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第77話 冬の病
しおりを挟む「あれ? ジュリエットは休みなの?」
いつものようにヒューと昼食をとるためにBクラスに向かうと、教室内にジュリエットの姿がなかった。鞄もない。
「ああ。急に辺境に帰ることになって、昨日の午後に発ったそうだ」
「え? ど、どうして……」
ヒューから聞いた内容に、私は目を丸くした。
冬期休暇中、ジュリエットは辺境で過ごしていた。それに、あと二週間もすれば進級前の休暇に入るのに、学園を休んでまで辺境に戻らないといけない急用って……
「なんでも、辺境伯夫人とその母親……ジュリエットの祖母が流感にかかったらしくて」
「なんですって!?」
驚きのあまり、思わずヒューに詰め寄りそうになった。
どうしよう。まさか、もう感染症が広まり始めたの?
「なに慌ててんだよ?」
「いや……ジュリエットが心配で……」
「心配いらねえよ。辺境では毎年冬になると流行るんだって。俺が辺境にいた時も、冬になると流感にかかる奴が多かったよ」
確かに、辺境は王都より寒いから、感染症が流行りやすいのかもしれない。
「辺境伯の屋敷では薬を保管していて、流感が流行ると夫人が先頭に立って薬を配布するんだ。だから、ジュリエットは夫人の代役をするために帰ったんだろうな」
「そうなの……」
領主夫人が領民に施しをするのは当然の行為だ。毎年のことというなら、ジュリエットも慣れているのだろう。
「三月半ばまでは向こうにいるらしいから、次に会えるのは四月だな」
冬期休暇前にテストは終わっているので、二月の授業には出なくても進級に響くことはない。ジュリエット以外にも春まで領地で過ごすという生徒は結構多い。
将来家を出て文官などになって働くためには学園の卒業が必須だけれど、家を継ぐ嫡子は必ずしも学園に通う必要はないし、授業より家の都合を優先するのだ。実際、前回のジュリエットは学園に入学していなかった。
前回のジュリエットも、辺境で感染症が流行れば民に薬を配ったはずだ。
辺境伯領に隣接する子爵領でも同じように薬を保管している可能性が高いし、薬が足りなければ辺境伯に助けを求めたはず。
子爵家の嫡男が病に倒れたのだから、辺境伯が薬を出し惜しみしたとは考えにくい。
これはジョージの命を奪った感染症とは別のものなのかしら?
ヒューは心配ないと言うけれど、不安を消せなかった私は帰宅してすぐにジュリエットに手紙を書いた。
返事が届いたのは二月の末だったけれど、ジュリエットは元気な様子で、文面からは特に深刻な雰囲気は感じられなかった。
それとなくジョージが元気か知らせてほしいと書いておいたので、ジュリエットはわざわざ子爵領に様子を見に行ってくれたらしい。
子爵領でも例年と同様に感染症が流行っているが、よほど悪化しない限り薬で治るから心配いらない。自分もジョージも感染しておらず元気だと手紙は結ばれていた。
薬で治るのなら、前回のジョージがかかったのは別の感染症ということかしら。
いったいどんな病が、いつ、ジョージを襲うのだろう。
前回とはいろいろなことが変わっているから、ジョージが病にかからない未来もあり得るけれど、その一分の望みに賭けてなにもしないわけにはいかない。
「絶対に助けてみせるわ……」
私は心の奥で誓った。
***
――思い出せ。今ならまだ間に合う。
夢の中で、誰かがそう叫んでいた。
「ふう……なんだか最近、妙な夢ばかり見るな」
溜め息を吐きながら、窓の外を眺める。
「旦那様。お手紙が届いております」
「ああ。わかった――ところで、私になにか大事な予定はなかったかな?」
どうにもなにかを忘れているような気がして、執事に尋ねてみるも、特に重要な予定はないとのことだった。
「予定とは違いますが、昨日、門の前に妙な女が来ていたそうですよ。旦那様と会わせろと言っていたとか」
「ほう?」
「粗末な身なりで、どうせ物乞いでしょうが、『ムーン男爵の知り合いだ』とわめいていたそうで」
「私の? ふーむ、心当たりはないな」
執事からそう伝えられたムーン男爵は首をひねった。
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