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「コニーさん!ひどいです!」
「ん?」

 昼休みに学園の中庭でスケッチしていると、いきなり声をかけられた。

 振り向くと、数人の男女がずらずらと並んでこちらを睨みつけていた。
 その真ん中に立つのはペンゲノ男爵令嬢のアマルダ。このフレイジェン王国王立学園で一番の有名人と言っても過言はない人物だ。

「ペンゲノ様、こんにちは。私に何かご用ですか?」
「とぼけないでください!」

 そう言われても、とコニーは思った。
 彼女とは友人でもないし、なんなら口をきいたのはこれが初めてだ。

「心当たりがないのですが?」
「ひどい!そうやって私のことを馬鹿にして!」
「おい!心優しいアマルダがわざわざ忠告に来てやってるのに、なんだその態度は!」
「まったく、どこまで愚鈍なんでしょう」
「アマルダに謝れ!」

(えーと……私の記憶が確かなら、アマルダ嬢の後ろでぴーちくぱーちく囀っているのは王太子殿下の側近候補である高位の貴族令息達だよね)

 コニーはぽりぽり頭を掻いた。

(まったく意味がわからん。なんで私がアマルダ嬢に謝らねばならんのだ)

「なぜ、私がペンゲノ様に謝らなければならないのでしょう?」

 コニーはスケッチブックを閉じて溜め息を吐きながら尋ねた。

「コニーさん……私は謝ってもらわなくてもいいの。ただ、ギル様を解放してあげて!」

 コニーはアマルダの言葉にびっくり仰天した。

(今、「ギル様」って言った?マジか。この国の王太子殿下だよ?「王太子殿下」って呼ばなきゃ駄目でしょ。百歩譲っても「ギルフォード殿下」だよ)

 いくら学園内では身分の垣根なく、と詠われていても、それは建前に過ぎない。下位貴族は王族と高位貴族に対する敬意を忘れてはならないのだ。

(……まあ、それは置いておくとして、アマルダ嬢が王太子殿下にすり寄っているという噂は本当だったか)

 アマルダ・ペンゲノ男爵令嬢は入学直後から高位貴族の令息方に声をかけて複数の男性とお付き合いをしているともっぱらの噂だった。私と同い年なのによくやるなぁとコニーも思っていたのだが、まさか王太子にも手を出すとは。

(いいぞもっとやれ)

 思わず本音が湧き上がってくるコニーであった。

「そうよ!貴女は汚い手を使って殿下の婚約者に収まったんでしょ!汚らわしい!」
「子爵家程度が本当に王妃になれると思っているの!?身の程知らずもいい加減になさい!」

 シャーロット・ブンデンハイム公爵令嬢とキアラ・パーラント侯爵令嬢が言う。
 彼女達は王太子の婚約者候補の筆頭だった令嬢達だ。
 おそらく、男性陣はアマルダに骨抜きにされて彼女の望みを叶えるためが半分、子爵令嬢ごときが王太子の婚約者であることが気に入らないの半分でこんなことしているのだろう。
 一方、シャーロットとキアラはアマルダに乗っかっているけれど、別に彼女の味方ではない。コニーを追い落とすのに利用しているだけだろう。男爵令嬢では身分上王妃にはなれないから、コニーを追い落とした後は自分が婚約者に収まるつもりなのだろう。

 にしてもだ。子爵家程度が王妃に、とか、汚い手を使って、とか、

(それ、全部、王太子殿下に言ってやってくれませんかね!?)

 コニーは心の中で叫んだ。
 なぜなら、それは常々コニーが王太子に対して思っていることだからだ。

 そもそも、コニーがギルフォードの婚約者となったのは、七歳のギルフォードが王宮の植物園で花のスケッチをしていた六歳のコニーに一目惚れして、国王に駄々をこねたせいである。
 もちろん、子爵家の娘など本来は側妃にもなれぬ愛妾がせいぜいの身分である。婚約者などもってのほかだ。
 だが、ギルフォードは誰にどんな説得をされても聞く耳を持たなかった。
 国王はコニーにさっさと適当な婚約者をあてがってギルフォードを諦めさせようとしたが、ギルフォードはその度にコニーの婚約者候補の家に殴り込んでは「はぁん、父上の命令ねぇ。まあ、父上の治世の間はいいんじゃねぇの?父上の治世の間は、な。俺が国王になったら……いや、それまでこの家が続いているとは限らないよなぁ」などと陰湿な脅迫を繰り返しコニーの婚約を阻止した。
 そしてギルフォードが十二歳の時、とうとう国王が折れた。折れたというか、とにかく一度手に入れたという達成感を持たせれば、コニーへの興味と執着をなくすだろうと踏んでコニーをギルフォードの婚約者に据えたのだ。
 もっと成長すれば美しく教養のある高位貴族の娘の方が良くなるに決まっている。ギルフォードの目が覚めたら、コニーとは婚約解消して別の令嬢と婚約すればいい。
 子爵家には「婚約解消した後は必ずコニーに良い縁談を用意するから」と言い、渋る子爵家を説得した。
 それから四年が経つが、コニーはいまだにギルフォードの婚約者のままだ。さっさと解消してもらいたいなんて、誰よりコニーが一番思っている。

(あのアホ王太子殿下のせいで、この四年間まったく自由がなかった!)

 名目上の婚約者とはいえ、一応は王妃教育も受けなくてはならず、子爵家の末娘としてのんびり育てられていたコニーには望まぬ王太子の婚約者の地位など重荷以外の何者でもなかったのだ。

(あのアホ王太子殿下が邪魔しなければ、私は今頃……)

「ちょっと!聞いてるんですかコニーさん!」

 アマルダが何事かぴーぴー喚いているが、コニーは「私に向かって喚く暇があるならとっとと王太子を籠絡してくれ」としか思わなかった。

(そうよ。アマルダ嬢がアホ王太子殿下を引き受けてくれりゃ、私は自由になって……)

 その時、コニーの頭にある名案が閃いた。

 アマルダの背後に並ぶ高位貴族の令息令嬢、彼らの家の力があれば可能かもしれない。
 長年の夢が叶うかもしれない。降って湧いた希望に、コニーは目を輝かせた。





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