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第23話

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 一晩経っても苛立ちが収まらなかったハリィメルは、いらいらしたまま登校した。
 教室の席についていつものように教科書を広げても、上手く集中できない。そのことにまた苛立ちが増してしまう。

(――もう!)

 唇を噛むハリィメルが落ち着くために一度教科書を閉じようとした時、席の前に人影が立った。

「よう」

 顔を上げると、薄く笑ったロージスがハリィメルを見下ろしていた。

 教室中の視線がこちらに集まるのを感じる。いつもひとりぼっちのガリ勉にみんなの人気者が声をかけたので驚かれているのだろう。

 ハリィメルは挨拶を返さなかった。代わりにロージスを軽く睨みつけてから、また教科書に目を落とした。人前で相手をする気はないという意思表示だ。

「なあ、放課後一緒に出かけないか?」

 ロージスの一言に、教室内がざわっと揺れるのがわかった。
 ハリィメルの胸がすぅっと冷たくなる。
 まだこの茶番を続けるのか。いい加減にしろ。
 昨日は謝らなければと考えていたが、苛立ちが募ってそんな気持ちは吹き飛んでしまった。
ハリィメルは返事をせず、目線も上げなかった。

「今日が無理なら明日でも」
「……」
「放課後、忙しければ昼休みに」
「……」
「じゃあ、休日に図書館で一緒に勉強しないか」
「……」

 なにを言われても返事をせず目も伏せたままでいると、動揺していた教室内の気配に怒りが混じるのを感じた。

「ちょっと、レミントンさん。ロージス様が話しかけているのに、返事もしないとはどういうことなの?」

 クラスの女子の代表的な立ち位置の伯爵令嬢がハリィメルに苦言を呈する。ハリィメルはひとつ溜め息を吐くと、顔を上げて伯爵令嬢に向き合った。

「私とコリッド公爵令息は『人前で話さない』という約束を交わしています」
「は?」
「こちらがその誓約書です」

 ハリィメルは鞄の中に入れっぱなしだった誓約書のうち一枚を取り出して広げてみせた。

「『甲と乙は互いに適切な距離を保ち、第三者の存在する場では会話をしないものとする。甲、もしくは乙が相手に話しかけた場合に、甲、もしくは乙が沈黙でもって応えても道義上の責任は追及しないものとする。』……なんなの、これは!?」
「人前で無視しても許されるという約束です」

 ハリィメルがしれっと言うと、伯爵令嬢は目を丸く見開いてロージスを凝視した。ふざけた書類だが、しっかりとロージスの署名がしてあるのだ。
 教室中からもの問いたげな視線を向けられたロージスは「はは……」と乾いた笑いを漏らした。

「いや、話の流れで……冗談みたいなもんだったんだが」

 ロージスは言い訳めいた口調で言って頭をかいた。
 いったいどんな話の流れでそんな冗談の誓約書を作ったのか、教室中が疑問に思ったが、教師が入ってきたのでそれ以上は追及されなかった。

「なんであんな誓約書を」
「レミントンさんって、なにを考えているかわからないわね」

 皆が席に戻っていく中で、そんな会話が交わされるのが聞こえた。

「遊びに誘ってもいつも断るし」
「休み時間もずっと勉強。勉強以外に楽しみがないのかしら」

 ハリィメルは膝の上でぎゅっと拳を握った。

(誰になんと思われたって、一位を取るんだ。私は)

 昨夜から続く苛立ちを吐き出すこともできぬまま、ハリィメルは自分に強く言い聞かせた。


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