのだぞ?」
「そうですけれど……結婚する気もないのに、ふたりで会っていた私達も軽率だったんです」
よく考えれば、好きな男の子が見合い相手と何度も会っていたりしたら彼女が不安になって当然だ。ジョナサンもハリィメルもまったくの無神経だった。
大騒ぎをしてジョナサンとアンジーの未来を閉ざすのは嫌だったので、ハリィメルは大きな問題にしないように父に頼んだ。
それになにより、先ほどからどうもぞくぞくと寒気がして気分が悪くなってきた。早く部屋に戻りたい。
「ハリィメルがそれでよいなら、かまわないが」
「では、私は部屋に戻ります。あ、あの、私を助けてくださったコリッド公爵令息にお礼の手紙を書いたので、なにかお礼の品と一緒に届けておいてください」
父が納得してくれたので、ハリィメルはそそくさと席を立った。
立つと視界がくらぁっと揺れる。体もだるくなってきた。これは夜中に熱が出るだろうな、と憂鬱になりながらも、なんとかロージスへのお礼の手配を頼み、早く部屋に戻ろうと歩き出す。
だが、食堂から出る前に母に呼び止められた。
「待ちなさい、ハリィメル。川に落とされたのよ? このまま黙っているなんてできないわ。商家にも厳重に抗議をして……」
ただでさえ夕方の喧嘩で母に苛ついていたのに、具合の悪いところを呼び止められてカッとなった。
「……誰が一番悪いと思っているのよ。無理やり見合いをさせられた結果、商家の跡取りのことが好きな女の子に川に落とされたのよ。次は子爵夫人になりたい女性達から、橋の上から突き落とされるのかしらね?」
冷たい声でそんな言葉をぶつけて、ハリィメルは母に背を向けて食堂を出た。今度は母も呼び止めなかった。
早々にベッドに入ったハリィメルだが、やはり夜半から熱が出た。
次の日、ハリィメルは一日中高熱に苦しみながら、「どうか明日までに熱が下がりますように」と祈っていた。
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