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第31話
しおりを挟む夏休暇に入り、ロージスと顔を合わせない日々が訪れた。
ハリィメルは誰にも邪魔されずに朝から晩まで勉強していたかったが、勝手に決められた商家の跡継ぎとの見合いに赴かねばならず大いに不満だった。時間の無駄以外の何者でもない。
顔を合わせるだけですぐに帰ってくると心に決めたハリィメルに、母は相変わらずぎゃあぎゃあとうるさかった。
「少しぐらいおしゃれしなさい! そんな態度じゃ男の子に嫌われるわよ!」
一応は新品のワンピースを着ているものの、髪型はいつもと同じく真ん中で二つに分けて肩の位置でゆるく結っているだけで、アクセサリーもつけていないハリィメルに、母はこれみよがしに溜め息を吐いた。
「ほんとにアンタは可愛げがないんだから」
延々と続く母のぼやきをハリィメルはいっさい無視した。
そんなこんなで顔を合わせた見合い相手は、いかにも世慣れていそうな商人然とした父親の隣で居心地悪そうに縮こまっていた。
「ごめんなさいっ!」
後は当人同士でお話ししなさいと双方の親が席を立ち、その姿が見えなくなった途端に商家の跡継ぎは勢いよく頭を下げた。
「え?」
面食らうハリィメルの前で、商家の跡継ぎことジョナサンは顔を真っ赤にして説明した。
曰く、彼には他に好きな子がいて、本人は見合いをするつもりはこれっぽっちもなかった。
だが、元々気が弱い性格もあって、強引な父親にそれを言い出せなかった。肝心の好きな子にも、勇気がなくて告白できずにいる。
「えっと、だから……申し訳ないです」
ひたすら恐縮するジョナサンを見て、ハリィメルもふっと気を緩めた。
「謝らないでください。私も、親に勝手に決められた見合いで気が進まなかったんです」
お互いに断るつもりだったことがわかり、ハリィメルとジョナサンは照れくさそうに笑い合った。
「では、適当に時間を潰して帰りましょう」
「はい。……あっ!」
不意に、ジョナサンはなにかに気づいたように視線をさまよわせた。
「……あの、ハリィメルさん。嫌だったら、断ってくれていいんですけど」
しばしの逡巡の後、ジョナサンはおずおずと切り出した。
この見合いを断ったとしても、おそらくすぐに次の見合い話を持ってこられる。大変申し訳ないが、もう二、三回こうやって会ってもらえないだろうか。
ジョナサンはそう懇願した。
「それは……」
「お願いします! 僕に時間をください!」
新たな見合い話を持ち込まれる前に、好きな子に想いを伝えたいというのだろう。事情はわかるが、初対面の相手のために時間稼ぎにつきあう義理もない。
最初は断ろうと思ったハリィメルだったが、ふと考えを改めた。
(……私の方も、母さんはなんだかんだと言いながら別の見合い話を持ってきそうだわ)
「会ってみるだけでいいから」などと言って、結婚しろと言っているわけじゃないと主張する姿が想像できて嫌気がさした。
ジョナサンと会う約束があると言えば、その間はあの母といえど他の見合い話を持ってくることはないだろう。
「……わかりました。次に会う日を決めましょう」
自分にも利はあると判断して、ハリィメルは身を乗り出した。
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