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第12話 我が名はアカリア・ゴールドフィッシュなり
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しおりを挟む「ク、クルト、謝りなさい。お前、領主様のお嬢様になんてことを……」
「貧乏男爵なんか怖くねぇよ!」
クルトは変わらず強気な態度を取るが、エリサさんは真っ青だ。
私は小首を傾げ、頬に指をあてて言った。
「そう。それなら、ゴールドフィッシュ男爵に会わせてあげるわ」
「え?」
「男爵の目の前で、私に言ったのと同じことを言ってみるといいわ」
私はクルトの腕を掴んで引っ張った。そのまま扉へ向かおうとすると、エリサさんが床に身を投げ出して私を拝みだした。
「申し訳ありません!どうぞお許しくださいっ」
「母さん?」
涙を流してがくがくと首を振るエリサさんの尋常ではない様子に、クルトが目を丸くする。
エリサさんはちゃんと理解している。男爵の――貴族の前にクルトを連れて行ったりしたらどんなことになるか。
「クルト、あなたがゴールドフィッシュ男爵の屋敷に忍び込んだことはわかっているのよ」
クルトははっと顔を上げ、エリサさんは「ひっ」と呻いて嗚咽を途切れさせた。
「あなたを連れていって男爵に屋敷に侵入した犯人だと告げれば、あなたは残りの一生を牢に入れられるか絞首刑になるかのどちらかよ」
「なっ……」
クルトの顔色が変わった。
「町の人の財布を摺ったり、どこかの店に盗みに入ったりしてバレても、殴られたり蹴られたりするだけで済んできたんでしょ?それはあなたが子供で、町の人達が平民だからよ。でも、ゴールドフィッシュ男爵は貴族なの」
理解しやすいように、ゆっくりと言い聞かせる。
「あなたの考えでは、無断で家に入ったり暴言を吐いたぐらいで子供が処刑されるだなんておかしいと思うんでしょ?でもね、貴族にとっては、平民の子供に侮辱されても罰も与えずに見逃すということは、貴族の世界に対する罪になるのよ」
それが身分制度というものだ。平民同士或いは貴族同士であれば穏便に済ませられることでも、貴族と平民の間に起きたならただでは済まない。
「私のお父様はとても優しい人よ。貴族の立場を使って人をいじめたり、私腹を肥やしたりなんか一度もしたことがないわ。そんな優しい人でも、貴族の世界に対して誠実であるためには子供であっても罰することを躊躇わないわ。だから、よく考えなさい」
私はクルトの腕を放した。
「あなたが貴族にたてついて処刑されたら、エリサさんは「貴族を敵に回して処刑された子供の母親」になってしまうのよ。その貴族が治めるこの土地で生きていけると思うの?」
クルトの顔が見る見る青くなっていった。エリサさんに至ってはもう指を組んで神に祈っている。
「今回はたまたま私しかあなたの姿を見なかった。だけど、次はそんなに上手くいかないわよ。覚悟しておくことね。貴族の屋敷に侵入した平民など、本来ならその場で斬って捨てられるのが当然なのだから」
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