死に戻りの公爵令嬢は嫌われ者の下僕になりたい

荒瀬ヤヒロ

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第82話 ルナマリア②

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「……そうだ、みんな……」

 一緒に育った仲間達のことを思い出した私は、おぼつかない足取りで孤児院を目指した。
 もしかしたら、そこにハンスもいるかもしれない。私が父さんと母さんに引き取られる前は、いつも孤児院に会いに来てくれていたから。

 そうよ。孤児院に行けばきっと、ハンスも、トマスも、ジムも、ポーラも、マリーも、きっとみんないつものように笑っているはず。

 そう信じて、私は人気のない通りを駆けた。

 ようやくたどり着いた孤児院の前には、兵士のような人が立っていて、近寄る私を押しとどめた。

「こら。ここに近寄ってはいけない。中には入れないんだ」
「どうして? ここは孤児院よ。私も昔、ここに住んでいたの。先生やみんなに会いにきたのよ」

 兵士に押さえつけられて私はもがいた。孤児院の扉はしっかりと閉ざされている。

「とにかく、今日は帰るんだ」
「どうしてよ!」

 抵抗したけれど、無理やり押し出されてしまい、私は道にひざをついた。

「ルナちゃん!」

 顔見知りの老夫婦が駆けてきて、私を助け起こしてくれた。

「どうして、孤児院に入れないの?」
「あのね……孤児院には、熱病で亡くなった人を安置しているんだよ。埋葬が間に合わなくてね」

 私はぎょっと目を見開いた。

「じゃ、じゃあ、みんなはどこにいるの!?」
「それが……孤児院の子は、みんな、熱病に……」

 私は耳をふさいだ。
 嘘よ。嘘よ。そんなの嘘。

 首を横に振る私の耳を、老夫婦の言葉が通り過ぎていく。

「こんなに死者が出ているのに、国はなにもしてくれない……」
「平民が貴族街に病を持ち込まないように、道を封鎖しているって話だよ」
「体力のない幼い子供から死んでいってるというのに……」
「せめて薬があれば……」

 薬。そうだ。薬。

「孤児院には、薬があったはず……」

 昔は私も住んでいたから知っている。冬に入る前に、コカナの葉を刻んで乾燥させて保管してあるはずだ。
 だが、老夫婦は悲痛な表情で首を振った。

「貴族の連中が薬を買い占めて」
「孤児院や宿屋で保管されている薬も徴集されたって」
「そんな……どうして……」
「王妃様が体の弱い第二王子のために薬を買いあさっているって噂だったね」
「王族が率先して薬を集めているのだから、貴族が同じことをしても誰も取り締まらなかったんだ」

 王族……貴族……
 そいつらのせいで、みんな助からなかったの?
 そんな奴らのせいで……

 お腹の中からなにか熱い塊がせり上がってくるような感覚がした。

 老夫婦に励まされて、ふらふらと歩き出した私は、孤児院の前に停まった馬車に気づいて足を止めた。

「馬車……貴族……」

 なにやらもめるような声の後で、蒼白な顔の男性が孤児院の門から出てきた。

「そんな……なんてことだ」

 ぶつぶつ呟く男の身なりは小綺麗で、明らかに平民には見えなかった。
 貴族だ。
 あいつ……あいつが、あいつのせいで、

「うわああああっ!」

 泣き叫びながら男に向かっていった私は、御者らしき男に突き飛ばされて地面に転がった。

「君、大丈夫か」

 小綺麗な男が近寄ってきて手を差し出してきた。

「さわらないでっ!!」

 私はその手を振り払って叫んだ。
 その瞬間、私の体の周りで火花が散った。バチバチ、バチバチ、と。私の怒りに呼応するように、青い火花がほとばしった。
 が、怒りで我を忘れた私はそのことに気づかなかった。

「全部あんた達のせいよ! みんなを返して! 父さんも母さんも、ハンスもっ……トマスもジムもポーラも、マリーもっ……!」
「……マリー? マリーを知っているのか?」

 小綺麗な男が血相を変えて私の肩を掴んだ。
 火花をものともせずに手を伸ばしてきた男は、手の甲が灼けるのも高価そうな服が焦げるのもかまわずに言った。

「聞いてくれ。私はムーン男爵……マリーの父親だ」



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