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第72話 思い出せないなにか
しおりを挟む明日は公爵家へ帰る日だというのに、先日、池に落ちた際に見た幻覚のことが気がかりで、俺はじっとしていられずにひとり街をぶらついていた。
あれは、いったいなんだったのだろう。
俺……だったのだろうか、未来の。
いや、そんな馬鹿な。やはり、夢でも見たんだろう。
自分にそう言い聞かせても、もやもやした気分は晴れないままだ。
こんなんじゃあ、ステラに心配されちまう……
と考えながら歩いていたところを襲撃された。
突如、体当たりしてきた奴に後ろ手を取られ、うろたえた隙に残りのふたりに路地裏に引きずり込まれる。
「……とうとう犯罪に手を染めたか、アンタら」
襲ってきた犯人達を確認して、俺はげんなりと呟いた。第一王子と取り巻きふたり。
今度はどうするつもりだ。以前みたいに俺に暴力を奮われたと騒ぐのか、それとも、邪魔な俺をこのまま葬るつもりか。
「殿下に無礼な口を聞くな、ヒューイット・グレイ!」
「口調を改めてほしけりゃ、まずは自分らの行いを改めていただきたい」
俺はふん、と胸を張った。臆してたまるか。
「ずいぶん偉そうになったもんだ。兄達と比べられて拗ねていただけの餓鬼が、ステラに気に入られて自信が回復したのか」
嘲るように見下ろしてくる第一王子に、俺は精一杯の敵意を込めて視線を向けた。横恋慕してなにかと突っかかってくるのはそっちだ。他のことならともかく、ステラに関してはいくら第一王子だからって、こちらがへりくだってやるいわれはない。
「まあいい。お前に少し聞きたいことがあったんだ」
第一王子はいつものハイテンションが嘘のように静かな目つきで俺を見据えた。
普段との雰囲気の違いに、俺は思わず眉をひそめた。
これだけ真剣な表情で王者の貫禄を見せつけることができるというのに、何故、普段はステラの前であんな我が儘な子供のような態度でいるのだろう。ステラに軽くあしらわれて追い払われても、怒りもせずにちょろちょろと近寄ってくるのは何故だ。
「お前、ステラのそばにいて、ステラを見ていると、不思議な気持ちになることはないか?」
「はあ?」
要領を得ない質問に、俺は顔を歪めて首を傾げた。
「僕はな。ステラと出会った日、一目見た瞬間から、どうしてか彼女をそばに置いて守らなければ、幸せにしなければという気がしてならないんだ」
第一王子はそう言って遠い目をする。
それって、単なる一目惚れじゃないのか?
困惑する俺に向かって、第一王子は一度言葉を飲み込んだ後、はっきりと言った。
「なあ、なにか忘れてるって気がしないか?」
俺はぎくりとした。
脳裏に、あの自分によく似た男の幻がよぎった。
思い出せ。あいつは俺にそう言っていた。
「なに……を……?」
俺の口からかすれた声がこぼれた。
それは幻の男に向けての問いだったのかもしれないが、第一王子は自分への問いかけだと思ったようだ。頭を掻いて溜め息を吐いた。
「それが、まったくわからない。ただ、ステラを見ていると、時々強い焦燥を感じる。笑っていてほしいし、守らなければと強く思う……だから、どんな手を使ってでも、貴様の魔の手からステラを守ってみせる!」
不意に、いつもの調子の第一王子が復活して、俺は目を丸くした。
「……へっ! 上等だ。ステラを守るのは俺だ!」
俺もいつもの調子に戻って宣言した。相手が第一王子だろうが知ったことか。
俺達はぎらぎらと睨み合った末に、ほぼ同時に「ふんっ!」と顔を背けた。
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