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第45話
しおりを挟む夕暮れの道をとぼとぼと歩きながら、ハリィメルは濡れた目尻をぬぐった。
家を飛び出して闇雲に走り回ってしまい、家から大分離れた川のほとりを行くあてもなくさまよっている自分を滑稽だと思う。
だけど、今は家に帰る気になれなかった。
結局、母はハリィメルのことなどなにも見ていないのだ。学校に入学してから、ハリィメルが一番をとり続けるためにしてきた努力も、母には見えていなかった――いや、見えていても、母にとっては花嫁修業以外の努力など努力とは認められないのだろう。
母が思い描く幸せのための努力以外は、すべて無駄な行いなのだ。ハリィメルがハリィメルの人生のために打ち込む努力もすべて。
日が沈みかけて、少し風が冷たくなってきた。
テストの前々日にこんなところをうろついて、風邪でもひいたら目も当てられない。早く帰って勉強しなければ、と思うが、帰ったらまた母に怒りをぶつけてしまう気がする。そして、母はその怒りを理解しない。
肩を落として大きな溜め息を吐いた時、向こうの通りから「ハリィメルさん?」と驚く声が聞こえた。
顔を上げてそちらに目をやると、商会の従業員らしき男性を連れているジョナサンが足を止めてハリィメルを見ていた。彼は伴の者に断ると、道を渡って駆け寄ってくる。
「こんなところでどうしたの?」
「えっと……」
涙の跡が残る顔をばっちり見られてしまい、ハリィメルはなんと説明しようか迷った。
くだらない――ハリィメルにとっては死活問題だが――親子喧嘩だと言えば追及されないだろうか。
ハリィメルが言いよどむと、ジョナサンはすぐに明るい声で「もうじき暗くなるから家まで送るよ」と言って微笑んだ。
「いえ、それは……」
ジョナサンに送ってもらったところなどを見られたら、また母がなにか勝手な思い込みをしそうだ。
「大丈夫です。ひとりで帰れますので」
「でも……」
ハリィメルが断ってジョナサンに別れを告げようとした時、聞き覚えのない金切り声が響いた。
「ジョナサンっ!!」
いつの間にか、近くにハリィメルと同じ年くらいの少女が立っていて、涙目でこちらを睨んでいた。
「ア、 アンジー、どうしたの?」
ジョナサンは少女を見てぎょっとしたように目を見開いた。知り合いらしい。
(もしかして、ジョナサンの好きな子って……)
ハリィメルはアンジーと呼ばれた少女をまじまじと見た。涙をこらえてこちらを睨む姿もどこか愛らしいと感じる可愛い女の子だ。
「ジョナサンが、お見合いした相手と何度も会っているって……本当だったのね! こんな女のどこがいいの!?」
「え? ……ご、誤解だよ!」
アンジーが勘違いしているのだと気づいて、ジョナサンは慌てて説明しようとした。
だが、アンジーはよほど頭にきているのか、駆け寄ってきたジョナサンを避けてハリィメルめがけて突進してきた。
「ジョナサンに近づかないで!!」
「えっ……」
怒りのままに手を伸ばしてきたアンジーに突き飛ばされ、後ろに倒れたハリィメルは水音を立てて川に落ちた。
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