死に戻りの公爵令嬢は嫌われ者の下僕になりたい

荒瀬ヤヒロ

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第73話 商人の息子

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 夢だか幻だかわからねえもんのためにうだうだ悩んでいる暇はない。
 落ちこぼれの俺が、第一王子と張り合わなきゃならねえんだ。ステラは絶対に渡さない。

 決意を新たに公爵家に帰った俺を、ステラは大歓迎してくれた。
 ただし、どこか表情に陰があるのが気になった。俺のいない間になにかあったのかと尋ねてみたが、「なんでもない」と笑顔で誤魔化すので心配になる。

 男四兄弟で育った俺には、こういう時に女の口にしない悩みを察してやる芸当なんぞあるわけないし、さりげなく聞き出すなんて器用なことをガサツな俺にできるはずがない。
 無理やり聞き出して傷つけるなんてもってのほかで、仕方がなく辺境から帰ってきたばかりのジュリエットに手紙で相談してみた。

 返ってきた内容は、「乙女は野郎に知られたくない秘密を山盛りで抱えているもんよ。聞き出そうなんて考えて余計な真似をするのは絶対駄目よ。そんな男はウザいから。それより、乙女の方から秘密を教えたくなるような頼りがいのある男を目指しなさい」というものだった。

 頼りがいのある男かあ……
 俺ときたら落ちこぼれな上に身分もステラの方が上。実家の親兄弟とは仲が良くなくて、乱暴者だった子供時代が尾を引いていまだにジュリエットやジョージ以外の友達もいない有様だ。

 頼りがい云々以前の問題だな、これ。

 学園でも仲のいい同性の学友とかできていない。第一王子の目の敵にされている俺に近寄ってこられても困るだろうし。

 あ、でも、例の栗の皮むき勝負の後に何人かから声かけられたな。「次のイベントはいつ?」とか。別に勝負の予定はねえし、そもそもイベントじゃねえ。

 でも、ステラは同じクラスの令嬢達と仲良くやっているようだし、俺も友人を作って人脈を広げる必要があるかもな。
 とはいえ、仲のいい貴族なんていないし……

 ステラがワトソニア伯爵令嬢の家に招かれて外出した日、俺はひとりで時間を持て余して街に散策に出かけた。
 そもそも俺に「仲のいい男友達」というもんがいた試しがない。幼い頃はグレイ家と付き合いのある家の子供と交流する機会が何度もあったが、歳の近い子を集めるとみんな、俺よりギャレッドやジオールと仲良くなっちまったし。そんで兄貴達と一緒に俺を馬鹿にしてくるようになるしな。
 まあ、幼くとも貴族の子供なら、凡愚で容姿も華やかじゃない俺よりも、兄貴達と仲良くなった方が得策だと考えるだろうからな。

 そんな風に考えながら街を歩いていた俺は、曲がり角で大荷物を抱えた誰かとぶつかった。

「おわっ」

 ぶつかった拍子にそいつが落とした荷物を、地面に落ちる前にとっさにひっつかんだ。

「わあっ! あ、あ、ありがとうございます!! ひええっ」

 ぶつかった相手――同い年くらいの少年は慌てふためきながら礼を言った。
 くすんだ黄色の髪と人の良さそうな丸顔の、平民の少年だ。

「わ、割れ物が入っていたんで、地面に落ちなくて助かりました~」

 荷物を返してやると、こちらが気の毒になるくらいぺこぺこと頭を下げる。

「な、なにかお礼を……」
「別にいい」
「え、でも」

 こっちもよく見ていなくてぶつかったのだし、気にするなと伝えると、少年はぱちぱちと目を瞬かせた。

「でも、商品だったので、とても助かりました。ありがとうございます」
「商品ってことは、商人の息子か」
「はい! この近くのサルツーキ商会の者です」

 商会……

 俺はきびすを返しかけた足を止め、少年に尋ねた。

「なあ。女の子に贈ったら元気になってもらえるものってあるか?」



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