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 今から八年前、フォーゼル公爵家の嫡男であるディオンが十歳の時のことだ。

 普段は領地で過ごしているディオンだったが、ある時、父である公爵に王都へ行く用事が出来た。
 公爵は「丁度いいから息子に王都を見せよう」とディオンを一緒に連れて行くことにした。

 貴族の子弟は十二歳になったら王都の学園に通うことになるため、少しでも王都の雰囲気に慣れさせておこうと思ったのだ。

 父子は二週間ほど、王都のタウンハウスで過ごした。

 昼間、父は仕事に出かけていない。滞在三日目にはタウンハウスに飽きたディオンは街へ遊びに出かけることにした。
 やんちゃな少年だったディオンは護衛が止めるのも聞かず、平民の居住地区にまで足を踏み入れた。

 そこで、道の端にうずくまって泣いている子供をみつけた。

「おい、なんで泣いてるんだ?」

 声をかけると、子供はびくっと震えて顔を上げた。
 まん丸い目をぱちりと見開いた平民の子供は、一目見て貴族とわかる格好のディオンを見て驚いていた。

 ディオンより三つ四つ年下だと思われる小さな子供は、ぼさぼさの短い黒髪に焦げ茶色の丸い目、粗末なシャツと継ぎの当たったズボンをはいていてあまり裕福な家の子供には見えない。

「お前、名前は?」

 ディオンが居丈高に問うと、子供はびくびくと震えながら答えた。

「……ぇぁぷりー、こっと……」

 小さな声で聞き取りづらかったが、ディオンは聞き返さなかった。

「エイブリー・コットか!よし、お前を俺の子分にしてやる!」

 自分より年上の男の子にいじめられて泣いていたという気弱な子分を案じたディオンは、それから毎日平民居住区にやってきてエイブリーを構った。最初はびくびくしていたエイブリーも、すぐにディオンに懐いて笑うようになった。
 まるで兄弟のように仲良くなった二人だったが、時間はあっという間にすぎて、ディオンが領地に帰る日がやってきた。

「もうディオンに会えないの……?」

 帰ることを告げると、エイブリーはぽろぽろ涙をこぼした。

「泣くな!エイブリー」
「だって……」
「俺は二年後には学園に入学する!そしたらまた会える!」

 ディオンはエイブリーの肩を叩いて言った。

「いいか、エイブリー!お前も学園に入れ!」
「無理だよぉ……貴族様が通う学園に入れるわけないじゃん」
「いいや、平民でもテストを受けて合格すれば学園には通えるんだ!しかも、特待生になれば学費は一切かからない!」

 ディオンは拳を握って力説した。

「だから、たくさん勉強して学園に入るんだ!お前なら出来る!学園に入れたら、また俺の子分にしてやる!」
「ほんと……?」
「ああ!約束だ!」

 友との誓い——
 幼いながらも真剣だったディオンは、エイブリーが必ず学園に入学すると信じていた。

 二年後、予定通り学園に入学したディオンは、休日などに平民居住区を訪ねてはエイブリーを探した。
 しかし、エイブリーはどこにも見つからなかった。
 二年も経っているんだから相手は忘れちまったんだろうと周りの者に慰められても、ディオンはエイブリーを信じていた。

 そして三年前、三つ年下たっだエイブリーが十二になるはずの年の九月、ディオンは校門前に立ちエイブリーが姿を現すのを待っていた。
 仁王立ちする公爵家嫡男に登校してきた貴族の子弟は何事かと怯えていたが、そんなもんはどうでもいい。ディオンは可愛い弟分であり親友である少年を見つけるために必死だった。

 そこへ、一人の少女が通りかかった。
 真新しい制服に身を包んだ少女は、校門前で目をぎらぎらさせて新入生を睨んでいる不審者を見て「あっ」と叫んだ。


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