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第6話 オンボロ屋敷と新しい家族
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しおりを挟むうう、やっぱりこの粗末な部屋にはびっくりするよね。金魚屋で利益が出たら、ちゃんとした調度を誂えますから。どうかそれまでは我慢してください。
「あの、キースお兄様。申し訳ありません、我が家では新しい調度も用意出来ず……」
一応、キース様のご実家から支度金は戴いているのよね。でも、それは他の貴族の方々を招いたキース様のお披露目パーティーで使うのよ。
お付き合いのある貴族の方々をお呼びするのだから、人を雇って準備をしなければならないし、人数分の料理とキース様の服を作れば支度金はいくらも残らない。それに、こういう場合、調度などは養子を迎える側が用意するのが伝統だ。
「ああ、いや……違うんだ」
恐縮する私に気づいて、キース様が頬を掻く。
「そうじゃなくて……これ」
キース様はベッドの上のクッションを手に取った。
「アカリアが用意してくれたんだね」
クッションは二つ、白いクッションと赤いクッションだ。
白いクッションには赤い金魚、赤いクッションには黒い金魚の刺繍を施してある。あまりに殺風景な部屋をなんとかしたくて、私の子供の頃の服の生地を使って造った。
「それから、これも」
キース様はチェストに近寄って、その上に乗っているものを指さした。
ガラスの容れ物の中でひらひら泳ぐ、二匹の金魚だ。
「お兄様に造っていただいたガラスの容れ物ですわ」
「……信じられない」
キース様が声を震わせた。
「ずっと、俺の造るガラスはただ透明なだけの、飾って愛でることの出来ない役立たずな品だと言われてきたのに。こうやって小さな魚が泳いでいるのを見ると、なんだか魚が美しいおかげでガラスまで美しく見える」
キース様は小さな子どものような眼差しで金魚を見つめた。
「金魚を観賞するにはキースお兄様の造るガラスの容れ物が最高なのです!色や飾りがついていると、金魚の姿がよく見えなくなってしまいます」
私はキース様に近寄って訴えかけるように彼の目を見上げた。
「私には金魚を生み出すことしか出来ません。でも、キースお兄様の造るガラスの容れ物があれば、この世界の人々に金魚の魅力を伝えることが可能だと思いますの。私は、キースお兄様と出会えたことは運命だと感じております」
運命というか、たぶん金魚の加護だ。
「どうか、金魚の魅力を伝えるために私にお力をお貸しください」
キース様は耳まで赤くなった後でわたわたと視線をさまよわせた。
おそらく彼はこれまで兄弟達から馬鹿にされ、自分の『スキル』は役立たずだと思っていたのだろう。だから、こうして大いなる期待を寄せられて戸惑っているのだ。
でもキース様、私の期待はこんなもんじゃありませんよ!
いつか必ず、金魚鉢を!
「も、もちろん、俺に出来ることなら何でもするさ!アカリアとは、か、家族になったんだから!」
キース様がそう約束してくれたので、私はにっこり微笑んで彼の手を握り締めた。
きんちゃんとぎょっくんも私とキース様の頭の上を祝福するようにくるくる飛び回っていた。
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