48 / 100
第18話 幕間~お兄様の事情~
2
しおりを挟む「で?」
執務室で領地経営を学んでいる最中、ふと男爵が言った。
「で、とは?」
俺が首を傾げると、男爵は「やれやれ」とでも言いたげに首を振った。
「アカリアとは仲良くしているようじゃないか」
「はい。アカリアはいつも前向きで見ていると元気になります」
養子となった男爵家は聞きしに勝る貧乏ぶりだったが、もっぱら可哀想と噂されていた令嬢が実際は悲壮さの欠片もなく一生懸命働いているので俺も頑張ろうという気になる。アカリアのためならいくらでもガラスを造ってやりたい。
義妹となった少女を思い浮かべて微笑んでいると、男爵がこれ見よがしに溜め息を吐いた。
「それならしっかり捕まえてくれないかなぁ」
「ぶほっ!?」
なんだかとんでもないことを言い出した男爵に、俺は思わず噴き出した。
「アカリアはあの通り、可愛くて明るくて良い子だからね。人前に出したりしたらすぐに持って行かれてしまうだろ。私はアカリアには出来ればずっと家に居て欲しいんだけどねぇ。まぁ、私はアカリアが選んだなら相手が誰だろうと反対はしないけれどもぉ、私が跡を任せられると決めた男ならそれは安心だよねぇ」
男爵は飄々と言ってのける。
こ、このオッサン……っ、口では娘の自由とか平民相手でもいいとか言っておきながら、実際は娘を家から出さない気満々じゃねぇかっ!!
「幸い、アカリアも君を慕っているようだし」
「な、ななな、な……っ、……っそ、それなら、初めから養子じゃなく婿にしてくれればっ」
「私は、アカリアには自由にさせたいんだよ」
このオッサン!自分が娘に「自由にさせてくれる優しいお父様」ぶりたいがために、婿じゃなく養子を取ったのか!しかも娘が見ていないところで養子に圧をかけてきやがる!
「まぁ、とにかく、そういう訳だから。アカリアを傷つけたら許さないけど、年頃の男女が一つ屋根の下という状況に恵まれておきながらみすみす他の男にアカリアを奪われるような間抜けな男が次期男爵じゃあゴールドフィッシュ男爵領を支えていけるのか不安になるなぁ」
……このクソ男爵野郎……娘の前じゃ人畜無害な振りしやがって、とんだ腹黒貴族じゃねぇか!
俺だって、アカリアが俺以外の男に嫁入りすると考えたら頭をかきむしりたくなるけど!
でも、今のアカリアは金魚を世の中に広める目標に夢中だ。俺はそれを手助けしたい。一生懸命なアカリアに、邪な気持ちをぶつけることなど出来ない。
だから、アカリアの金魚を使った商売が軌道に乗って、アカリアが自然に俺を意識してくれるようになるまで、強引に迫ったりは絶対にしないぞ。今は良いお兄さまになることを心がけよう。
……と思っていた俺は男爵を侮っていた。
「申し訳ありません。どうやら手違いがあったようで……」
王都へ向かう途中で立ち寄った町の宿、男爵が手配してくれたはずの宿は何故か手違いで一部屋しか用意されていないとのことだった。
そんな都合のいい手違いがあるか。男爵、あの野郎。やりやがったな。
娘には家のことは気にせず自由にしなさいなんて言っておいて、あの野郎。
貴族の娘が、義兄とはいえ男と同室で一晩過ごすなど、あってはならないことだ。何もなくても、嫁の貰い手が無くなる。
だから俺は他の場所で寝ようとしたんだけれど、心配したアカリアに引き留められてしまった。アカリアが優しい子だったがために、同じ部屋で休む羽目になる。
絶対に眠れないと思ったが、一日馬車に揺られた疲れもあって、徐々に瞼が重くなってきた。
うとうととする俺の耳に、ぽつりとアカリアの声が届いた。
「……私、頑張るよ」
何を言っているんだろう。アカリアは十分すぎるほど頑張っているのに。
同じ年頃の令嬢が、着飾って茶会や晩餐会で踊ったり恋をしたりしている時に、領地で厳しい暮らしをしながらも明るく自分の『スキル』を役立てようと懸命になっている。
「……アカリアは、頑張っているよ」
心からそう思う。
俺も、アカリアのために頑張ろうと改めて決意して、目を閉じた。
応援ありがとうございます!
0
お気に入りに追加
89
1 / 5
この作品を読んでいる人はこんな作品も読んでいます!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる