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第10話 王都から来た男

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 なんとまあ。想像以上に商人の動きが素早かったわ。
 お披露目からまだ三日しか経っていないのに、もう金魚の存在を知って動き出したとは。

「我が商会はロブスター子爵家と少々取引をしておりまして、その縁で珍しい魚の話を耳にし、矢も盾もたまらず飛んできてしまった次第です」
「なるほど」

 ミッセル氏の説明に、お父様が鷹揚に頷く。
 お父様とミッセル氏がテーブルを挟んで向かい合っており、キース様は少し離れたソファに座ってミッセル氏を睨んでいる。お茶を運んできた私はそのままキース様の隣に腰掛けた。

「ミッセル商会の主よ。望むとあらば金魚を見せても構わぬ。だが、一つ条件がある」

 お父様が声に力を込めた。
 お父様ってば、普段はどちらかというとふにゃふにゃしているのに、ミッセル氏と相対していると威厳がすごいわ。
 これが貴族というものなのね。ミッセル氏だって礼服を着れば貴族と見まごうばかりの美丈夫なのだけれど、粗末な服を着ていてもお父様から発される空気がはっきりとミッセル氏との間を隔てている。

「金魚の出所を尋ねられても私は答えぬ。それを探ることも許さん」

 ミッセル氏はにぃぃっと口角を持ち上げた。

「かしこまりました。しかし、恐れながら、それは良くありませんな」
「何?」
「場所は秘密、それは当然でございます。私も探ろうとは思いませぬ。ゴールドフィッシュ家のものはゴールドフィッシュ家のもの。私は商人であり、盗人ではありません。しかし、世の中には盗人が多くいるのですよ男爵」

 ミッセル氏がぺろりと下唇を舐めた。そうすると、壮絶に色気がある。大人の男だ。危険だ。

「場所は秘密であっても、魚ならば水のない場所に存在するはずがございません。となれば、欲に駆られた連中がゴールドフィッシュ領内の池や川に押し寄せ、底まで浚って金魚を探すでしょう。たちまち池の水はかきだされ、川の生き物は根こそぎ捕まり打ち捨てられるでしょう」
「むぅ……」

 お父様が眉根を寄せた。私も、ミッセル氏の言い分に震撼した。十二分にあり得ることだ。

「では、どうしろと?」
「場所を秘密にするのではなく、場所を教えてやるのです。そうですねぇ……なるべく生き物の少ない、澱んだ池で見つけたことに。そうすれば、荒らされるのはその池だけで済みます」
「しかし、そんな嘘はすぐにバレるだろう」
「もちろんです。しかし、時間稼ぎにはなる。欲の張った連中が寂れた池を掘り返している間に、ゴールドフィッシュ家の金魚を国中に行き渡らせてしまえばよろしいのです。そして、人々に金魚はゴールドフィッシュ家だけが有しており、信用のおける商会を通してしか手に入らないと認識させるのですよ。ゴールドフィッシュ家に認められたその商会以外の者が金魚を売り出せば、すぐに密漁とわかるように」

 つまり、ミッセル氏は彼の商会と独占契約をしろと言っているのだ。

「なるほど、よくわかった」

 お父様は一つ頷くと、私の方を振り返った。

「貴重な意見を聞かせてもらった礼に、金魚を見せよう。アカリア、案内しなさい」

 ようやく私の出番だ。私はぴんっと背筋を伸ばして立ち上がった。




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