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第81話 ルナマリア①
しおりを挟む苦しい。熱い。寒い。
意識が朦朧とする日が何日間も続き、ようやくはっきり目を覚ました時、私の幸せな人生は終わっていた。
「父さん……母さん……?」
やけに静かな家の中、呼んでも声は帰ってこなくて、私は力の入らない体を無理やり起こして寝台から降りた。
「どこにいるの……?」
狭い家だ。母さんはすぐにみつかった。
「母さんっ……!」
台所の床に倒れていた母さんは、ひゅーひゅーと細い息をしてぐったりとしていた。抱え起こすと、煮えた鍋でも抱え込んだように熱かった。
どうしよう。父さんは? 父さんはどこにいるの?
母さんを床に寝かせて、私は外へ走り出た。
普段はにぎやかな通りが、人の姿もなく家々の戸も閉ざされている。
私は仲の良い隣家のおかみさんに助けを求めようと、必死に戸を叩いた。
「あっ。ルナちゃん、あんた助かったのかい?」
おかみさんは私を見て目を丸くした。
「おばさん、母さんがたいへんなのっ」
「ああ……そうかい。やっぱりダリアさんも……」
おかみさんは言葉尻を濁した。
おかみさんに手伝ってもらって母さんを寝台に運んだ私は、父さんがどこにいるか知らないかと尋ねた。
すると、おかみさんは悲痛な顔で私の手を握った。
「落ち着いて聞いてね。あんたが寝込んだ後、ダリアさんも同じ病にかかったんだ。それで、旦那さんは薬を手に入れるために辺境へ向かって、その道中で野盗に襲われて――」
私は足元から冷たい空気がじわじわと昇ってくるような気がした。
そんなの嘘。なにかの間違いだわ。
だけど、暗くなっても父さんは帰ってこなくて、母さんも目を覚まさなかった。
私は一晩中、母さんの枕元で祈っていた。
それなのに、母さんの息はどんどん弱くなっていって……
朝が来る前に、母さんは息を引き取った。
赤ん坊の頃から孤児院で育った私を引き取ってくれた父さんと母さん。
血は繋がっていないけれど、私にとっても優しくしてくれた。
そんなふたりが、どうして……
私はふらふらと家を出て、ハンスの家に向かった。
大好きなハンス。今すぐハンスの胸に飛び込みたい。ハンス。ハンス。
やっとの想いでたどり着いたサルツーキ商会は閉まっていて、いつもなら店番をしているはずのハンスの姿もなかった。
「今日も閉まっているのか」
「従業員も商会主の一家も病に倒れたって聞いたぜ」
「ああ。息子は駄目だったらしいな」
「商会でも薬が手に入らないんじゃあ……」
通りすがる人の声が聞こえた。
私はその場に立ち尽くした。
「嘘……嘘よ……」
閉ざされた店の前から、私は長い間動くことができなかった。
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