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生徒会主催の茶会は学園の中庭で行われる。
春風の柔らかな気持ちの良い日だ。お茶会日和である。
「はあー……はあー…ふぅーっ」
「殿下、爽やかな茶会に息の荒い変質者が混ざってるっすよ。由々しき事態っす」
「ジャン君。あれはね、自分が酷いことをしてしまった女の子にようやく謝罪が出来るという喜びと極度の緊張で息をするのも難しくなってしまった公爵目フォーゼル科のディオン虫という生き物だよ。もう少し観察してごらん。おもしろい生態が見られるかもしれないよ」
「本当? 殿下先生」
「ほら、テーブルの周りをうろうろし始めたよ」
「うわあ。なんだか気持ち悪いね」
「そうだね。でも、一寸の虫にも五分の魂と言ってね。気持ちが悪いからといって無闇に嫌ってはいけないよ」
「はーい」
王太子と平民が「よい子の昆虫観察ごっこ」をしている横では、公爵令嬢シャルロッテと侯爵令息ナサニエルが客を迎える準備を整えていた。
「そろそろ皆様がいらっしゃる頃ですわね」
「ああ。ディオンもいい加減に落ち着け」
「あ、ああ……」
ディオン虫がテーブルの周りをうろつくのをやめたちょうどその時、招かれた生徒達がやってくるのが見えた。一年生から七年生までの各学年の成績一位の男女だ。
ディオンは誰かがやってくる度にびくびくと大げさな反応をして、怪しいことこの上ない。
やがて他の学園の男女は揃い、残るは四年生の女生徒——アプリコット・クラウンのみとなった。
「ア……アプリコットが……来ない……はあはあ……」
「そりゃ、こんな息の荒い上に目が血走った男が自分を待ちかまえてたら、女の子は怖くて来れないっすよ」
緊張しすぎて顔色が悪くなっているディオンに、ジャンが苦言を呈する。
またしばらく待って、お茶会の始まる時間ぎりぎりに数人の少女達が中庭に入ってきた。
「ほほほほ。皆様、お騒がせしてしまって申し訳ございません」
タチアナがぱちん、と指を鳴らすと、後ろの少女達が抱えた荷物を下ろした。
縄でぐるぐる巻きにして猿ぐつわをかまされた少女——アプリコットだ。
「緊張しすぎて足が動かないと言うので、わたくし達がここまで付き添ってきましたの。後はお任せいたしますわ」
タチアナはそう言って踵を返した。
「ただし! お茶会の間、貸すだけですわよ! 後できちんと返してくださいまし! おほほほほほ!」
高笑いと共に、他の少女達を引き連れてアプリコットを置いて去っていくタチアナ。
「どうしましょう。わたくし、あの方大好きですわ」
「奇遇だなシャルロッテ。私もだ」
一瞬の登場で王太子とその婚約者の心を虜にする伯爵令嬢タチアナ・ニキーチナ。ただ者ではない。
ディオンはぐるぐる巻きにされたアプリコットを見下ろした。涙目で「ふむー! ふむー!」と唸っている。
「アプリコット……」
ディオンの胸に何とも言えない感慨が去来した。
ずっと謝りたいと思っていた。
しかし、アプリコットに近づこうとすれば彼女のクラスメイト達からドングリを投げつけられたり、アプリコットだと思って声をかけようとしたら「愚かな!影武者だ!」と全然別人がアプリコットの振りをしていたり、アプリコットを見かけた気がして振り返れば突然現れた生徒数名に取り囲まれてぐるぐる走り回られ「馬鹿め!残像だ!」と言われたり、帰宅するアプリコットを追いかけようとすれば複数の生徒に四方八方からドングリを投げつけられる。
——やたらとドングリを投げつけてくるのはなんでだ? 森に帰れとでも言いたいのか。
そんな日々を繰り返してきた。
だが、今、目の前にアプリコットがいる。
「アプリコット……ようやく会えたなあ……はあ、はあ」
ディオンはじりじりとアプリコットににじり寄った。
「ストップ! ディオン様、ストップ!」
「ちょっとお待ちを! まずはアプリコットさんの縄を解いてからでないと絵づらが完全にやばいです!」
「手をわきわきさせるのやめてください!どんなに頑張って見ても変質者にしか見えません!」
ゲスト達がアプリコットとディオンの間に割り込み、彼女の縄を外してやる。
「うう……おぇ」
「大丈夫? アプリコットさん」
「はい……」
アプリコットはよろよろしながらも自力で立ち上がった。
「積もる話のある者もいるだろうが、まずは皆、席に着いてくれ。茶会を始めよう」
エドワードが開始の言葉を告げ、お茶会が始まった。
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